Okinawa 依頼

 河村との話を終え、愛子の店を出た後、佐倉は同じ中の町にあるバー『ゴールデンカップ』へ入った。店内は先程の『リラン』とは打って変わって広く、開放感がある。この店のオーナーである相葉は愛子の古くからの友人でもあり、佐倉が沖縄へ来て初めて知り合った人間でもある。

「おぉ、ゆうちゃん。久しぶり」

 愛子と同じく佐倉のことを「ゆうちゃん」と呼ぶこの男は、佐倉はもちろん愛子よりも年上で、今年で40歳になる。

 佐倉がカウンターに腰掛けると「何にする?」と相葉が聞いて来た。

「ハイボール」

「了解」

 そう言うと相葉はハイボールを佐倉の目の前で作り始めた。グラスいっぱいにアイスを入れた後、ウィスキーを3分の1、次にサントリーの炭酸水を注ぐと、最後にレモンエキスを一滴落とす。久しぶりに来たが酒と水の配分は愛子同様わかってくれており、それが友達の少ない佐倉にとって少し嬉しかった。

「今日はどうしたの?呑んでいるなんて珍しいね」

「愛子の店で常連の客と呑んだ」

「ということは何か仕事でもありそうなのかい?」

 出来上がったハイボールをカウンターのテーブルに置きながら、相葉が興味本位で尋ねてくる。

「一応ね。金持ちの社長が一人娘の身辺調査をしてほしいんだと」

「女がらみってことね」

「そう。つまりろくでもない仕事ってことだよ」

 河村の依頼はこうだ。大学3年生になる一人娘の帰りが最近遅い。アルバイトをしているわけでもないのに、毎日毎日帰りが深夜2時ごろだという。悪い友達でも出来たのではないか調べてほしいとのことだった。

 それを聞いた時、佐倉は河村に「過保護すぎはしませんか?大学生ぐらいの年頃なんて、みんなそんなものでしょう。お酒の味も覚え始める頃でもありますし」と率直な意見を述べた。と同時に愛子に対して怒りの感情も湧いた。

 つまらない仕事を振りやがって。もちろん仕事が欲しくないわけではない。定職についていない自分が仕事を選べる立場でないことも知っている。

「娘さんに直接聞いてみては如何ですか」

 次いで河村に尋ねたとき、愛子は向かい合って座っている佐倉の脚をテーブルの下からコツンと突いた。顔の表情は笑顔を作っているが目は笑っていない。

「それが出来るのなら苦労はしませんが…。お恥ずかしながら娘とはここ2年、まともに口を聞いていないのです。どうかお引き受け願えませんか?」

「奥様のほうは」

「ええ。家内もそれは一緒でして…」

「お願いゆうちゃん」

 河村の隣に座る愛子も可愛い声を出しながら頼んでくる。いくら乗り気でなくとも愛子の頼みは断れない。今の自分の部屋の家賃は愛子が持ってくれている。それもこの沖縄ではそこそこ値が張る金額の部屋だ。おそらく足を向けて寝ることは一生出来ないだろう。

「わかりました」

その言葉以外に佐倉が河村に言えることは選択肢としてなかった。

 1杯目のハイボールを呑み終えた時、携帯が鳴った。愛子からのメールだ。開いてみると文面はなく画像が添付されていた。画像には長い黒髪の美しい女性が写っている。髪が艶やかな黒色をしているせいか、白い肌が余計に際立つ。切れ長の目、その瞳からは写真からでも目力を感じさせる。清楚というよりは濃艶という言葉が合うような顔立ちだ。

 女性の名は河村杏奈。

『リラン』でのやり取りの際、佐倉は河村に娘の写真が欲しいと頼んでいた。その場で河村は写真を持っておらず「妻に画像を送るよう後ほど電話をする」と話していた。河村の妻から河村へ、河村から愛子へメールが送られて、今やっと佐倉の携帯に届いたということになる。

 写真は大学入学時のものらしい。『楠国際大学』と彫られた天然石の前で女性が美しく微笑んでいる。

「ハイボール」佐倉は画面の中の美しい女性に目をやったまま相葉に2杯目を注文した。

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