Paris 信頼
「急で済まないが照会を頼む」
「え?」
マルセルの突然の申し出に押収品保管庫の担当を任されている職員が戸惑いを見せた。
「照会とは何の?」
「保管庫にある拳銃がリストの数と一致しているかどうかだ」
「拳銃ですか」
「もしかすると持ち出されたものがあるかもしれない」
「盗難ですか」
「わからない。ひとまず調べてみてくれ」
「わかりました。少し待っていて下さい」
すると職員は机の上のパソコンのキーを打ち始め、何かしら印刷を開始した。
「ちなみに拳銃だとどれくらいの期間、保管しているのかね?」
「基本的には庁内の保管庫に全て保管しています。押収したものなんて事件絡みのものがほとんどですから、裁判所に証拠品として提出することが多いんです。ここにあるのは大概、遺失物で一般市民が拾ったものぐらいですかね」
職員は言いながらプリンタから排出された用紙を取り出し、目を落とした。
「じゃあ保管庫を調べます。マルセル警部はこちらでお待ちください」
職員はマルセルに保管庫前のソファで待つように告げると、部屋の中に消えていった。
「やはり拳銃が2丁無くなっています」
保管庫に入って約20分後、職員が押収品保管庫の中から戻って来てマルセルに報告した。その表情は驚き、焦りの色が見える。ヨシムラの推理通り保管庫から拳銃が紛失していた。
「わかった。ありがとう」
「ちょっと待って下さい。何故、無くなっていることがわかったのでしょうか?このままでは私の監督責任になります」保管庫担当の職員がマルセルに問い質す。
「いや、君の監督責任を問われることはないだろう」
「何故ですか?」
「持ち出したのが身内だからだよ。防ぎようが無かったんだ」
マルセルの言葉を理解出来ず、呆気に取られたまま職員はその場に立ち尽くした。
次はコカインの線を調べる必要がある。ナスリの自宅から見つかったコカの葉。彼はコカインを葉から精製させていたのだろうか。亡くなったナスリの身辺を調べるには交友関係を調べるのが先決だが、それすらも手がかりがない。捜査員がナスリの通っている大学を調査しても交遊関係を洗うことは出来なかった。
「マルセル警部」振り向くとヨシムラがいた。
「なんだ?日本の強奪事件は調べ終わったのか」
「いえ、その件ですがご相談があります」
「何だね?」
「一緒に日本へ行きませんか?」
「日本?」
「はい。私はインターポールを通して申請します。マルセル警部は直接、メグレ警視に許可を貰えますか」
「突然過ぎるな。しかも私はコカインの件を調べないといけない」
「わかりました。では一緒に捜査してコカインの件は片付けましょう。そして日本へ行きませんか」
「日本か」
「はい。オキナワに行って、キリタニとメールのやり取りをしているカワムラ、そしてマエシロに話を聞くことが事件解決の糸口になるかと」
「日本の警視庁は動いていないのかね?」
「はい。メールの件は日本の警察には伝えていませんから」
「どうしてだね?」
「自分の目と耳で確かめたいんです」
「やっぱり君は頑固者だな」
マルセルはこの日本人女性に呆れながらも、自身の中で彼女に対する期待と信頼感が膨れあがっている感覚が止まらなかった。
「ではさっそくコカインの件から攻めるか」
「やはり気になるのはナスリの部屋から見つかったコカの葉や枝ですね」
「あぁ。私も気になっていた。彼はただの使用者ではなくコカインを精製していた可能性があるな」
「モーリス警視からもコカインが検出されていますが、ナスリとは接点はあったんでしょうか」
「わからない。もしかしたら二人を麻薬で繋ぐ人間が間にいる線も考えられるな」
「間にいる人間ですか。売人ですかね」
「もしかしたらな」
「ナスリの携帯の通話履歴とかは調べられないですか」
「あぁ、やってみよう。携帯自体は見つかっていないが、彼の名義で契約している国内のキャリアを突き止めれば通話履歴がわかるはずだ。そこから洗うか」
「わかりました。ではキャリアを分担して調べましょう」
マルセルはヨシムラと主に国内シェアを占める携帯三大キャリアを分担して調査することにした。ナスリがこのいずれかのキャリアと契約をしていれば通話履歴を洗い出し、そこから彼がどういう行動を取っていたか掴めるかもしれない。
「では早速行ってきます」
「頼む」
「マルセル警部、もし日本行きの申請が却下されたらどうされますか」
「有休を取ってでも行くさ」
マルセルの言葉にヨシムラは美しい笑顔を見せた。
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