第21話:脅威に立ち向かう
目を覚ますと、白くて綺麗な肌が目の前にあった。
遅れてそれが川瀬先輩の脚であると気がつき、昨日徹夜で話したあと寝落ちしてしまったのだと思い出す。
ベッドではなく床に丸まって寝ている川瀬先輩を見て……今になって冷や汗をかく。
……これは、平気なのだろうか。
寮の規則とかそういうのは……。いや、そうでなくとも若い男女で同衾というのはまずい気がする。
別に不純なことは全くしていないが……いや、川瀬先輩のハーフパンツを半脱ぎにさせたのはちょっとやらしかったかもしれないが、それは横に置いといたら変なことはしていないのでセーフ……セーフだと思おう。
深呼吸をしてから先輩の方を見るとむにゃむにゃとよく眠っていた。
……先輩は気にしてなさそうだし、俺も気にする必要はないか。
別に男女としての仲ではなく、どちらかというと話の合う友人として一緒にいた感じだ。
友達の部屋で遊んでそのまま寝たというだけなら、やましいことは何もない。
まぁ……明らかに大遅刻なのは良くないが。
それはそれとして……昨夜は楽しかったな。
川瀬先輩とは話が合うし、銃もかっこよかったし、何かとためにもなった。
泊まるかどうかはまた全く別の話だが、機会があればまたたくさん話したい。
……と、そんなことを考えていると、もぞもぞと川瀬先輩が動き、大きく欠伸をして俺を見る。
「……おはよ?」
「おはようございます。……すみません、いつのまにか寝たみたいで」
「あ、もうお昼だ」
泊まってしまったことに文句や不満はないらしく、くしくしと目を擦って俺を見る。
「ご飯、食べていく?」
「自炊してるんですか?」
「うん、節約」
節約……という言葉を脳内で反芻させながら周りを見る。
壁にたくさんかけられている銃は、もちろん実用も出来るが昨日聞いた限りは「かっこいいから」「欲しかったから」というコレクション目的が強いものだ。
……高価なものをこんなにコレクションしているのに、節約。
「それは別」
「何も言ってませんけど。……朝ごはんまでお世話になるのも申し訳ないんで一回帰りますよ」
「いいのに」
「それに……もうそろそろ他の生徒も戻って来る頃だから、二人揃って休んだあとに先輩の部屋から出るところを目撃されるとまずいというか」
先輩はよく分からないという様子でこてりと首を傾げる。
まぁ、分からないならそれはそれでもいいけど……。
「楽しかった。またね」
「ああ、はい。また今度」
一応警戒しながら廊下に出て、誰もいないことを確認し安心してからエレベーターに向かう。
……川瀬先輩、不思議な人だったな。
最初は嫌われているかと思ったがそういうわけでもなく、純粋にそれほどコミュニケーションが上手くないだけのようだ。
エレベーターが来るのを待っていると、先輩が自室の扉から俺の方を見て、小さく手を振っているのが見えた。
表情の小さなクールな顔立ち。
寝起きで少しボサリとしているけど長い黒髪とお気に入りらしいヘッドホン。
細いけれどしなやかな体つきも合わせて、なんというか猫のような印象を受ける。
軽く手を振り返してからエレベーターに乗ると、御影堂会長からメッセージが入る。
『生徒会室に集合』
『了解』
とりあえず購買で何か買って、食いながら向かうか。
軽く身体をほぐしながら自室に戻り、軽く身支度を整えてから学校へと向かう。
学校から寮に帰る生徒たちとすれ違う。注目を浴びている気がするのは制服ではないからだろうか。
なんとなくの居心地の悪さのなか、生徒会室の扉を開ける。
金髪に碧眼、美丈夫ながら精悍な顔立ち。
キザったらしい笑みもどこか絵になる男御影堂クイナは、落ち着いた気品があり凛と咲くように立つ……少し変なところを除けば大和撫子然とした女性の高木先輩を横にして俺を迎えた。
「やあ、気分はどうだい?」
「上々。高木先輩、昨日は治療ありがとうございました」
「いえ、変なものを食べさせたお詫びと思ってください」
変なものである自覚はあったんだ、ぶぶ漬けコーヒー。
こうして見ると、二人とも変人ではあるがかなり分かりやすい美形で……俺だけ浮いているような気がするな。
「あ、そうだ、これって君の? 先にダンジョンの様子を見に行った探索者の人が拾ったんだけど」
そう言いながら御影堂会長が机の上に置いたのは、川瀬先輩からもらい、【血吠え】との戦いで紛失した拳銃だった。
「あ、俺のです。ありがとうございます。……あー、よかったー」
もう返ってこないと思っていた。
