生産性


どうやら、妹の自己紹介の流れを聞く限り俺が兄貴だと言う事を隠すスタンスで行くらしい。確かに、実は私の兄貴で最近美少女に生まれ変わったんですよって言っても信じられないし。信じたくも無いからそれが妥当か。姪っ子だと紹介されたので、その設定を守りながらやっていこうと思う。


「どうも、えーこの度ご紹介に預かりました。ナルっちの姪の美少女ちゃんと申します。初めての方ばかりで、緊張して舌も上手く回りませんが今日は頑張ろうと気合いだけは入っているのでよろしくお願いします」


自己紹介が終わり、辺りを見渡すと静まり返った現場がそこにあった。何でだろうと思っていると妹に耳打ちされた。


『兄貴……いくら此処が会社だからっておじさん過ぎるよ。姪っ子要素ゼロ過ぎ。いくら最近の現代っ子がマセていてもそれはマセるじゃ済まないよ』


「しょうがないだろ、これが元々の俺なんだから。信じられないだろうけど俺は35のおっさんなんだから、猫被る美少女よりこっちの方があってんだよ。郷に入っては郷に従えって言うだろ?」


『でも誰も中身がおじさんだと思わないからわぁ、解釈一致だぁとはならないとは思うけどね。それに、言うほど猫被ってる?私はそんなに気にならないけど』


被ってる、滅茶苦茶被ってる。お前も知ってるだろ?配信内では、学校の電話に出るお母さんぐらいの声のトーンだぞ?それを今も出してるんだから過言では無いと思う。


『お〜。ありがと〜。やっぱりと言うか美少女ちゃんなんだね〜』


「やっぱり?もしかしておrrry……ゲホッ、私の事ご存じですか?」


『うん、知ってるよ〜。三次元なのにビジュ最強だし、掲示板でも噂になってたから気になっちゃってさ〜。それに、ナルちゃんもハマっているって言うからどんな人なんだろうって気になってたしそしたら沼っちゃってさぁ動画や配信も全部見たよ〜』


マネージャーさんが興奮気味にそう語るのを少し引きながら聞く。


お、おお。なんか複雑だな。嬉しいけど、見知らぬ人にあのノリを見られてるのはちょっと恥ずかしいと言うか。それにそっか妹も見てたっけ。


「ああ、ありがとうございます〜。えへへ、私の視聴者っておじさんばかりだと思ってたので、お姉さんみたいな美人さんに見られてるのはどっちかと言うとちょっと意外ですね〜。」


『あ〜なんかそんな感じあるよね、男性視聴者多そう〜。ってか本当の事言うとどうなの?』


「実際多いんですけどね。まぁ、あー言う配信スタイルだし宿命と言うか半ば諦めみたいな感じで気にはして無いです」


前は凄い気にしてたけど、今は別にこう言う物かと思っている。何より見てくれるだけで嬉しいからな。それとは別にこの人初対面にも関わらず結構ズバズバ言うタイプだ。ちょっと苦手だな。ま、仕事だからそんな事は言ってられないか。


会議中には流石に話しかけて来ないだろ。











いや、流石に此処まで露骨だとって思うぐらい、明らかなフラグは無事回収されてしまった。もう二度とフラグなんて建てません。


『それで美少女ちゃん。これからの事についてだけど……』


『姪っ子ちゃん可愛いから私が貰っても良い?』


『駄目だけど?何でそうなるのさ』


『だって、ナルちゃんには"兄貴"がいる訳でしょ〜?だったら姪っ子ちゃんはフリーな訳で〜』


俺を挟んで会話をするな。何だ?このラブコメのヒロイン達が主人公を取り合うみたいな構図。声があちらこちらから聞こえて来て集中出来ない。


席は、俺が真ん中で両隣が妹とマネージャーさんだ。なんかこの二人は距離空けた方が良いかなと思って間に入ったけど完全に失敗したな。少なくとも俺が壁になるべきでは無かった。莉紗さん?あぁ、良い人だったよ……。


『……本当に可愛いね。お姉さんと一緒に引退しない〜?』


そんな事を耳元で囁いて来る。人を駄目な所へと堕とすナンパは辞めてくれ。引退って何だよ、人生のか?


『勿論、配信者だよ〜。私も辞めるし、君も辞める。さすればハッピーエンド〜』


頭の中で狂い咲きしてるよ、季節外れの桜が。って言うかさり気なく心を読むな怖いよ。


どう見ても生産性の無い無職が二名生まれるだけのバッドエンド直行だ。そこに救いは無く、唯々親御さんが涙を流す御涙頂戴なエンドでエンドロールが流れるだけ。


社会からも孤立し、ただお先真っ暗で体が衰えて老々介護になり最期はどちらが先に死ぬかそんな未来を指折り数えて過ごすだけ。うわぁ、嫌すぎるだろ。バッド過ぎるわ。


『推しとずっと一緒にいられる事は、美少女ちゃんにとって嬉しい事じゃ無いの?』


「……」


それは人によるだろうと思う。少なくとも俺は──。

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