グレート・プロデュース  〜密かに国をコントロールする最強のエージェントは、恋に落ちた王女を大帝王に即位させることができるのか?〜

青波良夜

第一章

No.001


『こんばんは。ライ・ザ・キャッチーくん。今回の任務は、古代魔法書及び魔導兵器密売の証拠を押さえることだ』


『我々が入手した情報によれば、密売は明日、豪華客船メロディスター号の船内にて行われるはずだ』


『君にはメロディスター号に潜入し、密売を行なっている人物を特定してもらいたい』


『なお、同日メロディスター号では、第九継王家つぐおうけピンクコイン家の王子<ドラム・ピンクコイン>と、第三継王家つぐおうけサンダーブロンド家の王女<メリーナ・サンダーブロンド>との婚約パーティーが行われる予定になっている。くれぐれも注意するように』


『いつものように、これは極秘任務であり、いかなる者にも存在が露見してはならない。存在が露見した際の責任は、すべて君がとることになる。また、君の身の安全について当局は一切関知しない』


『では、君が栄光を獲得することを願っている――』



 ……危ない危ない。昨日、寝る前にかかってきた電話の内容を思い出したら、危うく舌打ちしそうになった。


 俺の名前はライ。とある秘密組織ブラックキギョウに務めるエージェントである。

 緊急の任務を与えられたため、休暇返上で海に浮かぶ超豪華客船に潜入している。


「ふぅ」


 青いタキシードに身を包み、大きく深呼吸をする。普段はスーツ姿なので、少し窮屈だ。しかしこれも仕事のうち。ここからは優雅なウェイターを演じないといけない。


「……と、この部屋だな」


 派手な扉を開け、豪華絢爛な大宴会場に一歩足を踏み入れると、まるで別世界に迷い込んだかのような錯覚に陥る。

 天井から巨大なシャンデリアがいくつも吊るされ、きらびやかな光を放っている。椅子やテーブルも、窓も、客でさえも、金や宝石で飾られ、直視できないくらい眩しい。


 サングラスでもしてくればよかった……って、どうせウェイターに扮している間は外さないとダメだよなぁ……。


 くだらないことを考えていると、耳の奥にはめ込んであるイヤーピースから、雪解け水を思わせる透き通った声が聞こえてくる。


『センパイ、聞こえますか?』


 俺のことをセンパイと呼ぶ声の主は<アイマナ>。この任務のサポートを担当している。


「ああ、聞こえてる」


 俺は小声で返事をしながら、テーブルに並んだ綺麗なグラスを手に取った。


『さすがセンパイ。いつものスーツと同じくらい、タキシードでも青が似合ってますね』

「そこからは見えてないだろ」


 アイマナは本部のモニターだらけの部屋にいるのだ。今回はカメラを仕込んでないので、当然こっちの映像は見えてない。


『マナの心の目には、いつもセンパイの姿が映ってるんです』


 アイマナはいつものようにからかうようなことを言ってくる。しかし、いちいち相手にしていたらキリがない。


「で、何かわかったのか?」

『はい。メロディスター号の船内魔力探知システムを覗いてみたんですけど、今のところ船内に魔導兵器は存在しませんね』

「これから持ち込まれるってことか……。けど、海洋上の船にどうやって? ヘリか?」

『その船には王族貴族が勢揃いしてますからね。ヘリで近づいても、あっという間に撃ち落とされちゃいます。外部から侵入できるのなんて、センパイくらいですよ』

「……なんとなく今回の任務の裏が見えてきたな」

『センパイのミッションは、密売取引の証拠を押さえること、そして犯人を特定することまでです。犯人の確保は任務外ですからね」

「わかってるよ。俺も無駄に仕事を増やそうとは思わない」


 会話を終えると、俺は酒の入ったグラスをトレイに乗せ、会場を歩き回る。

 すると、さっそく招待客の噂話が聞こえてきた。


「本日の見どころは、なんといってもサンダーブロンド家の王女様ですわね」

「ええ。どのようなお召し物でいらっしゃるのかしら」

「けれど、意外ですわ。第九継王家の方と婚約するなんて。それも、あのドラム様なんて……」

「いくら第三継王家のお家事情が窮迫しているとはいえ、あんまりですね……」

「メリーナ様もお若いのに、かわいそうな方ですわ……」


 貴族たちの間では、婚約する二人の話で持ちきりだった。


 俺が部屋を回り始めてしばらくすると、部屋内がふいに静まり返った。


 大きな扉がゆっくりと開き、楽隊の荘厳な演奏とともに、一人の少女が入場してくる。


 すらりとした長い手足。長身でスタイルもいい。恐ろしく整った顔立ちをしているが、わずかにあどけなさが残る。長い金髪は腰ほどまであり、さらさらと揺れている。


 彼女は、まるで黄金のように光り輝いていた。派手な部屋の装飾にも、灯りにも負けていない。


「第三継王家、サンダーブロンド家の王女、メリーナ・サンダーブロンド様のご登場です! 皆様、盛大にお出迎えください!」


 パーティーの司会の声が響き渡る。すると部屋内は一瞬にして拍手と歓声に包まれた。


 ゆっくりと部屋の中央に向けて歩みを進めるメリーナ。その瞳も金色の光を放っている。


「――――ッ!」


 一瞬、目が合った……気がした。いや、単に俺が見惚れていただけか。


 ったく、情けない。任務の最中に、一瞬でも意識をそらされるなんて。

 今は任務に集中しないと。いったい誰がこの船で密売を行おうとしているのか突き止めるんだ……。



 ◆◆◆



 メリーナが現れ、しばらくは彼女を交えたダンスなどの催しが行われていた。

 それも一段落し、会場が少し落ち着きを取り戻したころ。


 俺は相変わらず優雅なウェイターを演じながら、注意深く来客たちを観察していた。

 そんな中、一人の男が俺の方に視線を向けているのがわかった。


 男は、馬鹿みたいに豪華で派手なピンク色の衣装に身を包んでいた。顔には高慢な薄ら笑いを浮かべ、明らかに人を見下した目でこちらを見ている。


「おい、ウェイター。こっちに来い」


 俺を呼びつけたその男こそ、今夜のもう一人の主役。第九継王家の末子、ドラム・ピンクコインだった。


「どうした、グズ。そこのお前だぞ、お前。呼んだら早く来い。指でも切り落とされたいのか?」


 信じられないほど横柄な呼びつけ方に、正直イラッとした。が、今は任務中だ。

 ガマンガマン……。


「はい、ご用件は何でしょうか?」


 俺は平静を装い、ピンク男の前まで行く。そして丁寧に頭を下げた。

 すると、ピンク男は鼻で笑った。


「お前、新人だろ? しかし頭の下げ方だけは教わってるようだな。それとも、生まれてからずっと頭を下げる人生だったのか?」


 思わず手が出そうになった。

 だが、残念ながら俺の理性はしぶといようだ。


「すみません。まだ仕事に慣れていないもので……何卒ご容赦ください」

「お前のことなど聞いてない」


 コイツ……。


「申し訳ありません」

「いいかよく覚えておけよ、グズ。オレ様の飲み物は常にフルーツポンチでなければならない。それも、パイナップルとマンゴーを7対3で混ぜたものだ。さっさと持ってこい!」


 ――バシャッ。


 と、思いきりワインをぶっかけられた。ここまでされると、怒りを通り越して冷静になれるんだな。一つ賢くなったよ。


「……かしこまりました」


 今回は許してやろう。と、俺は自分の怒りを抑え込み、奴の要求を受け入れた。

 なのに、ドラムが呼び止めてくる。


「待て。お前、本当に覚えたのか? もう一度言ってみろ」

「はい。パイナップルとマンゴーを7対3で混ぜたフルーツポンチでございますね」

「ふん、こんな簡単な注文も覚えられないのか? さすが下々の者だな」


 覚えてただろ……?


