孫の手を借りるハナシ

さばよみ

……そなたは、久しぶりの話友達であった。じゃがそれとこれはべつじゃ。

 老人は病院に入院した。ギックリ腰であった。


 それからすぐのことであった。


 某国の強化人間が日本海海岸から上陸したという緊急速報が飛び込んできた。


 自衛隊が出動するまでの騒ぎになりネットも首都も日本中がパニックに陥っていた。


 情報がある者によっては金になり、歪曲され、ある者は対岸の火事と傍観を決め込んでいた。


 何をバカなと。老人は己の体に流れる自己満足的で合理に満ちた科学の血を信じた。


 どうせまた隣国のイタズラフェイクニュースに決まってる。


 もう二十年も前の話だ。


 老人は隣のベッドを見た。


 黒髪の青年だ。


「あんた、えらいことになってるね」


 「……」青年は静かに微笑んだ。


「家族とか心配になるだろう」


 青年はコクリと頷いた。微笑を浮かべて、静かにゆっくりと。


「その点儂は心配いらない」


「なぜ?」


「孫がね。横綱をぶっ飛ばすほど強いんだ」


 青年は、老人の良き話し相手である。


 基本無口だが、にこにこと耳を傾けて素直な青年だ。


 特に波のある会話ではないが青年は穏やかな笑みで老人のハナシを静かに話を聞いてくれる。面白みにはかけるが妙な安心感を覚えた。何より嬉しかった。


「……それは、どうだろうか」


 老人はギョッとした。


 今まで否定の旨みを口にしたことのない青年が、そう言ったのである。


「なぜそう思うかね」


 老人は、聞いた。聴いた。訊いた。好奇心の赴くままに。


「強いんだ。あれは僕の家族で、仲間で、殺し相手だから。だから強い」


 病院全体が、なにかに応えるように揺れた。


 老人は窓を見て、目を見開いた。


 青年は振り返らない。まるでそこにあるものがわかるように。


 八つ脚の、蜘蛛。人の皮を被ったビルほどのある巨大な怪物だ。


 それを取り囲むように、カラスのような人間が民家を無差別に襲っている。


 足元は血飛沫と飛び火が森を蝕んでいる。


 距離約一五〇キロ先に沸き上がる雲のよう大きな砂埃と、木片。


 震源地は、ゆっくりと進軍している。


「風の噂で聞いたことがある。某国は戦争で親を失った戸籍のない子供を集めて決起に向けた強化人間の開発に投資していると……まさかそんなバカな…………あれではまるで」


「モンスター。そう、僕たちは生き残った、仲間、同士であり、家族。僕にとって彼らは、同志がしっくりくる」


「そんなこと黙って見逃すほど警察は甘くないぞ」


「うん。だから、殺した。この病院の地下で。勘のいい刑事は嫌いだ」


 ゆっくりと唇を震わせて告白する。


 恥じらいも、罪悪感のない声色は当然一色。


「そんなまさか」


 この病院は敵の拠点だったのである。さながら虎の洞窟といったことか。


「木を隠すなら森の中、とはよく言ったものじゃ」


「数十年前にこの辺り一帯の土地と住民を買収、処分。木を育てるように、僕たちが住みやすい街に改造した。医院長が、教えてくれた」


 青年は、ゆっくりと立ち上がる。


「そして、あなたが僕の本当の父親であると」


「まさか、お前は……良かった……生ておったのか」


「良くない」


「良くない。良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良くない良く良くない良くない良くない良くない良くない良くない良く良くない良くない良くない良くない良くない」


 す、っと青年は息を少し吐いた。


「お前のせいで母さんは死んだ。お前が兵器を作ったりするから友達が死んだ。


「お前は、終わったと勘違いしていただけだ。戦いは、まだ続いているんだ」


「お前が、作った兵器はまだ生きている」


「僕の笑みは、凍っている。お前が仕掛けた戦火に焼き殺された友の教えを守ってきたからだ。お陰で表情筋が異常をきたしたよ。もう二度と僕は泣くことができない。その責任をどう取るつもりだ」


 老人は、慎重に言葉を選んだ。冷静に、これ以上ないほど頭は冴えていた。


「ワシを殺しても、残るのは何もないぞ」


「母さんの話し相手にはなるだろう」


 前から怪しいと睨んでいたがまさか町ぐるみでこの作戦に関与していたことに、老人は肝が冷えた。


 直後、ベッドが宙を舞った。


「……っ、超能力まで会得したのか」


 肋骨が浮き出るひ弱な老体にの総重量約八十キロがのしかかる。


 老人の頬にきらりと冷や汗が流れる。


 青年から滲み出るサイコパワーは、蜃気楼のように周りを歪ます。


 黒髪が、滝を登っていた。


「よせ!」


 意識が霞む中、青年は、嗤っていた。


 老人は許されざる罪を犯した。冷たい鎖のように外すことはできない。



「はいストッープ。そこまで」



 病室に響く一つの声。


 声の主は、学校帰りなのか学ランであった。


 ボロボロの病室に入室するのは少年であった。


 青年は、その少年の顔を見知っていた。


「なぜここにきた」


 青年は、訊いた。


「孫だからだよ」


 孫と名乗る16程の少年はベッドを片手で持ち上げ老人を引っ張り出す。


「あーナースコール改造してる。怒られるの俺なんだぜ」

「それについては本当に申し訳ない、だが今は非常事態だ。多少の道徳は捨てなければならん。それに、お前が来てくれたしな。無駄ではなかった」

「全く。拳を振るう俺の身になってよ」

「孫の手を借りて何が悪い」

 話の読めない青年は、一抹の希望を胸に叫ぶ。


「お前も俺たちの仲間か! ならば共に戦おう!」


 少年は、悪童のように笑って拳を翳した。

「俺はただの孫だよ」

 拳を中心に光が溢れ出す。やがて光は少年の身を包み、肉体を超装甲筋肉へ変換させた。

 家族の味方、ファミリーXパワー。

 略してF-Xに変身した。

 老人はこう呼ぶ。

「頼むぞF-X! お前が未来を救うんじゃ!」

 連続の死闘が繰り広げられた内、老人の平和は守られた。

               THE END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孫の手を借りるハナシ さばよみ @sabayomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