Okinawa 失意
「何があったんだ」
運ばれた病院のロビーで仲間刑事から問われた佐倉だったが杏奈が目の前で亡くなった衝撃が大きく、上の空でまともに受け答えをすることが出来なかった。
「すみません、今はちょっと」
太田が佐倉をかばう。
「お前さんらしくないな。まぁいい。落ち着いたらまた話を聞こう」
病院の待合室ロビーには逃げ遅れて負傷した楠国際大学の生徒達で溢れていた。佐倉は特に外傷は無かったが、精神的にショックを受けているのは仲間と太田の目にも明らかで、誰もそれ以上声をかけるようなことはしなかった。
「俺は知事の家に戻る。お前さん、こいつが落ち着いたら連絡してくるよう言ってくれ」
「わかりました」
仲間が太田に告げ、病院を後にした。
一連の出来事が一瞬で体内を駆け巡り、疲れ切っていた佐倉はそのまま眠りについた。
翌朝、眠りから目覚めた佐倉はロビーに設置された新聞を手に取った。今日は12月10日。誘拐犯が指定した日だ。しかし県内の主要新聞紙を確認したが、どこにも昭和52年の件に関する記事など掲載されていない。香苗夫人は載せなかったのか。
代わりに焼け焦げた楠国際大学の写真がデカデカと出ている。記事には警察は「原因がわからず調査中」「事件の可能性も高い」とコメントしているとあるが「火炎瓶が投げられた」「大きな爆発音がした」などといった学生の証言も同時に掲載されていた。記事を見る限り火災による死人が出たという記載は無かった。杏奈の記事を探したが出ていない。警察のコメントは杏奈の射殺体を受けて慎重になっているのか、それとも〈揉み消された〉のか。
「佐倉さん」
太田が駆け寄ってきた。
「起きていたんですね」
「お前、ずっと病院にいたのか?」
「はい。あ、これどうぞ。今、売店で買ってきました」
そう言い太田は手にしたビニール袋からパンとコーヒーを取り出し、佐倉に差し出した。
「ありがとう」
素直に気持ちを受け取る。携帯を取り出すと仲間刑事からの着信が残っていたので、佐倉はかけ直した。
「もしもし」
「もしもし、佐倉です。電話貰っていました」
「あぁ。少しは休めたか」
佐倉の丁寧な口調が逆に、仲間に疲れ切っていることを伝えていた。
「新聞見たか」
「はい。結局あの奥さんは記事を掲載しなかったということですね」
「香苗夫人は記事を投稿しようとしたが知事が握りつぶした」
「子供は戻ってきたんですか?」
「いや、戻って来ていない。誘拐犯からの連絡もない。やはり桐谷杏奈が誘拐の実行犯だったんじゃないかな。子供がどこにいるかは不明だが」
「杏奈は死ぬ前に、俺に子供は無事だと言っていました。そのうち戻ってくるでしょう。嘘をついていたとは思えない」
「そうか。とにかく警察は発見に向けて全力をあげる。周辺の監視カメラの報告も…」
「仲間さん」佐倉は仲間の言葉を切った。
「ん?」
「もういいんです」
「もういいとはどういうことだ?」
「昔の事件のことは握りつぶされ、俺は目の前で人を救うことが出来なかった。そもそも依頼も打ち切られているのに勝手に動いていた俺もどうかしていたんだ」
「ずいぶん弱気だな」
「子供、知事の孫娘が救出されればそれが唯一の救いだ。そしてそこはもう警察の仕事だ」
隣にいる太田は、佐倉の言葉を驚いた表情で聞いている。
「お前さんはそれで納得するのか?」
「あぁ。もういい」
そう言うと、佐倉は一方的に通話を切った。
「太田、聞いていただろう。もうこの件から手を引け。俺も手を引く」
「佐倉さんは本当にそれでいいんですか?」
「いい。そもそも俺はやっぱり人探しや浮気調査が身の丈に合っていたんだよ」
「河村杏奈の件だって身辺調査から始まったことじゃないですか」
「死人が出れば話は別だ。それに真相を突き止めたところで権力には勝てない。見てみろ。実際、今日の新聞には何も掲載されていない。具志堅が握りつぶしたんだと」
「じゃあ、もう本当に降りるんですね」
「あぁ。お前には今回のバイト代を改めて払う。また連絡する」
「そんな金、受け取りたくありません。なんて言えばいいか。とても残念です」
太田の表情には怒りと動揺、そして佐倉への軽蔑の感情が入り混じっていた。
「とにかくこの件はもう終わりだ。俺はリランの送迎係に戻る。お前も冬休みを楽しめ。と言ってもあの火事じゃ授業がいつ再開出来るかもわからないか」
「失礼します」佐倉の言葉を遮り一言だけ告げると、太田は背中を見せて歩いていった。
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