「いいか? この下郎め。忘れるなよ? オレ様は第九継王家の誇り高き末子だ。お前のような者とは格が違うんだよ」


 こいつ、本気で『オレ様』なんて言葉を使ってるのか? しかも『誇り高き末子』って……それ、自慢になってるのか?


 という数々のツッコミを心の奥底へ封印し、俺はにっこり笑顔を見せてやった。


「申し訳ございません。すぐにお持ちいたします」

「待て」


 俺が再び立ち去ろうとすると、ドラムが再び呼び止める。

 何かと思えば、ドラムは口をクチャクチャと動かしていた。そして、その口から吐き出したモノを、俺に押し付けてくる。


「ほら、チップだ」


 え? と思った瞬間には、ドラムの噛んでいたガムが俺の額に張りついていた。


「お前のような下賤な身分の者には、嬉しい報酬だろ?」


 ニヤリと笑うドラム。俺はもう自分がどんな顔をしているのか想像もつかなかった。



 ◆◆◆



 ドラムが去っていく。その後ろ姿を、俺は憎しみをこめて睨んでいた。

 すると、ドラムはなぜか周囲を警戒するように辺りを見回し、そっと部屋から出ていった。


 妙だ。今夜のパーティーの主役で、しかもあんな高慢な人間が、人目を避けるようにコソコソ出ていくなんて……。


 追いかけてみるか。と思ったのだが――。


「これをどうぞ」


 ふいに、目の前にハンカチが差し出された。酒をかけられた俺を労ってのことだろう。

 ただ、差し出してきた相手に驚かされた。


「メリーナ様……」


 目の前に立っていたのは、光り輝く金色の少女。メリーナ・サンダーブロンドだった。

 おかげで、周りの注目を浴びまくりだ。


「お手をわずらわせるわけにはいきません」


 俺はそれだけ言って、彼女の前から離脱した。

 メリーナ王女の厚意に応えられず申し訳ないが、目立つわけにはいかないのだ。



 ◆◆◆



 ワインまみれの服を着替え、俺は一息つくために甲板に出た。

 潮の匂いが鼻をつく。夜風が頬を撫でる。


 怪しいところはないか。俺は甲板をひととおり見て回ったが、どこにも異常はなかった。辺りには人の気配も全くない。


 仮に外部から魔導兵器を持ち込むとして、どうするつもりなのか。空からの侵入は目立つし、かといってボートで乗り込むっていうのも現実的じゃない。


俺は甲板の柵から身を乗り出し、下の方を覗いてみる。が、そこには暗い海が広がっているだけだった。


「うーん……波が高いなぁ……」


 ここから落ちたら普通の人間はまず助からないな……。


 ちょうどそんなことを思った時だった――。


「ダメーーーッ!」


 突如、後ろから大声が聞こえた。

 そして振り返る間もなく、何かが俺の腰辺りに突進してきた。


「うおぅっ!」


 押された勢いに負け、俺の身体は危うく柵を乗り越えるところだった。

 が、どうにかギリギリ体勢を立て直し、甲板の方に転がる。

 突撃してきた人物と抱き合ったまま……。


「っつぅ……」


 目を開けると、俺に覆い被さっていた人物と目が逢う。


「メリーナ……様……?」


 相手は王族なのに、危うく呼び捨てにするところだった。


「はぁはぁ……あなた……海に飛び込もうとしてたでしょ?」


 メリーナは息を切らせ、真剣な表情で俺を見つめている。


「は? いや、そんなつもりは……」

「だって、さっきドラム様に嫌がらせをされていたから、それで恐くなって自ら死を選ぼうとしてたんじゃ……」


 なるほど。さっきの俺は、はたから見ればそんなふうに見えなくもないか。


 それにしても――。


「え? どうして笑うの?」

「いえ、申し訳ありません。私は平気です。海を眺めて休憩していただけなので」

「ええっ!? そうだったの!? ご、ごめんなさい!」


 メリーナは慌てて立ち上がり、続けて俺も立ち上がる。

 二人して服の埃を払いながら、少しだけ間が空いた。


「あの、えっと……本当にごめんなさい」


 改めてメリーナが頭を下げる。それを、俺は慌てた演技で諌める。


「おやめください。私のような一般市民に王族が頭を下げるなんて。誰かに見られたらクビどころの騒ぎじゃ済みません」

「だって、けっこう本気でタックルしちゃったし……怪我とかしてない?」

「頑丈なだけが取り柄なので」


 俺がそう答えると、メリーナは本当に心の底から安堵したような笑みを漏らした。


「よかったぁ……」


 たかがウェイターひとりの身を本気で心配するなんて、珍しい王女様だ。おかげで俺は、少しだけ彼女に興味を持ってしまった。


「まだパーティー中ですよね? なぜこんなところに? しかもおひとりで」

「わたし、ああいう場所は苦手なのよ。だから、こっそり逃げ出してきちゃったわ」

「いいんですか?」

「よくない……かな?」


 困ったように笑うメリーナ。その表情の中に、わずかに寂しさが滲んでいた。


「よければ独り言の聞き役くらいにはなりますよ」

「それは……わたしの話を聞いてくれるってことかしら?」

「パーティー会場じゃため息をもつけないんじゃないですか?」

「ウェイターさん、よくわかってるのね」


 そんなわけで、俺はメリーナの話を聞くことになった。


 二人で並んで柵に身体を預け、海を眺めていると、メリーナがぽつぽつと語り始める。


「本当はね、海に飛び込んで逃げちゃおうかなぁ……って、ちょっとだけ思ってたの。どうせ無理だけど……」


 大胆な告白だ。誰かに聞かれてたら、船をひっくり返すような騒ぎになるだろう。

 まあ、でも俺は彼女の気持ちがよくわかる。


「あんなのが相手ですからね」

「えっ?」


 ……口がすべった。


「いえ、別に王族を批判したわけではなく……」

「あはははは、大丈夫よ。誰にも言わないわ。まあ、そうよね。ウェイターさんはワインをかけられたもんね」


 ワインよりガムの方がムカついたけどな。


「別に私は気にしてませんよ。ただ、疑問には思いますね。あなたのような方が、どうして彼と婚約しようとしているのか、と」

「……わたしね、サンダーブロンド家の唯一の後継者なの。お父様も病気だから……早く跡を継がないといけないんだけど……」


 そういえば、サンダーブロンド家の後継問題は、ウチの組織でもたびたび議題にあがってたな。


 十三ある継王家が、このままでは十二になってしまうと。そうなると継王家同士のパワーバランスも変わり、最悪の場合は、内戦に発展しかねないという予測もあったりする。


 そんな事情は知らないふりをして、俺はメリーナに尋ねる。


「あの男との結婚が解決策になると?」

「王族からサンダーブロンド家に婿養子にきてくれる人は他にいなくて……。十三継王家は、どこの家同士も仲が悪いし、結婚してくれるだけでもすごくありがたいの」

「たとえどんな事情があろうと、私は自分の心に正直でいたいですけどね」


 俺がそう言うと、メリーナはくすりと笑った。


「ウェイターさん、わたしに、婚約を思いとどまらせようとしてるみたいね」

「そんな畏れ多いことは……」


 バレたか。

 まあ、でも最後は本人が決めることだ。


「そうね……でも、わたしには責任があるわ。だから家のため、この国のため……」


 メリーナは一度深呼吸をしてから、決意に満ちた表情を浮かべた。


「結婚するわ!」


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