Okinawa 刑事
「随分、長いこといますね」
具志堅功が帰宅し約2時間。その間、警察関係者も家の中から一歩も外に出てこない。そして中学生の孫娘も未だ帰宅していない。
午後10時—。太田の言う通り確かに長い。この物々しさから何かが起こったことは推測出来た。
「仕方ない。呼び出してみるか」
「え?呼び出すって誰を?」
「おまわりさん」
ジャケットからスマホを取り出し、電話帳から仲間の携帯番号を探し出す。
プルル、プルル…。呼び出し音が響くが相手は出ずに留守番電話サービスに切り替わった。音声案内に従い、佐倉は伝言を残した。
「具志堅宅の外で待ってまーす」
留守電を聞けばそのうち外に出て来てくれるだろう。
「呼び出しなんかして大丈夫なんですか」
「このまま寒空の下で待っていてもしょうがないだろう」
「まぁそうですが」
「それより杏奈は何が目的でフランスに行くのかな」佐倉が以前から抱いていた疑問を口にする。
「周囲には語学留学だと話していたようです。周りにはだいぶ止められたみたいですけどね」
「なんで止められている?」
「そりゃあ、これから本格的に就活も始まる時期ですし、何より最近フランスで日本人が殺される酷たらしい事件も起きたじゃないですか。まぁ杏奈の行き先が事件が起きたパリかどうかはわかりませんが治安の面を考えたらね」
確かに最近パリで起きた猟奇殺人事件が話題になっている。周囲が止めるのも当然だろう。それに太田には伝えていないが河村修一の反応では杏奈の行き先はそのパリの可能性が十分にある。
ガチャン。その時、具志堅宅のほうから金属音の音がした。仲間刑事が門を開け外に出て来た。きょろきょろと周囲を見渡している。
「こっちです」
ベンチに座っている佐倉に気づくと仲間は小走りでやって来た。
「お前、ここで何をしている?」
その独特のイントネーションの沖縄弁は、同じ沖縄出身の太田より少しクセが強い。
「仲間さんこそ、知事の家で何やってるの?」
「お前には関係ない」
「そんなこと言わないで教えてくださいよ。だいたい俺と仲間さんがこんなところで会うのも、互いの目的に何かしらの繋がりがあるからじゃないの?」
仲間は佐倉がリランの客から金を貰って雑用仕事をしているのを知っている。大概は人探しや痴話げんかの類いなので放っているが、警察の人間として佐倉のやっていることを好ましく思っていない。それでも仲間がリランに通っているのはママやホステスが目的ではなく自分であると佐倉は知っていた。
自分だけではない。その他にも彼は沖縄県内のスナックやキャバクラの客引きのボーイたちとコミュニケーションは欠かさない。今日はどういう人間が出入りして、どういう話が話題になっているのかなど、夜の人間達から情報収集をしている。警察署ではなく、県警の人間なので県内の繁華街はある程度歩き回っているはずだ。
もちろん仲間と佐倉の関係はよくテレビや小説にあるような「探偵と警察が協力して事件を解決する」というような格好いいものでは無い。あくまでスナックの従業員と客にすぎない。
「俺の仕事とお前の動きが関係あるだと?ふざけるな」
「さすが県警の刑事さんはプライドが高い」
チッと舌打ちして仲間はポケットから煙草を取り出して火を点けた。
「太田。悪いが車の中で待っていてくれ」
何が起こっているのか聞き出したい。その為には仲間と初対面の太田にはこの場は外れてもらった方がいい。佐倉から車のキーを投げられ、言われるまま太田は素直にその場を離れた。
「お前は何でここにいる?」
太田が車に乗り込むのを確認し、仲間は再度同じことを聞いてきた。
「いつもと変わらない。人探しですよ」
「具志堅知事の関係者か?」
「関係者と言えば関係者かな」
「もったいぶらずに言え」
「知事の孫娘の家庭教師ですよ」
「家庭教師?」
「ええ。うちの店の客からある人間の身辺調査を頼まれまして。そしたらその人間がこの家で家庭教師をやっていたことがわかったんですよ」
「その家庭教師の名前は?」
「おっと。ここから情報交換でいきましょうよ。仲間刑事たちは何でここに?なかなか大ごとじゃないですか」
「お前には関係ない。家庭教師の名前もお前が隠したところで家の人間に聞けばわかることだ」
仲間はポケットから携帯電話を取り出した。
「比嘉、知事の家族から孫娘さんの家庭教師の名前を聞いてくれ」
携帯を耳に充てたまま、仲間は黙って佐倉を睨みつける。その瞳からは佐倉を信用して良いのかどうかを考えているのが手に取るようにわかった。
「ん?ああ、ああ。わかった」
携帯の通話を切り、仲間は佐倉に向き直る。
「それで桐谷杏奈の身辺調査でお前はどこまでわかったんだ?」
桐谷…?
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