第30話 疑惑の友人、戸惑わせる
「なぁ、
笹倉姉妹と色々あった連休が終わり、教室でぬくぬくしていると珍しい奴が声をかけてきた。
最近はすっかり話をすることも減ってきたと思っていたが、まさか村尾から話しかけられるなんて意外すぎる。
「特に用事は無いけど何で?」
「デートしねえ?」
「……そんな趣味は無いから。誘うなら女子の誰かに声かけた方が……」
「あー悪ぃ。言葉が足りなかったわ」
足りなさすぎるだろ。
珍しく声をかけてきたかと思えば中々に酷いな。
「で、本当に言いたいことは?」
「放課後なんだけど、一緒に確かめに行って欲しい場所があるんだわ。いや、正確に言えば幸多と一緒に行けばおれも許されんのかなって思って」
「許される? どこに行くって?」
「まぁまぁ。それは放課後のお楽しみで! んじゃ、一緒によろしく頼む」
……何だったんだ一体。
謎な誘いをした村尾は、言いたいことだけ言い放ってすぐに前を向いてしまった。そしていつものように周りの女子達に調子のいい笑顔を振りまいている。
今さらのことではあるけど、村尾ってチャラい奴だったんだ。
「幸多さん。今いい?」
「うあっ? あ、秋稲さんか」
村尾に呆れていたのもつかの間、隣の秋稲からちょんちょんと人差し指で脇を突かれたかと思えば、こそっと声をかけられた。
そういえば、この前から俺のことをさん付けで呼ぶようになったんだよな。それこそ、あの不意打ちキスの直後くらいから。
俺なんかは未だにあの時の出来事や感触がずっと忘れられずにいるというのに、秋稲の方は意識も何もしていないかのような態度を見せていて、俺だけ浮かれている感じがある。
そんな自然な秋稲に対し、今まで秋稲を守っていた牧田は俺には何も言わなくなったし、俺にちょっかいを出していた野上や花本からも全く気にされなくなった。
それはそれで平和ではあるものの、村尾と野上、花本が何らかの企みがあるのを目撃しているだけに、油断はしていない。
「うん。あのね、今日なんだけど……幸多さん、時間ある?」
……今日?
村尾に珍しく誘われたしこれは断るしかない話か。とはいえ、秋稲から誘われるのもレアなんだよな。
青夏との関係が解消されてる以上特にこれといって用もないはずなのに、何でよりにもよって同じ日に。
「あ、えっと、ちょっと用事があって……」
「そうなんだ。大したことないんだけど、せいちゃんが帰ってくる前にちょっと助けてもらえたらなって思ってたの」
「助けるっていうと?」
「うん。せいちゃんって結構だらしなくて、しかもお部屋の模様替えを途中で止める癖があって重い棚とかが変な位置に置かれっぱなしなの。それをね、幸多さんに助けて貰えたらなぁって……」
……なるほど。
それは確かに俺が助けられる分野だな。とはいえ、秋稲よりも非力だけど。
「急ぎじゃないけど、出来れば青夏がいない時にやっておきたいって意味だよね?」
青夏は何だかんだで頼られるタイプらしく、教室でもあれこれ頼まれるらしい。そのせいか、俺らよりも帰ってくる時間が少しだけ遅いと聞く。
「うん。あの子がいると絶対に口出してくるから。自分がしたいって思いが強いっていうか、当然と言えば当然なんだけど……あの通りの子だから」
そう言いながら秋稲は照れくさそうに苦笑いをしている。
気持ちは分かるな。俺に姉弟はいないが、ちょっとしか過ごさなかったとはいえ青夏の自由奔放ぶりは半端無かったし、姉であっても制御出来そうにないことくらい理解出来る。
「じゃあ、明日また機会が生まれたら手伝うよ」
「明日……うん、明日も遅く帰ってくると思うからその時にお願いします」
些細なことではあるけど、お隣同士だし既に部屋の中にお邪魔してるからお願いされることだよな。
自分の家に招き入れるのも勇気がいるはずなのに、すっかり信用されてるってわけだ。ズッ友ナンバーワンの特権というかなんというか。
……そんなこんなで放課後になった。
放課後はほぼそれが当たり前になったかのように、いつもは秋稲と一緒に帰ったりしていたのだが、今日に限っては友人である村尾と一緒に行動することになった。
「悪ぃな、幸多」
「いや、別にいいよ。バイトは土日だけだからいつもは暇だし」
「安原ってやつと同じバイトだったか?」
「そうなるね」
以前に安原と村尾で話をしていたはずなのに、滅多に話をしないのかあまり親しくはなっていないらしい。
最初こそ女好きを公言していた安原だったが、ああ見えてバイト中はそんなそぶりは見せず、今ではすっかりバイトリーダーとしての風格が出てきた。
そのおかげもあって、俺にちょっかいをかけてきていた永井さんの興味が安原の方に向いていて俺のバイト時間はかなり平和になった。
「――た、幸多。聞いてるか?」
「あっ、な、何だっけ?」
「上の空だな。ま、放課後ってそんなもんだけど」
村尾と歩いて気付かぬうちに、何だか見慣れた場所に差し掛かる。というより、もうすぐ俺の家なのではないだろうか。
「そういえば、どこに行くんだっけ?」
「もうすぐで着くはずだ。おれの予想だと、この近くのはずだからな」
「…………へ~」
「まっ、お前が一緒にいるって分かれば……きっと嫌な顔はされないはずなんだよな~」
「え?」
嫌な感じを受けながら村尾が進む方へ歩き進むと、村尾の目的地であるそこに到着する。
「こ、ここは? どう見てもマンションっぽいけど……誰の?」
俺の家が隣にある場所だ。俺の家も秋稲の家も、名前を示す表札は掲げていないのでバレる可能性は無いのだが。
しかし、俺たちが立っているその場所は――。
そんな胸騒ぎを覚えながら、村尾は臆することなく目の前の家のインターホンに手を伸ばした。
いつもならインターホンが鳴っても外に出ることはなかったのだが――
「は~い。今開けますね!」
……出てしまったか。
「――え」
あぁ、そうだよな。驚くよな。
玄関のドアを開けた時まで笑顔だった秋稲の顔が、みるみるうちに青ざめて血の気が引いていくのが見て取れる。
「やぁ、笹倉。驚かせるつもりじゃなかったけど、友達だから遊びにきてみた!」
「ど、どうして……?」
「笹倉を知る女子から訊いてたどり着けた。凄くね?」
「…………ぁ」
青ざめている秋稲だったが、村尾の後ろに控えている俺に気づいたのか少しだけ安堵したような表情を見せた。
まさかこの為に俺を同行させたのか?
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