Paris 写真
「マルセルさん、コーヒーでも飲んでください」
庁舎に帰り席に着くと、同僚の若い男性警官が横からマグカップを差し出してきた。「ありがとう」とその親切を受け取り、ふと窓の外に目をやる。気づけばもう夜になっていた。モーリスが消え、目撃者の自殺から丸一日が経とうとしている。
被害者のキリタニの職場である『ミナトジャポン』からは特に収穫となるものは何も無かった。
「疲れた顔していますよ。早く帰って休まれたほうがいい」
朝のメグレと全く同じ言葉を同僚がかけてきた。ここは素直に他人の忠告をきいたほうが良いのかもしれない。
「あぁ、そうするよ。だが何か事件について進展があればすぐに電話をくれ。電話は24時間いつでも構わない」
「わかりました」
カップのコーヒーを飲み干し、刑事課のフロアを出る。庁内の廊下を歩きながらマルセルは自分の不甲斐なさを痛感していた。
目の前で上司であるモーリスが突然姿を消したこと。彼が何を抱えているのかは未だにわからない。だが何か自分に力になれることがあったのではないか。
「ん…?」
ポケットに手を突っ込んだ時に、金属の感触が肌に伝わった。それを掴んだまま、ポケットから手を出す。
鍵。そうだった。モーリスが自分に託した鍵。マルセルは急いでモーリスのロッカーのある更衣室を目指し、歩を早めた。
他人のロッカーであるため、周囲の目を気にしながら鍵を開ける。
中には衣類等の類はなく、写真が一枚とメモ用紙が一枚、置かれているだけだった。随分色あせている。写真の日付は1977年12月11日と記載されていることから40年以上前のものらしい。
写真には4人の若者が写っていた。そのうち3人は東洋人、おそらく中国人か日本人といったところか。
思わず左端の男に視線を奪われる。明らかに1人だけ国籍の違う男。よく見たら見覚えのある顔立ち。面影から若かりし頃のモーリスだとわかった。
4人とも親指を立てカメラ目線でポーズを決めている。そして目の前には開かれたアタッシュケースがあり、そのケースの中身は紙幣らしきものだと確認が出来た。
それにしても何の写真だろうか。
裏を返すとMaurice、Kiritani、Gushiken、Maeshiroと、写真に写っている4人の名前らしき文字が記されていた。
「キリタニ…?」
パリレ・ブルーで殺害された日本人と同じ名前。しかし年齢的に本人であるはずがない。
これはいったいどういうことなのか。Kiritaniと書かれているのは偶然か…。
次に横にあったメモ用紙を広げる。そこには見慣れた文字で二行殴り書きがされていた。
【マルセル、すまない。後は頼んだよ】
【誰のことも信用するな】
後は頼んだ?誰も信用するな?
どういうことであろうか。
いったい、この手紙は何を意味するのか。後は頼んだというのはどういうことか。
モーリスは奥さんへクリスマスプレゼントに指輪まで購入していた。定年退職を迎えて、今年は穏やかで幸せなクリスマスを過ごす予定だったに違いない。それが何か不測の事態が起きて行方をくらませたのだろうか。
マルセルは周囲に誰もいないことを確認し、写真とメモ書きを自分の内ポケットに入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます