第31話 あの人が怒ります
「……あ、あー! 村尾!! 俺を放置しないでくれよ!」
気のせいでもなく何となく俺が村尾の後ろに控えていることを秋稲が気付いているように思えたので、すかさず声を上げた。
「そ、そうだったな。笹倉、紹介するの忘れてたけど、こいつは栗城幸多――って同じクラスだから知ってるよな」
「やぁ、笹倉」
今の感じだと自分だけ率先して会いに来たって感じだったし、俺はあくまで控えめに挨拶をしとこう。
「こんにちは、栗城くん」
するといつもの俺じゃない感があったのを察したのか、秋稲も控えめに頷きながら声を出した。
「いや~悪いな。すっかりお前がいるのを忘れて閉めるところだったわ! 悪い悪い!」
こいつ――俺が声を出さなければ黙って玄関のドアを閉めるつもりだったな。
……だとしても、多分初めて笹倉の家を訪れたはずだからそんな大それた真似は出来ないはずだ。
「なぁ、笹倉の家には何しに来たんだ? こんな玄関先で失礼過ぎないか?」
「何って、もちろん友達として遊びに来たけど?」
そう言いながら悪徳営業マンの如く、村尾はドアを足で止めている。
「……友達ですか?」
村尾の友達発言に対し、秋稲は首を傾げているようなので俺も訊いてみるが。
「そうなの? 笹倉?」
「…………」
秋稲は頷きもしなければ返事もしたくないようだ。
その沈んだ表情だけで判断すれば、毎回秋稲の靴箱に何らかの嫌がらせ的なものを置いていたのは村尾なのだと予想出来る。
現に目撃もしてるしな。
「ってことで、上がっていいよな? 幸多もいるし」
何で俺に確認を取るのか。
まるで俺がいないと入れないみたいな感じで俺を使うとか、こいつって昔からこうだっただろうか?
それとも秋稲の前だから虚勢を張ってアピールでもしてる?
「……駄目です」
俺の確認を待たずに家の中へ侵入しようとする村尾に対し、秋稲から出た言葉は単純なものだった。
「ええ? 何で駄目なんだ? 笹倉って家に親とかいないよな?」
うわ、悪そうな顔してるな。村尾の奴、この日の為に全て調べはつけてきたって言いたげだな。
こいつはある意味本物の悪だ。
「親は関係なく駄目なんです!」
強引な村尾に対し、秋稲は睨みを強くしてきちんと反抗の意思を示している。流石にこんな反応をされたら諦めて帰りそうなものだが。
「え、何で? おれ、いつも伝えてるよな? 笹倉のことが好きだって! 中学の時に告って誤魔化されてたけど、本当はおれを気にしてるんだろ? 分かってるんだよ、おれは」
――は?
こいつ、今なんて言った?
村尾が秋稲を好きだって?
まさかのカミングアウトじゃないか。いや、今の言葉を拾うと、恐らく手紙の中身は毎回そういうのを羅列していたって感じに聞こえる。
一方的な好意を毎回送り付けてたって意味だろうけど、よくもまあ俺がいるのをお構いなしに言い放ったもんだな。
この場で『好き』と言われるとは思わなかったのか、秋稲は眉をひそめて村尾の威圧的な態度に警戒している。
これは戦友として俺が厳しく諫めないと駄目だな。
「いいえ、村尾さんはちっとも分かってないです。駄目なんです。あの人が怒るから付き合うとか、好きとか嫌いとか駄目なんです! あの人が本気で怒ったらしばらく休まなければいけなくなるかも……です」
あの人?
初耳なことを言ったぞ。誰なんだあの人って。
しかもかなり怖い人っぽい?
「……あ? あの人って? まさかだけど、こいつ?」
「おいおい、目の前にいるのにこいつって言うなよ。そもそもあの人呼ばわりって時点でここにいない人だろ。分かれよ」
黙って聞いてれば村尾の奴、かなり調子に乗ってるんだよな。俺が何も言わないと思ってのことなのか?
