第28話 友達として本当に本気

「……しません? って、キス……を?」

「うん。一緒に遊ぶ友達だからいいかなって思って」


 ……友達と遊びの部分が随分と曲解されたな。


 いくら友達でもふざけてキスとか、本当は冗談であって実際にしたことなんてないのに。何で秋稲はそれを気にしてるんだろうか。


 そして何故今のタイミングで?


 永井さんのおふざけがよほど頭にきたんだろうけど、だからといって軽くキスして遊ぶような仲じゃないはずなんだけど。


「い、いや、俺、バイト中だから」

「友達なのにしたくないんですか?」


 友達だからこそ出来ないのにな。


「そりゃあ……いや、秋稲さんとはズッ友だからね。だから、しないよ流石に。ズッ友って学校で話したりする程度の友達って意味なわけだから――」


 ――理由もなしにじゃあキスしよう! なんて言えるわけない。秋稲とはあくまでズッ友だ。


「ズッ友……あぁ、そうでしたね。でも、私は本当に本気です! それでもしませんか?」

「本当に本気……」


 俺の気持ちに気づいてるわけないと思うが、秋稲の本気はどういう意味なんだろうな。


 秋稲がその気になってるし勢い任せにしてみるか?


 今なら店長もいないしお客さんも近くにいないし、自販機の壁で隠れて死角になってるからチャンスはチャンスだ。


「じゃ、じゃあ友達として軽くキスするよ?」


 ソフトタッチ的なキスなら普通にあるし、別に意識することはないはず。


「はい。どうぞ」


 ……しかし、秋稲は目を閉じてをされるのをじっと待っている。しかも気のせいか若干体を震わせながら。


 それは、まるで何かの覚悟でもしているかのように。

 

「軽く、軽くするだけだから緊張しなくていいから」

「……で、ですよね」


 バイト中に俺はクラスメイトに一体何をやろうとしているんだろうか。単なる言葉遊びのはずなのに、お互い見えない何かに本気になっているような。


 そう思うとなかなかその一歩が踏み出せない。


「…………幸多くん、まだですか?」


 だよねぇ。


 ええい、ままよ! 


 これは友達への挨拶、スキンシップをするだけだ。そう思いながら、俺は秋稲の肩に手を置いて目標である秋稲の頬に向かって口を近づかせ、そして――。


「し、したよ」

「……幸多くん、ふざけてます?」


 触れたかどうか分からないぐらいの超速で、一瞬だけ唇の先がかすめたというか頬に触れた感じがあった。


 それなのに秋稲はその感触が得られなかったらしく、目を開けて俺を睨んでいる。


「い、いや、俺的に秋稲さんの頬にきちんと……」

「私は全然です! 口じゃなくて指先が触れたようにしか感じられなかったです。この期に及んでからかうなんて、幸多くんは本気じゃないってことですか?」

「ほ、本気本気! 俺は秋稲さんを本気で――」

「――何が本気なの~?」


 触れた触れてない論争が巻き起こりそうなタイミングで、不意打ちで声をかけられた。


「せ、青夏!? な、何でここに?」

「何でって……今日はバイトの下見で来たんだけど、もう忘れちゃった?」


 青夏の態度は至って普通だし、俺と秋稲がどういう状態なのかを知らないといった感じに見える。


「あれ? お姉ちゃんもいたんだ?」


 いや、俺の真後ろにいたんだから見えているだろ。


 気づいててこの発言か?


「……せいちゃん、幸多くんとキスしたって本当?」

「ほえっ? キス? あ~……あの時の?」


 あの時って、俺と青夏はキスなんてしたことなかったはずだが。


「やっぱりすでにしてるんだ……せいちゃん相手には簡単に出来るのに私には出来ないとか。幸多くんの気持ちは全然別な方にあるのかな……」


 秋稲は青夏の言葉に思い悩みながら、何度も首を左右に振っている。俺はその隙に青夏に耳打ちをする。


「こ、こら、秋稲さんに嘘を言ったら駄目だろ」

「分かってるし。どうせ、お姉ちゃんにキスしようとしたけど出来ずに未遂に終わったって意味だよね? キスするくらい簡単なのにね~?」

「えっと、一応訊くけど青夏と俺はしてないよな?」

「遊びでもするわけないじゃん。どうせ言葉のアヤっぽいことを言ってからかったんでしょ? へたれだよね、本当に」

「くっ……本当のことを言わなくても」


 青夏は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺と秋稲を交互に見ながら小刻みに頷いているようだ。


 何かするつもりがありそうだけど、それが何かは思いつかない。


「お姉ちゃん。幸多くん、そろそろ仕事に戻らないとなんだけど~いい?」

「えっ、あ……だ、だよね」


 そうか、それで俺に声をかけてきたのか。


 何かを考えまくっていた秋稲も青夏の言葉にハッとしたのか、落ち着きを取り戻したように俺を見ながら頷いている。


 俺も秋稲の頷きに無言で頷き返した。


「あ、幸多くん。背中に何かくっついてるんだけどよく見えないから、ちょっとわたしの前に立ってくんない?」

「へ? 背中に?」

「とにかく、わたしの前に早く立つ!!」

「わ、分かったよ」


 秋稲は自販機を背に、両手を後ろに組みながら俺と青夏の様子を黙って見ている。青夏が俺の背後に回ったことで、俺と秋稲は丁度真正面に向き合う形になった。


「……何かごめん」

「ううん、せいちゃんが言うことだから」


 妹の言うことに間違いはないという信頼があるようで、秋稲は俺を真正面に見ながらその場に留まっている。


「簡単簡単! じゃ、いくよ~! えいっ!!」

「へっ? って、お、押しっ――うわわわわ」


 俺の背後で何かするかと思ったら、案の定青夏は俺の背中を思いきり押して無防備な俺を前の方に突き飛ばした。


「……んんっ――あ……」

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