第23話エミリア、アンドーゼ先生と帰省する


 春の休暇が始まるとほとんどの生徒が家に帰省する。


 私も休暇の度に家に帰っていたが、先生を同伴して帰るのは初めてだわ・・。


「いやあ、休暇を公爵家で過ごせるなんて嬉しいなあ。あ・・お屋敷が見えてきましたね。懐かしいですねえ」


 アンドーゼ先生を騎士団の任命式に招待するのは問題なかったが、お母様に許可を取ろうと思い連絡すると、先生も春の休暇は公爵家で過ごすよう、お誘いしなさいと言われた。


 先生の家は今、改装中で家に帰っても落ち着かないだろうからというのがその理由だ。そんな事まで把握しているなんてお母様の情報網は恐ろしいわね。


 屋敷に到着するとメイドや執事たちが並んで私の到着を待っていた。いつもエレンが最初に出迎えてくれる。その後ろから背の高いアンが、いつもの気難しい顔をして出て来た。


「アンドーゼ先生、お荷物をお部屋に運びますわ」


 アンが先生の旅行カバンに手を掛けようとしたが、先生はすぐ自分でカバンを持って言った。


「荷物は自分で運びますよ~。女性に持たせる訳には行きませんからね。僕の部屋へ案内してくれるだけで大丈夫です」


 アンは少し面食らっていた。私に使える侍女が、私の客に対して当たり前の行動を起こしただけなのに、アンドーゼ先生が一人の女性扱いをしたからだろうか。でもあのアンだもの、すぐ気を取り直し「では、そのように」と言って、先生を部屋へ案内して行った。


 エレンは私に、先にお母様へ挨拶に行くか尋ねた。お母様は任命式の準備で忙しいだろう。午後のお茶の時間に会うと言うと、年若いフットマンに私の荷物を運ばせた。



 


 翌日には任命式の為にお父様も屋敷に帰っていらした。公爵家の領地の管理を任されている親族なども駆けつけ、その夜の夕食はとても賑やかだった。



 任命式当日は晴れて気温も上がり、春のこの時期にしては暖かい1日になった。


 任命式は型通りに進み、ガーデンでは騎士団員と来賓の人達が交流する時間が設けられた。ビュッフェスタイルの昼食を取りながら和やかな時間が過ぎて行く。


 そこへ新しく団長となったロスラミンと騎士の制服を着た若い男性が私に挨拶にやって来た。


「エミリアお嬢様、こちらの者が私の後を引き継ぎ副団長となったカーティスです」


 一通りの挨拶の後、一緒にやって来た若い男性を私に紹介したロスラミンが言った。


「まだ若いですが、彼はとても優秀です。副団長として申し分ない働きをしてくれるでしょう」

「アーノルド・カーティスと言います。微力ですが公爵家の為に尽力する所存です」


 本当にまだ若いわね。16の私が言うのもなんだけど。そう思いながら私は手を差し出した。


「これからよろしくお願いしますね、カーティスさん」


 握手しながらカーティスが言った。「どうかアーノルドと呼んで下さい。私はお嬢様に仕える者ですから」


「え、ええ」


 確かにそうなのだけれど、彼の瞳の中には何か別の感情がある。何か、熱い感情が揺らめいて見えるのは気のせいだろうか。


 なんとなく居心地の悪さを感じているとルーカスが手を振りながらやって来た。一瞬、また私の事を追いかけて来たのかと思ったが、父親の晴れ舞台に来ているのは当たり前だと思い出した。


「エミリア様、お父様!」


 そして一緒にいるカーティスを見上げて笑った。「カーティスさんもいらしたんですね。副団長就任、おめでとうございます。いやぁお若いのに頼もしい」


 ルーカスがなぜグランパなのかまたひとつ理解した気がする。まだ10歳そこそこのルーカスが、自分より二回りも違う相手を捕まえて『お若い』だなんて!


「ありがとう、ルーカス君」 カーティスは素直に喜んだが、面白がっているようにも見える。


 ロスラミン団長はルーカスを連れて下がろうとしたが、私はカーティスと二人にされたくなかった。


「そうだわ、ルーカス。私の可愛いポニーを見たくない?」

「見たいです、ぜひとも!」



 ルーカスと一緒にその場を離れて厩舎に着くと、厩番にポニーを出して欲しいとお願いした。


「あ、ルーカス。そこの木箱にリンゴが入ってるから、ひとつポニーに持ってきてくれるかしら?」

「分かりました」


 厩番から手綱を受け取るとゆっくりルーカスの傍まで引いて行った。と、ポニーのグリーンはルーカスの近くまですり寄り、ルーカスの顔をぺろぺろと舐め回し始めた。


「まぁ、この子が初対面の人にこんなに懐くのを見たのは初めてよ!」


 グリーンはずっとルーカスの顔を舐めている。「グリーン、もういいよ。ありがとう、元気そうで本当に良かった。ほらリンゴを持ってきたからお食べよ。私の顔より美味しいぞ」


 ルーカスは手にしていた青リンゴをグリーンの口元に持っていった。


「あら、よくこの子が青リンゴが好きって分かったわね?」


 木箱には赤いリンゴと青リンゴの両方が入っていたのに。


「あ~、なんとなく‥なんとなくです!」グリーンの頭を撫でながらルーカスは言う。


「それに、どうしてその子がグリーンって名前だと知ってるの?」


 私はポニーとか『この子』としか言ってないはずなのに。


「ええっと、それはですな‥ですから、あの‥う、厩番が言ってましたぞ!」


「そうだったの、私が聞き漏らしたのかしら。それにしてもルーカスの喋り方って面白いわね。グランパってあだ名を付けられるのも納得してしまうわ」


「うん、喋り方が独特ですよねぇ」


 その声に振り向くとアンドーゼ先生がニコニコしながら柵の向こうに立っている。


「先生、いつからいらしてたんですか?」

「僕もリンゴを上げに来たんですよ、ポニーに」


 でも先生が手にしていたのは赤いリンゴだ。グリーンは青リンゴじゃないと口にしない。それを教えると「それじゃあ次回にしようかな」と言って、手にしたリンゴを自分で食べながら先生は行ってしまった。


「おかしな先生」

「先生は休暇中はこちらに滞在されるんですか?」


「ええ、そうよ。ご自宅が改装中なんですって」


 言いながら私はしまった、と思った。ルーカスもここに滞在したいと言い出すのではないかと思ったのだ。休暇中くらいは金魚のふんを切り離したい。


「僕はお父様とお母様と一緒に今日だけ1泊させて頂きます。この後のパーティーが夜遅くまで続くから、公爵様がご配慮下さいました」


 予想とは違う答えに私の中で何かが弾けた。そして自分では想像もしなかったセリフが口をついて出た。


「ルーカスはもう少し泊まっていくといいわ。アンドーゼ先生も居る事だし、課題を一緒に見て貰いましょうよ」


「ほんとですか?! エミリア様と過ごせるのは嬉しいです! お父様に許可を頂いてきます。お誘い、ありがとうございます」


 そう言ってルーカスは駆け出したが、すぐ立ち止まって振り返り言った。


「グリーン、またな!」



 どうして私はあんな事を言ったのだろう。ルーカスの返事が想像と違ったから、つい小さな子供の様にムキになって引き留めてしまったのかしら・・。

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