タクシーの運転手から聞いた話!

崔 梨遙(再)

1話完結:1200字

 太郎さんはタクシーの運転手でした。太郎さんには妻子がいましたが、結婚して十数年、太郎さんは奥さんには飽きていました。奥さんに女性としての魅力を感じることが出来ず、奥さんとは夜の営みもほとんど無くなっていました。きっと、奥さんにも不満はあるでしょう。ですが、太郎さんは奥さんのことなど考えません。自分が楽しければ良いのです。太郎さんは、上手く口説くことが出来た会社の事務員の女性との不倫を楽しんでいました。事務員の女性は20代の後半、太郎さんは事務員にのめり込んでいました。


 その日も、仕事の後に事務員とデートをする予定でした。仕事が終わる時間、車を走らせていると、白い服の女性が手を挙げていました。太郎さんは迷いました。デートに遅れたくない。でも、正直、もう少し稼ぎたい。事務員とのデート代も必要なのです。稼げるだけ稼ぎたいのです。ちなみに、太郎さんの家は太郎さんが給料の管理をしていて、奥さんには毎月決まった生活費を渡すだけでした。なので、稼いだら稼いだ分だけ、自分の小遣いが増えるのです。


 それで、迷いましたが太郎さんは女性を乗せました。


「お客さん、どちらまで?」

「〇〇の辺りまで」


 ラッキーでした。結構遠い。思ったよりも運賃が高いから稼げます。デートには少しだけ遅れそうですが、太郎さんは機嫌良く車を走らせました。


「お客さん、地元の方ですか? 旅行ですか?」

「お客さん、○○の周辺に何かあるんですか? お住まいがあるんですか? いやぁ、○○に行くお客様って、あまりいませんので」


 上機嫌だった太郎さんは、何回かお客様の女性に話しかけました。ですが、女性は何度話しかけても俯いたままで、何も答えてくれませんでした。それで、太郎さんも話しかけるのを辞めました。黙々と運転しました。やがて、目的地の○○の周辺まで着きました。


「お客さん、〇〇の周辺まで来ましたけど」

「もっと前へ」


「お客さん、ここからどう進めばいいんですか?」

「もっと前へ」


「お客さん、まだですか?」

「もっと前へ」


「お客さん、もう目の前は池しかありませんよ」

「もっと前へ」

「お客さん、ご冗談を。前に進んだら池に突っ込んでしまいますよ」

「もっと前へ」


 その時、車がゆるやかに前進を始めました。ブレーキも効きません。


「もっと前へ」


“なんだ? 今、俺に何が起きているんだ? こんなの絶対に現実じゃない”


 太郎さんは汗をかきました。何度もブレーキを踏みます。ですが、徐行する車は池に向かって進みます。止まりません。そこで、携帯電話が鳴りました。奥さんからでした。太郎さんは思いました。


“この、妻からの電話が、今の非現実的な状況から、自分を現実の普通の世界に連れ戻してくれるかもしれない!”


 太郎さんは、そう思いつつ電話に飛びつきました。


「もしもし、俺だ!」


 すると、電話からは奥さんの声。



「あなた、もっと前へ」







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