幻恋の誘海(げんれんのゆうかい)

未知 推火

プロローグ

―原…不明の昏睡…者数は…万人を越え……―

ブチッ!!


長年ながねんってきたラジカセが最後の雄叫おたけびをあげ、その命の灯火ともしびが完全に鎮火ちんかされたことを告げた。ラジカセと言えど、10年ほど前にCDを読み込まなくなり、今日までラジオ要員よういんとしてこの部屋に鎮座ちんざしていたわけであるが、たった今、その役割をも終えたわけである。それは、全ての機能が使用不能しようふのうになったことを意味する。


「割と気に入ってたんだが」

的場は背の高い棚から薄っすらとホコリをかぶったラジカセのコードを外し、廃棄予定の段ボールや雑誌の山の傍に置いた。


的場 博司(まとば ひろじ)。北央ほくおう大学 教育学部 中等教育学科 准教授。

専門は理科教育学。授業設計論を主なテーマとし、世の中に蔓延はびこる多様な課題に対して科学的な知識・技能を活用し、具体性のある解決策を見出せるような理科授業・学習活動の開発に取り組む。元中学校・高等学校教員


学内屈指がくないくっしの感覚派で限界までまされた教育学的センスで独自の切り口を幾度いくどとなく切り開いてきた。しかし、極度きょくどの感覚派であるが故に大抵のことには動じず、流れに身を任せてきたせいか、スローペースで准教授に辿り着いた。


コンコンコン


狭く静かな居室きょしつにノックの音が響く

「的場先生、ゼミ室のゴミ出し終わりました」

的場が率いる【理科授業学研究室(通称:的場研究室)】に所属する学生のゴミ出し終了の知らせである。

北央大学では、週に1度ゴミ捨ての日があり、可燃ごみ・不燃ごみ・資源ごみを隔週かくしゅうでゴミステーションに出し、業者に回収してもらう。

的場はおもむろにカレンダーに目を向け、本日が資源ごみの回収日であることを確認した。

「すまない、これらもお願いできないだろうか?」

的場はドアを開け、無造作むぞうさに置かれた新聞紙や雑誌の山を指さす。

一応、ビニール紐で束ねてある。

やや不満げな表情を浮かべる学生。資源ごみの日はここまでがセットの流れである。

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