喜びながらそれを受け取ると、会長は感心したように頷く。
「なかなか面白い選択だね」
「これ、そんなにいい銃なんですか?」
「んー、値段はそこまででもないけど、レア物ではあるかな。白柳対魔十二年式、ダンジョン内に持ち込むことを目的として作られた拳銃で、特別仕様の弾にも耐えられるようにかなり丈夫に作られている」
「……モンスター用の銃ってことですか」
「そうだね。ダンジョン黎明期は今よりもダンジョンでの銃火器の使用が多くて、そういう非常に重いハンドガンにも需要があったんだ。今は遠距離攻撃をするならそういうスキル持ちの人に任せるのが主流で、それを作った白柳製作所も潰れたけど。出回ってる数は少ないけど物はいいはずだよ」
そんなに貴重なものだったのか。これ。
…………もっと大切にしようと思ったのは、価値が高いものだからではなく、これをくれた川瀬先輩のことを知ったからだろう。
「知らずに買ったんだ」
「いえ、もらいものです」
「もらいもの? ……あー、川瀬ミンか。なるほどね」
そう言えば会長は川瀬先輩のことも高く評価していたな。
俺はあの人の変なところばかり見ているが、探索者としては優秀なのだろう。
「会長、それより」
「ああ、そうだね。……先んじて派遣された探索者たちは君が見つけた道を発見し、多少の手傷を負って帰還した」
高木先輩に促されて説明する御影堂会長は、いつもよりも真面目な表情に見えた。
「手傷……」
「ああ、もう高木くんが治したから気にしなくていいよ。君よりもマシだったしね」
「【血吠え】との遭遇ですか?」
「いや、その穴の先が別の未発見ダンジョンと繋がっていてね。そこがそれなりに厄介だったらしい」
「……なるほど」
「お手柄だね。君が見つけてなければ死人がたくさん出ていたかもしれない」
……手柄と、喜ぶつもりはない。
会長も俺のことは分かっているのだろう、少し好戦的で悪戯げな笑みで頷く。
「問題はその繋がった道をどうするかだ。まぁ埋めるしかないわけだけど、また掘られてしまうかもしれないし、そこだけではなく別の道が掘られている可能性もある」
「向こう側のダンジョンを探索して状況を確かめるということですか」
「そうだね。加えて、掘ったモンスターの正体を突き止めて討伐の必要もある。そこで、僕たち生徒会はそのもう一つのダンジョンの探索を目指そうという話だ」
「実際、受け入れられそうなんですか?」
会長は手を投げ出して首を横に振る。
「そりゃ、なかなか厳しいよ。本職が敗走したところに学生がなんてさ。けど、それでも今回の場合、特に君のスキルが交渉に有利に働いた」
「俺のスキル? まぁ便利ですけど……」
いや、会長は『今回の場合』と言った。
つまり通常の探索よりも俺のスキルの重要性が高いということになる。
その理由は……。
「ダンジョン構造の変化現象。迷宮改変のリスクが大きすぎる、からか」
「ご明察。本来繋がっていない道だからね、迷宮改変が起きれば十中八九その道が潰れる」
「それで、出口の位置も分からない新規ダンジョンに取り残される可能性がある……と」
「しかもこっちのダンジョンと向こうのダンジョンで迷宮改変のリスクは二倍だ。それなりの難易度のダンジョンで出口も分からないとなると、改変が起きればベテラン探索者でもほぼ確実に死亡することになるからね。けど、君のスキルがあれば話は別だ」
404亜空間ルーム。
俺のそのスキルがあれば、好きなタイミングで安全に休息を取ることが出来る上に物資も大量に持ち込める。
安全性は飛躍的に向上するだろう。
「君のスキルは探索者たちも欲しがっている。けど、まぁ、まだごちゃごちゃとうるさい奴はいる。……そこで、だ」
「実力を見せて黙らせろ、ということですね」
御影堂は「分かっているみたいだね」と悪い笑みを浮かべる。
「試験の内容は二つ、ダンジョン探索が出来ているかを見られるのと、直接探索者と戦うの。このふたつをクリアすればいいそうだ」
「わかりやすくていい。いつするんですか?」
「一週間後の月曜日にダンジョン探索、その翌日に探索者との戦いだね」
俺は頷く。
「やるか」
「ああ、目にものを見せてやろう」
俺と会長が笑い合っていると、高木先輩が「うぐぐ……なんか分かり合ってる……」と悔しそうな表情で俺を見ていた。
……ダンジョンに潜る前に高木先輩とも仲良くなっておかないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます