第40話エミリア、ユリイカ!となる
反射的に私の視線は掴まれた自分の胴体に行く。私の体を鷲掴みにしているのはコカトリスの鋭い爪だった。私の体がルーカスの背後から完全に出てくるのを待っていたのだろうか? ぐんぐんと地面が遠ざかるのを眺めながら、私の頭に浮かんできたのはそんな事だった。我に返ったのはルーカスの悲痛な叫びが聞こえた時だ。
「エミリア様ーーーっ!!」
下を見ると応援の近衛兵が駆け付けて来ている。弓矢でコカトリスを攻撃しているが、私に当たってはまずいと躊躇していた。他のコカトリスも矢を受けてはいるが、2,3本矢が当たった位ではビクともしないようだ。ルーカスは私を追いかけて走って来るが、その姿はどんどん小さくなっていく。こんな事になるならルーカスに好きだと打ち明けておけば良かった。今ならはっきり分かる、あの胸の高鳴りはルーカスへの恋なのだと。
でももう遅い。そう諦めかけた時、凄まじい雷鳴が轟きコカトリスの体がガクンと揺れた。私を掴む爪の力が緩み、コカトリスはバランスを崩して斜めに降下しだした。下を見下ろすと、ルーカスが持つ剣が青白く光っている。遠目から見てもはっきりと分かるほどに眩い煌めきだ。あれは・・以前にも見たことがある、ソードマスターのルーカスが放つ雷のオーラの光だ。雷撃がコカトリスの羽に命中したのだ!
だが驚いている場合ではなかった。コカトリスはとうとう私を掴んでいられなくなり、私は空中に放り出されてしまったのだ!
落ちる! そう思ったがドレスが爪に引っかかり、すんでのところで私は落下を免れた。だがビリビリと不吉な音をたて、どんどんドレスは破れて行く、でもまだ地面は遠い。早く、早く降下して! 頑張って、私のドレス! まだ破けないで!
ああ、もうだめ! とうとうドレスが破れてしまった。腕をばたつかせても、手を掠めるのは空気だけ。落下していく恐怖に耐えられず目をつぶった。地表に吸い込まれるように落ちて行くのが体で感じられた、が次の瞬間に聞こえて来たのは耳慣れた優しい声だった。
「捕まえた! 今度は上手くいきました!」
目に飛び込んで来たのはルーカスの笑顔。ルーカスに抱きとめられ、九死に一生を得た私は思わず彼に抱きついてしまった。安堵から涙が溢れてくる。
「怖かったわ、もう、もうだめだと思った・・」
「もう大丈夫です。ですが残りを片付けなければなりません。下に降りましょう」
その言葉に改めて足元に違和感を覚える。地面にしては弾力があり、柔らかいのだ。そこはコカトリスの腹の上だった。
ルーカスは先に降り、私に手を差し出した。
「ちょうどいい踏み台になってくれました、これが無ければまた下敷きになるつもりでしたが」
そう言って笑うルーカスはあちこち傷だらけだった。
「ルーカス、ひどいケガだわ」
「これ位は平気です」
ルーカスは地面に降り立った私を素早く抱きしめた。その腕が少し震えている。「本当に良かった」
そして抱きしめた時と同じくらい素早く私を離すと、「このコカトリスの陰に隠れていてください」と言いながら私を大きなコカトリスの死骸の陰に誘導した。
ルーカスは苦戦している近衛兵の元へ走り去る。その後ろ姿を見ながら私はまさに雷に打たれた様にすべてを悟った。今まで自分が感じていた違和感、喉につかえていた疑問に答えが出たのだ。
コカトリスを撃退したルーカスは国中で大きな話題となった。それは20年以上出現していなかった雷のオーラを使うソードマスターの誕生となったからだった。ルーカスは王宮に招待され、正式にソードマスターの称号を与えられた。
ルーカスが話題になったのは彼がまだ若干21歳の若者であった事、以前に国の英雄として称えられたソードマスターのルーカスと同じ名前を持つことがその理由の主だ。そして普通、オーラに覚醒してもすぐに使いこなせるものではなく、更に鍛錬して一人前のソードマスターとなる。それがルーカスの場合、覚醒後すぐにオーラを使いこなし、スワンソン侯爵家を襲った大量のコカトリスを撃退したからだ。
「あの時はもう本当に必死でした。エミリア様を助けなければと、それしか頭になくて」
ルーカスはそう謙遜した。でも私は知っている、なぜルーカスが覚醒後すぐにオーラを使いこなせたか。
あの日以来、多忙を極めたルーカスにやっと余暇が出来たある日の午後。私はルーカスをお茶に誘った。
「少しは落ち着いたかしら?」
「はい、新聞の取材やら何やらも・・やっと解放された気分です」
「巷ではルーカス人形とか、雷のオーラを模した木剣が子供のおもちゃとして大人気なんですってね」
「なんだか気恥ずかしいです」
ルーカスは居心地が悪そうに腰をずらし、テーブルの上のチーズケーキに手を伸ばした。
「以前の時より注目度が高いからかしら。前に覚醒したのは確か32歳の時だったわよね?」
「そうです、32で覚醒してからも使いこな・・えっ」
ルーカスのフォークを持つ手が止まった。私はそのまま矢継ぎ早に自分の考えを、いえ確信をルーカスに浴びせた。
「ブルーが青りんごしか食べない事を知っていたのも、ジョンという犬がメスだと知っていたのも・・すりリンゴを病み上がりの私に食べさせてくれたのも執事のルーカスだからなんでしょう?」
突然の事にルーカスは焦っている。なんとか誤魔化そうと言葉を探しているようだ。でも私は昔の8歳の子供じゃない、当てずっぽうで言ってるわけじゃないわ。
「私もすぐには信じられなかったわ、でもそれ以外に考えられない。そう思わないと不思議な事だらけだもの」
ルーカスはまだしきりに考え込んでいるが、意を決したように顔を上げて静かな声で語り出した。
「そうです、お嬢様の考えている通りだと思います」
ルーカス・ギリゴールだった時の記憶を思い出した経緯から、全てを順番にルーカスは話してくれた。
「ねえ、ひとつだけ聞きたいの」
私の胸の内は喜びでいっぱいだった。見た目はまったく違っても、その瞳の中に宿る優しい光はあのルーカスそのままだった。もう2度と会えないと思っていたのに、こうして今目の前にいるのは私の初恋の人なのだ。
「はい、何でしょうか?」
「ルーカスが屋敷を出たのは私の為だったんでしょう? 私を嫌いだと言ったのは・・本心ではないのでしょう?」
「あの時はすみませんでした、お嬢様が傷つくと分かっていましたが、それが最善だと考えていたんです。時が経てば私を忘れてお嬢様にふさわしい方と幸せになるだろうと、そう思っていました」
「ルーカスは悪くないわ、私の為と思って出て行ったんだもの。私はね、ずっとルーカスが死んだのは私のせいだと自分を責め続けて来たわ。それは事実だと思うの。あなたの死の知らせを聞いて、辛くて悲しくて・・でもそれは自分が蒔いた種だというのが一番辛かった」
「それは違います! 屋敷を去ったのはお嬢様の為でしたが、行き先を戦場に選んだのは自分なのです」
「ありがとうルーカス、どこまでも優しいのね」
私はルーカスが私を嫌いになって屋敷を去ったのではないという事実を確認出来ただけで心が軽くなるのを覚えた。そして、それなら・・と欲を出したのだ。
「私は大人になったわ。ルーカスが望んでいるような『思いやりがあって聡明』な女性になれたかは分からないけれど」
私は少し自嘲気味に笑った。そんな私を見てルーカスは優し気に微笑んだ。
「エミリア様は思いやりもあるし、とても聡明な方です」
ルーカスの言葉に私の心はすっかり少女に戻っていた。
「あの時の約束を覚えてる?・・私は今でもルーカスが好きよ!」
高揚する気持ちを私は抑えられなかった。もう子供じゃない、そしてルーカスも私を認めてくれた。私はルーカスが描く理想の女性になれたんだわ、私達はやっと・・・・でもルーカスの表情には影が差している。ふと私の視線を避けるようにルーカスは横を向いた。
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