Paris 驚愕
「マルセル警部」
朝、出勤するなりヨシムラから会議室へ来るよう促された。目の下のクマを見る限り、ほとんど寝ていないようだ。もしかしたらマルセルとメグレに黙って庁内に泊まったのかもしれない。
「キリタニのメールについてです」
他の署員に聞かれないようにしているのはメグレからの指示だった。モーリス自身の告白ですぐに彼を指名手配をするかと思ったが、メグレの判断で今は3人の間で伏せることになった。
「何かわかったか?」
「ええ。まず昨日もお話しした通り、キリタニが主にメールのやり取りをしていたのはカワムラという人物です。カワムラはオキナワにある建築会社の社長ですね」
「オキナワ」
ここでもオキナワという地名が出てきた。取調中に自殺したナスリが出向いた場所。時代は違えど、殺されたキリタニとモーリス警視が学生時代に過ごした場所。そして日本最大の未解決事件が起こった場所…。
「どういった内容だった?」
「はい。メールの中身からポイントだけを説明すると、キリタニは自分の娘をこのカワムラに養女として出しているようです。その娘の近況をカワムラが報告しているといった内容です」
「なるほど。養女か」
「ただそれだけではありません。もっと面白いことがいくつかあります」
「面白いこと?」
「はい。まずカワムラがキリタニに娘の報告をしていると同様に、またキリタニもカワムラにある人物の動向を都度報告しています」
「誰だ?」
「モーリス警視です。ちなみに数は多くないですが、キリタニとモーリス警視も少しばかりメールのやり取りをしています。内容を見る限り直接接触もしているようですね。待ち合わせの約束についてのやり取りも見られましたから」
「他にわかったことは?」
ヨシムラが下唇を少し舐める。その鋭い目つきはこれまでと人が変わったようだ。
「まずキリタニは何かをマスコミに発表すると言ってモーリス警視と接触しています。それが何かはメールの中身からはわかりません。それをモーリス警視は考え直せと幾度も引き止めているようですね」
「脅迫か?」
「いえ、ニュアンス的に脅迫の類いではないですね。何かをモーリス警視に要求しているという文章も見当たりませんでした」
「いずれにせよモーリス警視にとって都合の悪い内容ということか」
「そのようです。そしてもう一つ。マエシロという人物とキリタニはメールのやり取りをしています」
「マエシロ…」
また一人、写真に記載されている人物の名が出てきた。
「そのマエシロというのは何者だ?」
「オキナワにある大学の学長です」
「大学?ということは?」
「はい。モーリス警視が留学し、キリタニの出身校であるクスノキ・インターナショナル・カレッジです。ちなみにカワムラとのメールを見る限り、キリタニの娘もそこの大学に現在通っています」
「メールの内容は?」
「モーリス警視と同じく何かしらを発表するといった内容ですね」
「ではキリタニはその何かを世間に発表しようとしてモーリス警視に殺された、ということになるかな」
「その線が濃厚ですね」
「何だと思う?」
「一つしか考えられません。日本で起きた現金強奪事件です。このマエシロのプロフィールをネット上で見る限りモーリス警視と同い年です。そして互いが22歳、大学卒業の年にこの現金強奪事件が起きている。ナスリの自宅から見つかった記事も含めて私にはこれが偶然だとは思いません」
「君はモーリス警視とこのマエシロが現金強奪事件に絡んでいると見ているのか?」
「どう絡んでいるかはわかりません。事件の容疑者なのか関係者なのか。ただその真実を発表しようとしたキリタニがモーリス警視に殺された。状況から見て間違いないでしょう」
「ネットからマエシロ氏の素顔を確認出来るか」
「ええ、大学のホームページから」
そう言うとヨシムラはスマートフォンを取り出しネット検索を始めた。便利な世の中である。今やどこにいても世界中のありとあらゆる情報が簡単に手に入るのだから。
「この男がマエシロです」
ヨシムラがマルセルに画面を向ける。そこに映った白髪の男は国籍が違っても信念の強そうな人間だとわかる。そう見えるのは長年刑事をやって来た職業病のようなものかもしれない。そして案の定、男の顔には見覚えがあった。
「メールの中身についてメグレ警視に報告しよう」
マルセルがスマートフォンを取り出した瞬間、偶然にもメグレから電話がかかってきた。
「ちょうど良かった。メグレ警視、私も今、電話しようと…」
「マルセル、モーリス警視が見つかった」
こちらの話を遮るようにメグレは言った。突然すぎる報告だ。
「え?どこで見つかったんですか?」
「第9区にある公共ゴミ捨て場だ」
「ゴミ捨て場?わかりました。すぐ向かいます」
「いや、それならば警察病院のほうへ来てくれ」
「病院?モーリス警視はどこか怪我でも」
「怪我じゃない。遺体で見つかったんだ」
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