第33話エミリア、強制送還される
私がアレクの務める銀行に融資をお願いしていたのは、この鉱山組合の共同事業に関わる件だ。
私が理事を務める鉱山組合では、現在の製鉄所を組合で買い取り、拡張する共同事業に着手している。その資金の多くを融資から得ようとしていたのだが、ここに来て組合から二つの家門が脱退してしまった。この二つの家門は組合の中でも鉄鉱石の多くを産出する鉱山を所有している。せっかく製鉄所を買い取って拡張しても肝心の鉄鉱石が十分な量を得られないと、拡張の意味をなさなくなってしまうのだ。
脱退した家門から鉄鉱石を仕入れることになると、今までと同じ価格でとはいかない。そこにコストがかかると想定より利益が減ってしまう。それで銀行が融資を渋る結果となってしまったのだ。
まずいのは、3人いる組合の理事の一人が見切り発車してしまった事。銀行の融資が決定してもいないのに、鉄の取引を他国と確約してしまったのだ。
銀行の融資が通ったとしても十分な量の鉄鉱石が得られなければ、取引先に確約した数の鉄を卸せない。それは契約違反に当たってしまう。他国との取引だから、国の信用にも関わる問題に発展しかねない。
「その脱退した家門は鉄鉱石自体を売る気はあるのかい?」
書類の山に埋もれそうになりながらアレクが訪ねた。
「期待は出来ないわね。脱退したのは少し前だけれど、以前から計画していたようだし」
「この書類を見る限り、組合外部から鉄鉱石を買い入れた場合、利益率がかなり下がるね。もしその外部が高い値段をふっかけてきたら・・」
「利益を出すのも難しくなるわ。製鉄所の買収を諦めたとしても契約した数の鉄は何としてでも確保しなくてはいけない。でもそれには製鉄所の拡張は必須なのよ」
「赤字になるような拡張事業に銀行は融資をOKしないだろうな。う~ん、なかなかこれは・・厳しい状況だね」
いくらアレクが副支配人を務めているとしても、この案件にGOサインを出すのは無理だろう。アレクは友人として私の力になれないか様々な方法を検討してくれている。でも今は手詰まりの状態だった。
ただ私もこの状況に手をこまねいているだけではない。だからアレクにお願いしたのは、時間だ。融資の決定を先延ばしして時間を稼いでもらうのだ。
翌日私は先日観劇に行ったメンバーに集まって貰った。この席で私はバルコニーから落ちたのは、誰かに背中を押されたからだと打ち明けた。
スタイルズとルーカスは護衛騎士でありながら私を危険から守れなかった事を詫びた。イライザは自分も同じように私を守れなかった事を悔しがり、それ以上に犯人に対して憤った。
「許せません! エミリア様をバルコニーから突き落とすなんて・・絶対に犯人を捕まえて王宮の尖塔から突き落としてやりますわ!」
イライザは本当にやりかねない勢いだった。王宮の尖塔は国で一番高い建造物なのだ。それはさておき、先日観劇した劇場はゴールドスタイン公爵家が多くを出資している。招待客などの情報を開示してもらって目撃者探しから始める事にした。
「エミリア様、この件、ロスラミン団長はご存じでしょうか?」
「ええ、少し前に話してあるわ。鉱山組合でも不穏な動きがみられるという事も含めてね」
スタイルズは規律を重んじるタイプだ。公爵家騎士団に入ってそろそろ10年になる。その経験の豊富さと真面目な性格を買われて、彼は私付きの護衛騎士に任命された。なんとなく10年後のルーカスを見ているような気がする時がある。
そこへドアが開いて、カーティスが入ってきた。
「お揃いですね。ではもう聞いたかと思うが、エミリア様の護衛に私も就くことになった。イライザには他の団員たちと犯人探しの調査を頼む」
カーティスは私に頷いた後、スタイルズとルーカス、イライザに向かって言った。
イライザはすぐ騎士団の棟へ帰って行った。私はこれからのスケジュールを確認し、彼らはどう護衛に回るかを私に説明してくれた。
それからは外出の時はもちろん、屋敷内でもどこへでも護衛が付いて回った。平常時なら息苦しくて逃げ出したくなっただろう。でも今は鉱山組合の事でいっぱいで、息苦しさを感じる余裕もなかった。
最近では書斎に滞在する時間が長くなって、夜も自分の部屋に戻らずに書斎の大きなソファをベッド代わりにしている。今日ももう夜中の3時を回ってしまった。でもまだ少し調べることがある。どうせここで寝るんだからまだいいわ。
そう思っているとノックがしてカーティスが顔を覗かせた。
「まだ起きておられたんですね」
カーティスは難しい顔をしながら入ってきた。「大事な時期なのは分かりますが根を詰めすぎです。先日の旅行でもスケジュールがぎっしりでしたし、きちんと休息しないといつか倒れてしまいますよ」
「睡眠はちゃんと取っているわ、これが終わったらもう寝るから」
私は書類の1枚を指でトントンと叩いた。でもカーティスは首を振ってつかつかと私に歩み寄った。
「失礼します、エミリア様」
「えっ・・きゃっ」
カーティスはデスクの後ろに回り、椅子から私を抱き上げた。
「ソファなんかで寝ても体は休まりません。今日はご自身のベッドに寝ていただきます」
私を抱き上げたままでカーティスは書斎を出る。まさかこのまま私の自室に向かうつもりなの?!
「カーティス、降参よ。今日は自分のベッドで休むことにするわ、だから下ろしてちょうだい」
「エミリア様、夜中です、誰にも見られる心配はありません」
恥ずかしがる私に、カーティスは余裕の笑みを返した。
「そ、それはそうだけど」
「ここは私に甘えて。お部屋に戻る労力も惜しんでください。まぁ甘えて欲しいと私が希望しているのですが」
今は夜中で誰にもこの恥ずかしい姿を見られないはずだった。なのに、角を曲がると私達は慌てて向かって来たルーカスと鉢合わせた。
「あっ、本当だ! エミリア様、どこか具合でも悪いのですか? まさかまた膝が痛み出したとか?!」
「ルーカス! ち、違うわ。私はどこも悪くないわ」
それならなぜ? ルーカスの表情はそう言っている。そのルーカスの口が開きかけた時、カーティスがその疑問に答えた。
「今日こそはご自身のベッドで休まれるように、私が強制送還している最中だ。だから心配するな、ルーカス」
ルーカスはまだ何か言いたげだ。自分も付いて行くと言い出しそうだと思ったが、ぐっとこらえた様子で「では僕は外の見回りに戻ります」と口を結んで踵を返した。
「ルーカスもあなたの信奉者ですか? コークスはそうでしょう? あなたを女神の様に崇めていますね」
「イライザはそうかもしれない・・でもルーカスは違うと思うわ。騎士団に入団したのも、お父様である団長の背中を追っての事でしょうし」
カーティスはちらっと私を見た後、真っすぐ前を見て笑みを漏らした。
「彼もすぐに私達の仲間になりそうな気がしますね」
「わたしたち?」
「私とコークスです。私もあなたの信奉者ですから」
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