第25話エミリア、交際を申し込まれる
ルーカスが滞在している間、私達は午前中は課題や勉強を、午後からはよく乗馬をして楽しんだ。
私はもうグリーンには乗っていない。背が高くなって体も成長したから普通の馬が丁度よくなったのだ。でもルーカスはまだグリーンに乗れる体型だから、グリーンをルーカスに任せる事にした。なにせグリーンはルーカスを気に入っている。ルーカスは一度会っただけでグリーンをて手懐けてしまったようだ。
私とルーカス、時にはアンドーゼ先生を交えて屋敷から少し離れた湖へ遠出したり、果樹園でりんごの受粉に挑戦したり、ベンが直してくれたバードフィーダーに来る野鳥を観察したりした。
こんな風に誰かと楽しく遊んだのは何年ぶりだろう。
そして春の休暇は短くあっという間に新学期が始まった。
私は今年9年生になった。でも何かが変わることは無い。いつもどおり経済学を専攻科目にして領地経営を学んでいくのだ。
生徒会室で今年新しく生徒会に入る予定の生徒と顔合わせをし、明日入学の新入生の引率役を話し合い、その他、諸々の対応で生徒会会議は長引いた。
「もうこんな時間だね、食堂はまだ開いてるかな?」
生徒会長のモーガンが時計を見上げるともう8時になろうとしていた。
「食堂は8時までよね。何か残ってるといいけどなあ」私と同室のベティ・ロズウェルが椅子から立ち上がった。彼女も生徒会役員なのだ。
そこへノックがしてルーカスが顔を覗かせた。「あの、会議は終わりましたか?」
「あれ、ルーカス君どうしたの?」ドアの正面に座っていたモーガンが不思議そうな顔をした。
「いつも始業式後の生徒会会議は長くなると聞きました。それで食堂の方に夕食を別に用意して貰ったんです」
ルーカスは大きなワゴンを押して生徒会室に入って来た。生徒会には会員が15名もいるのに、15名分の食事を食堂から運んで来たようだ。
「チキンバスケットとパンにサラダだ」
「うわ~凄いね君。まるで良く気の利く執事みたいじゃないか!」
「君は将来、生徒会入り決定だね!」
ルーカスが運んで来た物を見てみんな驚いている。
「すみません、飲み物はスープが間に合わなくて水かミルクなんですけど‥」
ワゴンには大きなピッチャーが2つ乗っていた。ルーカスは給仕しようとしたがピッチャーが大きすぎるようで持ち上げられないでいる。
「ルーカス君、ありがとう。後は僕がやるよ」
モーガンがそう言いながら後を引き継ぎ、グラスにめいめいの飲み物を注ぎ始めた。
「それでは僕はこれで・・」
出て行こうとするルーカスを私は呼び止めた。
「あなたは、ルーカスはもう食べたの?」
「はい、食べました。遅くなると分かっていたので。イライザさんは待つと言ってきかなかったんですが、説き伏せて一緒に食べました」
何から何までほんとによく気が付くのね。誰かが言ったみたいに執事のようだわ。
食事を済ませるとワゴンの返却はベティが買って出てくれた。これでやっと自室に帰れると思ったらモーガンが声を掛けて来た。
「エミリア、ちょっといいかな?」
「明日は休日ですけど、手短にお願いしますね」
「あはは、いつもながらガードが堅いね‥ま、そういう所もいいんだけど」
「え? すみませんが、聞こえませんでしたわ」
「いや、独り言‥」
モーガンは私を夜の散歩に連れ出した。
「それじゃあ単刀直入に言うけど、僕と正式に付き合って欲しいんだ」
「えっ」
「僕は来年卒業だろ? それだからって訳じゃないんだけど‥えーと、なんと言ったらいいか難しいな。論文の発表みたいにはいかない」
モーガンは悩みながら言葉を選んでいる。嫌だわ、こんな話は聞きたくない。カーティス副団長に続いてモーガンまでこんな事を言いだすなんて! 彼は悪い人じゃないけれどただの友達でいたい‥。
「えーと、その‥君が生徒会に入って来た時、正直僕はなんとも思ってなかった。それどころか、冷たい感じのする苦手なタイプだと思ってたんだ。だけど去年ルーカス君達と仲良くなってから、君の本質が少し見えた気がしたんだよ。人や物事にもあまり関心がなくて、積極的に関わろうとしていないのは分かっていたけど、その姿が本当の君じゃないと僕は思う」
「いいえその通りよ。私は人にも物事にも余計な関心は無いわ」
「だけど僕は君に関心がある。君を好きになったんだ。君の事をもっと知りたいと思うようになったし、卒業してもう会えなくなるのは嫌なんだ」
嫌なんだと言われても‥。モーガンが私をそんな風に思ってるなんて夢にも思わなかったわ。
「お付き合いは出来ないわ。申し訳ないけど、あなたをそういう対象として見た事もないし、そういうお付き合いに関心もないの」
だがふとお母様の言葉を思い出した。そうだわ、私は今年16歳。社交界にデビューするデビュタントの舞踏会に出なければいけない。それにはエスコートをしてくれるパートナーが必要だわ・・。
「・・でもお試し期間を設けるくらいなら出来るかもしれないわ」
「本当に? じゃあ付き合っていけるかどうか試してくれるって事だね」
「あなただってそうよ。付き合ってみたらやっぱり私とは合わないと思うかもしれないでしょ。お互い良く考えた方がいいと思うのよ」
「ねえ、アレクと呼んでくれないかな」
「分かったわ、アレク。あくまでお試しよ、忘れないでね」
「分かったよ、ありがとう! じゃあ遅くまで引き留めてごめん。おやすみ、エミリア」
翌日からお試し期間が開始されたが、私とモーガ‥アレクの関係は今までとさほど変化はなかった。今までと同じで食事を一緒に取り、生徒会の活動を行った。
そして6月になりデビュタントが目の前に迫って来た。アレクには既にパートナーをお願いしてある。そんな事をお願いされるとは思ってもいなかったようで『とても光栄だよ!』と大喜びしていた。その様子に私の良心がチクリと痛むほどに。
さて、16歳を迎える9年生の子女はデビュタントの準備の為に特別に帰省が許可され、デビュタントを含めた3日間は休暇が与えられる。(後日補習があるのだけれど)
私も準備に忙しく家とアカデミーを何度も往復した。今も屋敷でロンググローブの最終調整をしている。準備のほとんどはアンとエレンが補佐してくれたが今日は珍しくお母様も一緒だ。
「だけどエミリアが自分からパートナーを探してくるなんて本当に驚いたわ。で、お付き合いしてるんでしょう? もっと詳しく聞かせて頂戴」
「お付き合い‥していますわ。アレクは去年から生徒会長を務めています」
本当はただのお試し期間なのだけど。
「ええ、ええ。そういう事は知ってるわ。侯爵家の長男でアカデミーでの成績も大変優秀だとかね。下には弟が3人もいるのよ。運動神経もいいようだけど、将来は優秀なその頭脳を生かした方面を目指しているみたいね」
私なんかよりお母様の方がよっぽどアレクの事に詳しいわ。でも私が思った通り、お母様の注目がカーティス副団長からアレクに移ったようでしめたわ!
これでしばらくの間は私とカーティス副団長をくっつけようとはしないだろう。
ここまでは良かったのだが、デビュタントが終わってアカデミーに復帰すると私は周囲から質問攻めにあった。
「生徒会長とお付き合いされていたんですか? デビュタントではパートナーだったんですよね?」
「どちらから告白したんですの? 素敵ですわ! ほんとにお似合いのカップルで!」
「もうご婚約されたのですか? やはりきっかけは生徒会での活動でしょうか? アカデミーきってのビッグカップル誕生ですね。それでご婚約は?」
全てノーコメント! 話すことなんて何もありません! デビュタントが終わったばかりなのに、もうアカデミー中にこんなに噂が広まってるなんて!
一番困ったのはイライザの反応だった。
「どうして‥どうして私に教えてくれなかったんですの? ひどいですわ! 私はエミリア様の親友ではなかったのですか? アレク先輩とエミリア様がお付き合いされているなんて‥私まったく気づきもしませんでした」
すっかりへそを曲げて、一緒にいる間中ぶつぶつと文句を言っている。
食事中なども「あっ、本当は4人じゃなくてアレク先輩と二人きりになりたいとか思ってらしたんですね? それならそうと言って下されば‥」こんな風にいじけていると思えば
「お邪魔だとは思いながら来てしまいましたわ。あのでも、お邪魔なら私、ルーカスを連れてここから・・いえ! やっぱりエミリア様との時間が減るのは耐えられません! 失礼致しますわ!」と、いつも通り4人での食事になるのだ。
イライザはどうしてそこまで私に執着するのかしら・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます