第27話 お姉さん、逆襲する
……あああぁ。
このままだと永井さんの思い通りの展開になって、笹倉と会えなくなりそうな予感しかしないんだが。
「な、永井さん……流石に仕事中は自重した方がいいんじゃないかと……」
笹倉の登場で永井さんの間違った感情が爆発したのか、客がいる前でもお構いなしに俺の腕を離すまいとこのまま店内を突っ切り始めた。
完全に笹倉の姿が見えなくなったところで、
「よぉーし……この辺ならいいか~」
そう言うと、永井さんはカーテンを閉めた。
「えっと何が? ……というか、ここはまずいのでは?」
「幸多は大人しくされるのを待っていればいいんだ! そのまま動くなよ~?」
永井さんが連れてきた場所は所謂男子禁制のシルクラが集まっているエリア。カーテンで仕切られ、女子たちがこぞって写真をシール化する場所なわけだが。
「ま、まずいですって!!」
……くぅっ、なんて力だ。ちょっとだけ年上とはいえ永井さんの力の方が強いとかあり得ないぞ。
カーテンによって誰からも見えなくなったことでタガが外れたのか、永井さんは俺の顔にゆっくりと口を近づけながらその体勢に持っていこうとしている。
対する俺は、敵いそうにない状態で足に力を入れているだけ。
「……むふふふ。これで既成事実を……」
何をされるのかは何となく予想がつくものの、その全てを拒む余裕が残っていない。
「ううううぅ……や、やめっ」
「幸多の初めてをいただきま~」
まだしたこともないのに、こんなところでよりにもよってこの人にキスを奪われる?
そんなバカな。とか思いながら、ぐっと力を入れて目を閉じるしかないまま大人しくしていると、
「おい! そこで何をしている!!」
「ぎぇっ!? ね、姉ちゃん……? な、何でここに……」
「黙れ! 話は大体聞いている。言い訳なんて言わせるつもりはないから、黙ってあたしに連行されやがれ!!」
――などなど、何故か永井先生が現れ、店長とともに強引に永井さんを引っ張っていなくなってしまった。
「幸多くん、大丈夫……?」
そんな永井先生に代わって俺に声をかけてきたのは笹倉だった。
「え、あれ? 秋稲さん……? 何で?」
「どう見ても幸多くん、困ってるように見えたから。だから呼んだの」
「呼んだって、永井先生を? 永井さん……永井ってもしかして?」
「うん。永井先生はお姉さんで、さっきの人は妹さんだったの。似てたよね」
姉御肌な人だったから誰かに似てるとは思っていたけど、そうか、姉妹だったのか。
そういや笹倉も――
「――私も姉だから。妹がしでかした時は厳しくしないとね!」
もしや姉というランクで先生と仲良しだったりするのか?
「あれ、でも
「うん。せいちゃんの方がしっかりしてるよね。だから今回もここに……」
「あ、あ~」
青夏が安原の口利きでここでバイトをするなんて言わなければ、ここに笹倉が来ることもなかっただろうな。
そういう意味ではしでかしたのかも。
「あ、あの、幸多くん。もしかしてあの人に何かされたんですか?」
「それは……その前にベンチがあるところに移動しよう」
ほぼ女子しかいないこの場所で、店員である俺が女性客と話をする場面はどう考えてもよろしくないからな。
……ということで、自販機が並ぶエリアに移動してきた。ここならお客さんと話をしていても何らおかしくない。
「その前に、秋稲さんと永井先生って――」
俺が何かされたのかを言う前に一応訊いておかねば。
「えっ、うん。幸多くんもだと思うんだけど、うちって基本的に親が留守がちでしょ? だから時々お話をする機会があるの。永井先生はああ見えてきちんと相談に乗ってくれる人だから、それもあって連絡先は知ってたんだ~」
熱血女教師なのもあるけど、永井先生は面倒見がいい人だから不思議はないか。しかし、個人で連絡してるってのはなかなかに脅威だな。
「それって、隣の俺のことも話したり?」
「ううん。連絡したのは今回が初めてかな。困ったことがあったら連絡しろって言われてたけど、そういうのはまだっていうか……」
「あれ、でも靴箱のは……」
「……うん。それもまだはっきりしてないから」
確かじゃなければ頼らないって意味か。靴箱の嫌がらせはどう考えても頼っていいレベルなのにな。
「それに幸多くんがいるからいいんです。そうですよね?」
「あっ……そ、それもそうだな」
俺に助けて欲しいと言ってたけど、頼りにしてますって意味だったのか。今のところ俺自身が変なのを発見出来てないけど。
「今って、ジュースを口にしてもいい時間ですか?」
「あぁ、まぁ……永井さんが抜けた穴を他の人にやってもらってるし、長めの休憩をもらってるから大丈夫だけど……」
ということで、ペットボトルなジュースを奢ってもらった。
「……ふぅ。ところでなんだけど、その人は幸多くんに迫って何をしたの?」
「え~と……キ、キスをされる可能性があったんじゃないかなぁ……」
「キッ、キス!?」
笹倉はこれまで沢山告られてきてるし、キスくらいで驚かないだろうな。
「さ、されちゃったの?」
「危ない寸前でお姉さんというか、先生に助けられたから未遂に終わったかな」
「……よ、良かった~」
笹倉のこの反応だと何とも言えないけど、目に見えて安心してるように見える。
「まぁ、キスなんて今は遊びでもするし、そんな大げさにしなくてもよかったんだろうけどね」
「――は?」
あれ、何か雰囲気がおかしい?
笹倉の顔が、まるで永井先生が助けにきた時のような修羅の顔になりつつあるんだが。
「せいちゃんと遊びでキスしたっていうんですか?」
「ええっ!? いやいや、してないよ? キスも何も……全然」
「……じゃあ真面目な気持ちでキスを?」
「してないよ。だって付き合うとかの話も俺の勘違いで終わってるし」
俺の反論に、笹倉は分かりやすく胸をなでおろしている。前々から思ってはいたが、かなり真面目な女子なんだな。
「良かったぁ~」
「は、ははは……」
いいのか悪いのか、キスの経験がないのは情けないような気もするが。
「幸多くん」
「はい?」
「さっき遊びでキスくらいするって言ってましたけど?」
……まだ解決してなかった。
「いや、まぁ……」
遊びという言葉に引っかかってるんだろうな。さっきからペットボトルの飲み口付近を気にしてるし。
それに俺を見る笹倉の目が結構真剣な眼差しになっているんだけど、何か考えでもあるんだろうか?
「お友達なら遊ばないと……なので、そのつもりでしません?」
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