第34話:超スピード予言
カモメに対して恋愛感情はやはり湧かないけれど、それはそれとして気持ち良かったと思ってしまう俺は最低な男なのだろうか……。
吐き出した荒い息の中、カモメを見る。
「……あほー」
「アホはそっちだろ……。アホカモメ」
「……怒ってる?」
「……怒ってはないけど、よくないぞ」
カモメは今になって恥ずかしくなったのか、真っ赤に染めた顔を枕に埋めてバタバタともがく。
「分かってるよ。よくないことぐらい。でも、だって……。もう、ひとりなんです。これから」
「……俺がいるだろ」
「……どうせ時が経てば忘れるよ。僕からしたらトウリは唯一で、けど、トウリからしたら僕なんてたくさんいる一人で」
「……そんなわけないだろ」
「あるよ。……分かってる。僕がダメな人間なのは。……あんなに、気持ち悪いスキルで」
吐露するカモメの心情を理解しながらも、俺はこの静かな部屋の中で首を横に振る。
「……カモメは、見栄っ張りなやつだよな」
「えっと、何がかな」
「見栄っ張りで露悪的。……なんか悪そうな感じに変身するの……そんな感じなのかなと」
カモメはパチリパチリと瞬きをして俺を見る。
「悪い奴じゃない。……人から愛されやすいやつとは決して言えないけど。でも、俺は嫌いじゃない」
「……好きということ?」
「恋愛ではないです。……いや、いいから、キスしようとしないで、いや、本当、めちゃくちゃ気まずく感じるので」
テンションがおかしくなっているカモメを止めてそれからもう一度向き合う。
「……もう少し、相手の気持ちを考えた方がいい。初めて会ったときのこともさ、わりと人によってはめちゃくちゃ怒ることだしな」
「……うん」
「カモメにも余裕がないのは分かるけどさ、今からも多分ストレスとかあって、余裕はない状態で新しい環境にいくことになるわけで……。新しく知り合う人とあんな感じなら、揉めることになる」
「……分かってるよ」
「あと……あー、なにかないっけな」
ガサゴソと部屋の中を探すと、祖母の家に置きっぱなしで使っていない自転車の鍵を見つける。
……いけるか? と思いながら確かめると、確かに魔力は入ったので多分大丈夫だろう。
「これ」
「なにこれ? 自転車の鍵?」
「このスキルの中に入る扉を作れる合鍵。俺がダンジョンに入ってるときとかは無理だし、俺の魔力を補充しない限り一回だけだけどここに来れる」
「……いつでもきていいってこと?」
「いつでも……とまでは言えないかなぁ。まぁ、何かあれば遠慮はいらないけど、遠方だと帰るのも大変だし、心配されるだろうし」
「……うん」
「電話とかメッセージならいつでも。というか、俺の方からもするよ」
カモメはコクリと頷く。
「……トウリ」
「ああ、どうした?」
「……付き合ってほしい」
「いや……それはなんというか」
「……僕のこと、好きにしていいよ?」
精一杯の誘惑なのか、カモメは俺の手を握って不器用な表情を浮かべる。
困りながらぽすぽすと頭を撫でると、カモメは不満そうにじとりと俺を見つめて口を開く。
「付き合ってくれないとさもなくば……」
「断られると思うやいなや、即脅しにかかるのがカモメの悪いところだと思うな、俺は」
「さもなくば、勝手にトウリのことを恋人だと一人で思っている女が爆誕するよ」
「!?」
「爆誕するよ」
「!? い、いや……それは……するなよ」
「スマホのホーム画面をトウリにするよ」
「それは別にいいけど、ホーム画面に設定してるからと付き合ってるわけでもないだろ。俺も佐倉の写真になったままだけど恋人じゃないし」
「ホーム画面、佐倉先輩なのかい!?」
カモメにスマホを見せるとドン引きされながら、スッと流れるような動きでパシャリとツーショットを撮ってそれをロック画面に登録する。
「よし、と……」
「何もよくないが……」
「ともかく。…………泣くから、帰ってよ」
「……泣くなら、まぁ、俺のせいだし胸ぐらい貸そうかと」
「……やだよ。フラれたのに、泣くところ見られるの」
「……悪いな」
カモメはまたわんわんと泣いて、俺はその小さな身体を抱き寄せて泣き止むのを待つ。
……断ったのは失敗だったかもしれないとか、もっと距離感を考えた方がよかったとか、罪悪感から色々なことを考える。
断らなかったら、佐倉を泣かせていたかもしれないし、ミンさんやヒナ先輩との距離を考えなければならなくて悲しい思いをさせたかもしれない。
「……ごめん、でも、大切に思っているから」
なんて俺の言葉は酷く空虚な響きで、しゃぼん玉のように風が吹けば割れてしまいそうなほど軽いものだ。
昼間も泣かせて、夜も泣かせて、俺が泣かせてばかりのこの子は今にも折れてしまいそうな弱々しい表情で「もう大丈夫です」と呟くように言う。
泣きすぎて過呼吸になったのか、震えた唇をきゅっと閉じて、俺の胸に身を寄せる。
「……僕の心はとても醜くて。嫉妬深くて、ネガティブで、自己肯定感は低いのに自尊心は強くて。…………でも、たぶん、あなたへの恋心は、きっと綺麗なものなのだと思うんだ。だって、フラれた今でも、トウリのためならなんでもしたいって、そう思うから」
俺に抱きついたカモメの胸からドクドク、ドクドクと早い心臓の音が聞こえる。
「……好き。好き。愛してる」
「……ああ」
「…………。どうせ、トウリのことだから、他の女の子にも告白されて泣かせると思うんだ」
「最悪な未来予想やめてくれ……」
「……どうせ、泣かせることへの罪悪感に耐えられなくなって、ハーレムを作り出すだろうから。そのときは僕も恋人にしてよ」
「お、俺への信頼が低い……」
「いやどうせハーレム作って女の子囲うだろうし……」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「女の子を囲うのに最適なスキルを生み出してる人」
結果的にそういう感じのスキルになっただけだから……。
カモメはぐしぐしと自分の目を擦り、それから赤く充血した目で俺を見る。
「……今回、フラれたのは、トウリを独り占めする権利を得られなくなったというだけのことだから。恋人になるのは既定路線だから。どうせ近いうちにハーレム作り出すから、この男は」
「やめろよ……。そんなことはないから」
「いや、あるよ。近いうちにある。間違いないからね」
その確信はなんなんだ……。
俺がそんな女の子をたくさん侍らせるみたいな真似するわけないだろ。
と、思うが、何故かカモメは自信満々である。
……カモメは俺のことをなんだと思っているんだ。
しばらく、カモメが眠るまで話をしたり、不意打ちのキスをされたり、頭を撫でたりして過ごしてから、眠ってしまったカモメに「検査が終わったらすぐに来る」と書き置きを残して病院に戻る。
……はあ、まぁ、カモメはそう言うけど、そんなことはないだろう。
……それにしても思春期の男を前にして、ベッドの上であんな発言は流石にまずいだろうに。
色々と寝付きにくい夜を過ごして、翌朝検査を終えて医者のお墨付きをもらって退院すると、病院の前にヒナ先輩が立っていた。
「やっほー、退院おめでとー、ヒナ先輩だよー」
「うおっ、えっ、もしかして俺のスキルの中から寮に戻って、そのまま病院に来たんですか?」
「うん。本当は病室に行こうと思ってたんだけど、間に合わなかった」
「スキルの中で待っていてくれたらよかったのに……。今から行くところだったので」
来てくれたのは嬉しいけど、ちょうどスキルから向かうところだったので申し訳なく思う。
俺が軽く頭を下げるとヒナ先輩は慌てて首を横に振る。
「いや、そうじゃなくて。その、話をしたかったから。最近のトウリくん、ずっと人といるから話しにくくて」
「ああ、すみません。……電話とかでもなく、わざわざ直接ここまで? かなり時間かかると思うんですけど」
「大切な話で……。えっとね」
何を言われるのか不安に思っていると、ヒナ先輩は「奢るよー」と言いながら、俺の手を引いて病院の近くの喫茶店に入る。
駅や大通りからは遠いからか、ゴールデンウィークの割に客の少ない喫茶店。
ヒナ先輩は何故かいつもより強引にケーキとコーヒーを注文して俺の前に置く。
……なんとなく圧を感じる。
「あの、それで……話って」
わざわざここまで手間をかけて、二人きりで直接したい話って……。
そう俺が考えていると、ヒナ先輩はいつものふにゃふにゃとした可愛い表情ではなく、真剣な目で俺を見る。
俺が緊張からくる喉の渇きを潤すためにコーヒーに口を付けると、ヒナ先輩は話し始める。
「あの、えっとね、付き合ってほしいの」
ヒナ先輩の衝撃的な言葉に、コーヒーが思いっきり気管に入り込み、咳き込みかける。
「ミンちゃんと」
「ゴフッ! ごほっ、ごほっ……」
「だ、大丈夫!?」
「す、すみません。大丈夫です……と、というか、えっ、あの」
「その、ミンちゃんと結婚を前提とした交際をしてほしいなって」
……聞き間違い、ではないようだ。
冗談でもないらしく、ヒナ先輩は真剣な表情で俺を見ている。
…………。
ミンさんは俺とヒナ先輩をくっつけさせたがっていて、ヒナ先輩は俺とミンさんをくっつけさせたがっている。
……お、俺を押し付け合っている……!
ヒナ先輩とミンさんが、互いに俺を相手に押し付けようとしている……!?
な、何故かは分からないが、めちゃくちゃショックである。なんか泣きそうだ。
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