「お前も笹倉のことが好きだろ? それなのにあの人って奴のことは気にならないのかよ?」
巻き添えにも程があるぞ。勝手に人の気持ちを暴露するなっての。
「気にならないな。それよりも、笹倉の口ぶりだと彼氏って意味だと思うけど?」
「嘘だろ!? だって学校じゃそんな場面は一度も……あっ」
「何だよ? 笹倉をいつも見ていたのか?」
「あ、いや……」
つけ回していたのが確定らしく、秋稲の表情がさらに凍りついたものになっている。
俺も正直言って『あの人』のことが気になって仕方がないが、村尾に対する秋稲の睨みが半端無いところを見ればこの場限りの言い逃れじゃないことが分かる。
「……村尾。笹倉にはあの人っていう彼氏がいるみたいだから諦めた方がいいんじゃないのか?」
「お前も知らないって……聞いてないぞ、そんなの……だってあいつらの話じゃそんなこと一言も……」
「俺も知らん」
……なるほど。村尾の中では秋稲の好きな人は俺だったわけか。しかし、俺ではなくまさかの誰かだった。
それも、もしかしたら学校の奴じゃなくて別の――。
村尾の言うあいつらっていうのは最近よくつるんでいる花本と野上のことを言ってるんだろうけど、あの二人の言うことなんて信じたら駄目だろ。
「……そういうことですので、家の中へ入れるわけにはいきませんし、今後私につきまとうことがあったら痛い目にあうかもしれません。それでも私を諦められませんか?」
手紙の中身は未だに見せてくれないが、何かあったら俺が助けるつもりだった。それなのにこんな強行突破してきたらこの場で一刀両断するのが一番効果的だと判断したんだろうな。
「い、いや……流石にそこまでは……お前も諦めるよな? 幸多?」
「何で俺まで」
「お前も笹倉に話しかけてちょっかい出してただろ! おれは全部見てんだよ! だからお前も笹倉を諦めろ」
「俺は一言も笹倉に気持ちを伝えてないからな。ちょっかいを出してたのは謝るけど……」
軽く頭を下げてみる俺に対し、秋稲は少しだけ口角を上げてみせた。
分からないけど俺には何も怒ってない感じか。
「くっ、くそっ……いいよ、分かったよ! つきまといはやめる」
何でそんな言い方になるんだ。
「その代わり、あの人ってのはうちの学校の奴じゃないのかくらいは聞かせて欲しい! それさえ聞けば笹倉を諦めるように努力するから……」
「お前な……」
一方的な好意を見せつける村尾をどうするべきかと迷っていると、
「あの人は大人の人ですよ。えっと、お姉ちゃんのクラスの男子さん」
家に帰ってきた青夏が、俺の背後から援護射撃のような発言を投げてきた。というか、大人の人なのか。
「えっ……だ、誰だ?」
「わたし、お姉ちゃんの妹です。ここ、わたしのお家なのでそろそろどけてもらっていいですか?」
流石、物怖じしないところが青夏だな。
「妹……そ、そうか。ごめんな、迷惑かけて。今すぐ帰るから安心していい。おれの代わりにだけど、こいつに土下座させるから!」
「何で俺が土下座なんだよ!」
「うるせーよ。お前も同罪だ! とにかく、お前は今すぐ膝でもついておけって」
「……俺が土下座してお前だけ退散とか酷くないか?」
何て奴だ。
俺は笹倉姉妹に何もしてないというのに。村尾の言い逃れに思わず突っかかろうとすると、村尾が耳元で。
「……お前が涙目になってんのバレバレだ。だから膝ついて顔を伏せとけ、幸多。おれも泣きたいんだよ。だから悪いな。速攻で帰る」
俺が涙目とか、何言ってんだあいつ。
とはいえ、俺が土下座すればここからいなくなるっぽいので仕方なくその通りにすることにした。
「じゃあ、おれは帰る。笹倉、ごめん……今まで本当に」
「…………そうですね」
これで解決したなんて思っていないが、この場は何とか収まりそうだ。村尾が立ち去るまで、俺はしばらく土下座ポーズを維持するしかなかった。
「幸多さん、顔を上げても大丈夫ですよ? それとも、本当に泣いちゃってるの?」
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