Paris 自白
おそらく世界最初の24時間営業はコンビニやスーパー、病院等ではなく警察だと思う。しかし夜中に限れば、主に緊急出動の可能性がある為に備えているものであり、全ての部屋に明かりが灯っているわけではない。
深夜2時。マルセル警部はヨシムラと一緒にキリタニのノートパソコンがある保管庫へ入った。中に誰もいないことを確認する。
「こんなところ誰かに見られたら何と言い訳したら良いのか」
保管庫からキリタニのノートパソコンを持ち出して調べようと言いだしたのはヨシムラだった。一度メグレ警視から報告を受けているにも関わらず、こんな大胆なことをしていては発覚した時に何と言われるかわからない。
「でも実際に調べてみないと納得出来ないでしょう」
そう。当初ヨシムラの提案には二の足を踏む思いだったが、自分自身この目で確かめたい思いもあり彼女と一緒に行動することを決めた。
「パソコンは私が探します。マルセル警部は誰か来ないか、外で見張っていて下さい」
「いや、私が探そう。保管庫の中は広いし、もし持ち出しが誰かに見つかった場合は処分案件になる。君のキャリアに傷がつく」
「それはマルセル警部も同じでは?」
「私より君の警察人生のほうがこの先ははるかに長い」
「いえ、私が探します。あくまで私の単独行動と言うことで」
そう言い残しヨシムラは保管庫からマルセルを追い出した。頭が良いだけではなく生意気で強引な女だ。しかし今は彼女の存在が頼りになるとマルセルは感じ始めていた。
モーリスの失踪、そしてナスリの自殺騒ぎが嘘のように廊下は静まり返っていた。突如、胸ポケットで振動が起きた。真夜中の静寂な空間での着信に、マルセルは一瞬、心臓が止まりそうになるほど驚いたが、慌てて携帯を取り出し画面の表示を見ると、更なる驚きが待っていた。
「はい」
「マルセル、すまないな。こんな夜中に」
「モーリス警視!今どちらに?」
「周りに人はいるか?」念のため周囲を見渡す。物音一つしない。
「いえ、大丈夫です」
「そうか。庁内の状況はどうなっている?」
「例の猟奇事件の件で大騒ぎです。わかっているでしょう、それぐらい」
「ナスリは何か言っていたか」
「…」
「どうした?」
「彼の名前を知っているということは、やはりあなたはナスリと面識があったのですね」
「そうだ」
呆気なくモーリスはその事実を認めた。
「ナスリは公園で殺されていた人間はあなたが殺したと言っていました」
「それを聞いたのは?」
「その場にいたのは私だけですがメグレ警視には共有しています。そして、あなたの失踪でメグレ警視始め上層部はあなたの家の捜査や身辺を探っている」
「君はナスリの言葉を信じるか?つまり私が殺したのだと」
「いえ、私はあなたが人を殺すような人間だとは思っていません。しかしあなたの失踪でその思いが揺れ動いているのも正直なところです」
「…」
逆に次はモーリスのほうが黙り込んだ。電話越しにしばしの沈黙が流れる。
「モーリス警視、とにかく警視庁に戻って来て下さい。そして真犯人を一緒に見つけましょう」
「捜査ではどこまでわかった?」
「公園の被害者の身元。目撃者のナスリが麻薬中毒だったことぐらいです」
「わかった。ありがとうマルセル。私のことを信じてくれて」
「当然です」
「でもすまない。そちらには戻れないんだ」
「どうしてですか?」
「ナスリの言っていることは本当だからだよ。私が殺したんだ」
モーリスは驚くべき言葉を口にした。
「モーリス警視…」
「本当だ。すまない。でも自首は出来ない。まだやることがあるからな。おそらく君との会話もこれが最後だ。早く孫に会えるといいな」
そう言いモーリスは電話を切った。モーリスが自らの犯行を認めた。どこか覚悟していたこととはいえ、本人の口からそれを聞き、受け入れざるを得ない現実となったことにマルセルは酷く傷ついた。
コツ、コツ、コツ。その時、廊下の先から足音が聞こえてきた。徐々に大きくなっていくその音は間違いなくこちらに向かっている。まずい。急いでヨシムラに「部屋から出るな」とショートメッセージを送らなければ。
「マルセル?」
足音の主はメグレ警視だった。携帯を触っていた指の動きが思わず止まる。
「そこで何をしている?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます