第22話エミリア、金魚のふんが出来る


 アカデミーに入学して8年。今までは何事も無く平穏な日々を過ごして来たと思う。勉学にはきちんと励んだし、必要最低限の交友関係を持って学校生活を送っていた。


 同室のベティは頼りになる上級生だし、もう一人のアマンダはとても大人しい下級生で、手がかからなく満足している。


 だがどうも今年は私の望んでいる様な静かな学校生活は送れないような嫌な予感がしてならない。


 まず昼休みのこの状況からして今までになかった事だ。


「ちょっと! ミス・ゴールドスタインの隣は私が座るのよ。どいて下さらない」


 昨日、引率の時にバスルームへの案内を買って出てくれたミスタ・ロスラミンが食堂で私の隣に座ろうとした所へミス・コークスがやってきて、このセリフだ。


 ロスラミンはコークス嬢の顔を一瞥してからすぐニッコリ笑って答えた。


「ええ、どうぞ。僕は向かいに座らせて頂きます」


 ロスラミンが席に着いたと思ったら今度はモーガンがやって来て、ロスラミンの隣に座った。


「やあ、君も新入生かな? ミス・ゴールドスタインは新入生からモテモテのようだね」

「僕はルーカス・ロスラミンと言います」


「僕は生徒会長のアレクサンドル・モーガンだよ。何か困った事があったら気軽に相談してくれ」

「はい! ありがとうございます」


 モーガンは昨日の部屋割りの事をコークス嬢に尋ねた。基本的に一度決めた部屋割は余程のことが無い限り変更されない。コークス嬢の要望も却下されたようだった。


「でも私は諦めませんわ。それと‥これからは『エミリア様』とお呼びしてもいいでしょうか? そして私の事はイライザと呼んで頂きたいのです」


 あまり気乗りがしないわ。ここで一線を引かないと、この子はずんずんと私のテリトリーを浸食してきそうだもの。


「それは‥」

「それ、僕もお願いします。僕の事もルーカスと呼んでください」


 断ろうとしたのに、ロスラミンまでが淡い緑の瞳を輝かせて言う。まるでおやつを期待する子犬のようだわ。


「じゃあ僕も便乗しちゃおう。せっかく生徒会で一緒になったんだし、名前で呼び合いたいな」


「「エミリア様!」」

「エミリア」


「なっ! し、仕方ありません、許可致します」


 私はとうとう3人の圧に負けてしまった。だがこんなのは始まりに過ぎなかった。


 この後も事あるごとに彼らは私と共に行動したがり、食事の時間はほぼ毎日のように4人一緒に取るようになった。


 学年が違うからそうそう接点は無いと思っていたのに、イライザとルーカスは授業以外はそれこそ金魚のふんの様に私について歩いた。




 そんな日々が1年も続いたある日。ルーカスとイライザの二人が朝から課外授業でアカデミーの外に出たので、つかの間の静かな昼休みを満喫しようと私はサンドイッチを持って外に出た。


 外に出るところをモーガンに見つからなくて良かったわ。


 ベンチに座ってサンドイッチにかじり付いた時、隣に人が座る気配がした。ああ~どうしてみんな私を一人にしてくれないの!


「今日はお供を引き連れていないのですね?」


 隣に座ったのはアンドーゼ先生だった。


「アンドーゼ先生!」

「おっと、またそんな迷惑そうな顔をしないで下さい。私はいつも昼休みはここで食べるんです」


「そうでしたか。では私が先生の場所を取ってしまったのね」

「いえいえ、ここは私だけのベンチじゃありませんよ、誰にでもここで食べる権利があるんです」


 アンドーゼ先生は7年前と少しも変わらない。見た目は少し老けたかもしれないけれど、中身は以前と同じでひょうひょうとしている。独身なのも同じだし、髪もやはりハネている。


「このアカデミーでの仕事は申し分ないですが、ゴールドスタイン家のおやつが時々恋しくなりますねえ」


 ふと思い出したように空を見上げながら先生は言った。


「料理長のシャーデンさんは今でも健在ですわ。今度焼き菓子でも作って貰いましょうか?」

「それはありがたい! そういえばお供の一人のミスタ・ロスラミンは公爵家騎士団の副団長の息子さんですね」


「ええ、一度騎士団に遊びに来たことがあります。お父上であるロスラミン副団長の仕事場を見たかったのでしょうね」

「彼はちょっと面白いですよ。まだ8歳の子供なのにやけに落ち着いているというか‥クラスの子は彼に『グランパ』とあだ名を付けてます」


「まあ、『おじいちゃん』ですか?! でも分かるような気がします」


 私は日ごろの彼の言動を思い出して、口角が上がってしまった。しかもそんなあだ名を付けられても、本人は全く気に留めていない様子だという。確かに彼には落ち着いているという表現がぴったりくる。


 イライザは彼に比べると大人びているだけ。大人っぽく振る舞ってはいるが中身は子供なのだ。ルーカスはイライザと同じ8歳なのに、なぜかこちらが見守られている様な気分になる時がある。


「確かにぴったりかもしれませんね。いつも笑みを絶やさず、泰然としていて年上の私の方が見守られている様な気分になる時があるわ」


「ところでもうすぐ春の休暇に入りますが、エミリアさんは公爵家へ帰るのですか?」


「ええ、帰ろうと思ってます。ちょうどお話に出ていたロスラミン副団長がこの春に団長に昇格になるんです。その式にも出席しないといけないので」


「へえ~っ、それはおめでたいですね! どうでしょう、私も招待して頂けないですか? そのおめでたい式典に」



 断る理由はどこにも無かった。でもアンドーゼ先生がなぜ公爵家の騎士団の団長任命式に出席したいのか、理由が分からない。


 先生は『おいしいご馳走にありつきたいからですよ~』なんて言っていたけど、どうなのかしら? やっぱり真意が読めない人だわ。

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