Paris 既視

「でもまさか沖縄でそんなことがあったなんてねぇ。すごい偶然よ!愛子の弟くんが同じことを追っていたなんて」

「私も寧々から電話貰って驚いたわよ。まさか日本とフランス中を騒がせている事件を担当しているなんて」

「担当といっても助っ人捜査員よ。それに外されたし。あ、着いたわ」

 吉村刑事の運転で到着したのは杏奈の父、桐谷浩の遺体が発見されたパリレ・ブルーという公園だった。空港から約1時間弱。女どもの他愛もない世間話のせいで余計に長く感じたドライブ時間だった。

「ここよ」

 パーキングに車を停めて公園内を歩く。緑の草木が生い茂った園内は冬の寒さも手伝ってか、どこか殺伐と感じる。

「普段はジョギングとかピクニックを楽しむ家族連れとかで賑わっている公園なんだけれど、例の殺人事件が起きてから誰もこの公園を訪れなくなったわ。捜査陣も撤退しているのに」

 吉村が説明を加えながら佐倉と愛子の先を歩く。やがて目の前にはいくつもの並べられた柱が見えてきた。それら柱の上部は連結されており中央には池があった。枯れ散った葉の数々が水面に浮かんでいる。

「ここよ」

 一つの柱の前で吉村が止まった。白鳥型のボートが数台、小さな波に揺られている。

「河村さんの娘さんの父親が見つかった場所ね」

 愛子のちぐはぐながらも間違っていない日本語を聞きながら、佐倉は柱に掌を当てた。

「やだ、あなた。そんなところ触るんじゃないわよ」

 愛子が口を歪ませる。しかし佐倉はお構いなしに柱を触りながら一周する。そして自分が歩いてきた道を振り返る。パーキングからここまで数十メートル。自殺した男が遺体をここまで運んだと自供していると聞いた。

「何故、遺体をこの公園に運んだんですかね?遺体が見つかることを目的としても、わざわざこんな面倒なことをしなくても良かったんじゃないですか」

「おそらくこれは推測だけれど、わざと猟奇的な見せ方をして世間の注目を浴びざるをえない状況を作ったと思うの」

「何のために?」

「自分の身辺捜査の為。彼の自宅からはコカイン抽出の元となるコカの葉が見つかった。彼の体内からも薬物が検出された。彼は警察に何かを伝えたかったと思うの」

「薬物か。3億円事件の実行犯の警視も殺されたのか?」

「そうよ。そして彼の体内からも薬物が検出されたわ」

 杏奈の復讐の標的であったパリ警視庁の警視も死んだ。しかしそれは杏奈の目的が果たされたというわけじゃない。別の何者かに殺されたのだ。

「これ」

 吉村は鞄から1枚の写真を佐倉に差し出した。色あせており一目で古い写真だと認識出来る。アタッシュケースに入った現金紙幣を前に親指を立てている4人組の男。1人はすぐに楠国際大学の真栄城学長ということがわかった。1人は具志堅功。両者とも現在の姿から若かりし頃の面影を感じる。

「3億円事件の実行グループか」

 この内の日本人、杏奈の祖父は実行後にすぐに殺され、パリ警視庁の刑事も同じく殺された。真栄城は沖縄の病院で意識不明の重体。残っているのは知事の具志堅のみということになる。

「ねぇねぇ、ちょっとそれ貸して」

 佐倉の持つ写真を横から愛子が奪う。

「うーん」

「どうしたの愛子?」

「ううん。気のせいかも」

「何だよ中途半端に。言えよ」佐倉が愛子を責める。

「この写真の場所なんだけれど」

「場所?」

「うん。この写真の場所って…。ゆうちゃん、どこかで見たことない?」

 吉村と佐倉が写真を覗き込む。確かにピントが被写体により過ぎていてわかりづらいが背景に何となく見覚えがあった。大きい赤い柱と長い階段が男たちの背後に写っている。だが、なかなか思い出せない。

「確かに言われてみれば見たことあるような気がするな」愛子の気づきに同調するが答えは見つからなかった。

「そう。でも何か他に思い出したり、気づいたことがあったら些細なことでも言ってね!さ、次行きましょう」

 吉村の一言が2人の思考を止め、一行は公園を後にした。

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