【短編】久しぶり

ずんだらもち子

【SS】久しぶり

 男は定時を5分過ぎた時間に会社を後にした。

 男は息をわずかに切らせながら、少し後退し始めた額をハンカチで拭った。

「もうすぐ夜だってのに」

 日中に温まった空気が冷えることはない。

 すでにビルの窓からは室内灯の明りが漏れ出ているのが分かる空の色になっていた。

「ん?」

 ビル街に男以外の者の足音が響く。誰かが正面の方からやってきているようだ。

「――お前、新山か!?」

「え――うわ、古沢!?」

 二人は互いの存在を確認すると、駆け出しハグをせんばかりに手を取り合った。

「ホント偶然だな!」

「ああ、本当久しぶりに喋る。どう? この後、1杯」

「もちろんだ、もう仕事終わりだろ?」

「もちろん、もう5時すぎてるんだから」


 居酒屋に入り、彼らはひとまず最初の一杯を、パネル操作を通じて注文した。

「新山、何食う?」

「なんでもいいよ。今日は飲めたら」

「お前ならやっぱり唐揚げにフライドポテトか」

「ははは、学生時代とは違うよ。そんな脂っこい……でもまあいいか。学生時代に戻るのも」

 などと注文は適当にしていると、さっそく1杯目が届く。


『再会を祝してカンパーイ!』


 ――仕事は順調?


 ――阿部はフランスだって。勝ち組は羨ましいぜ。


 ――あの頃は楽しかったよな。登山なんてサークル以来行かなくなったよ。


「いやぁへっほー飲んだねぇ」

 新山はだいぶ出来上がっていた。

「おまたせしました」

 とそこに次の酒が運ばれてきた。

「トレイの上の酒を取らないと戻らないぜ……。このロボ」

「ちぇっ。よくできてるよな。じゃあこれが最後だ」


「ここは僕が払うよ」と新山がレジの前を先に通り過ぎる。

 決済完了のSEが鳴った。

「あ、お前、そりゃないだろ。友人同士で」

「だからこそさ。僕は今日すごく嬉しいんだ」

 などと言ってる間にタクシーが店の前にやってくる。「じゃあな」

 スピーカーから発される「ありがとうございました」というメッセージを背中で聴き、新山はあっさりと乗り込んですぐに目を瞑った。タクシーはすぐに動き出した。

「ちぇっ。味気ないな」

 と苦笑を浮かべる古沢の元にも、またすぐタクシーはやってきた。

 乗り込むや否や『タイトー区〇〇〇でよろしいでしょうか』と天井のスピーカーから音声が降り注いだ。

「……ああ」


 室内に入れば照明は自動で付き、テレビが点けられる。

 テレビでは2214年度の決算が提出されたと報道されていた。

 古沢は冷蔵庫から取り出され、動物型の運搬ロボがその背中に乗せてきた缶ビールをとり、一口つけて、無感動にこぼした。

「いいよな、勝ち組は。人と仕事できて」

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【短編】久しぶり ずんだらもち子 @zundaramochi777

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