平凡に生きるために世界に抗う聖王と魔王

本黒 求

第1話


「…終わりね」

 激戦の末、魔王と最後の一撃の打ち合いを制した私は、地面に倒れこむ魔王の喉元に剣を突きつけ、この戦いが終幕を迎える事を魔王に告げる。


「…ああ、聖王。お前の勝ちだ」


「呪詛や恨み言の一つでも言ってくるのかと思っていたけど、案外潔いのね」


「魔人の今後を考えれば、この結果に対して心残りがないと言えば嘘になるが、俺個人は同じ宿命を背負わされた者と横槍が入る事なく、全力で最後まで戦えた事に対する充実感と満足感のが方が勝っている。

 だからこの結果も俺は素直に受け入れよう…もっとも、こんな事魔人の繁栄を背負う者たる魔王の言う事ではないのだろうがな…」

「確かにそんな事『魔人の未来を背負った者が言う事ではない』と世の中はあなたを否定するでしょうね。だけど、私は例えあなたが敵だとしても、あなた個人の意見と主張を否定する気はないわ」

 穏やかな表情なのに、自称気味に「宿命を背負わされた者」と自分を評した魔王の言葉は、聖王として種族の未来を「背負わされた者」である私にとっても、とても感じ入る物があった。

 だから私には魔王の言葉を何一つ否定しようなんて思わなかった。むしろ魔王の言葉を聞いて、訪ねたい事が出来たぐらい。


「さっき魔王を『背負わされた』と評したあなたに一つ聞きたいの。もし魔王というクラスに就く必要がなくなったら、その時あなたは何を望むの?」


「そうだな…魔王などというクラスに囚われる必要がないのであれば…また平凡に生きてみたい…かな」


「……フフフ」


「フッ、笑いたくばいくらでも笑え。聖王!こんな事魔王言う事ではない!っと。だがこの想い、例え誰になんと言われようとも俺の嘘偽り無い想いだ」

 そう言った後に魔王は覚悟を決めたみたいで、静かに瞼を閉じて自分の最後の瞬間が訪れるのを黙って待っている。


「フフフ…アハハハハハハハハ」

 その様子を見て、魔王が先ほど言った言葉が嘘偽りの一切無い本当の想いであり願いなんだと感じ取った私は、どうしても笑いを抑え事が出来なかった。


「五月蠅い奴め…死への旅路ぐらい静かに逝かせろ」

 未だに笑いが止まらない私の様子を見た魔王は、不機嫌な態度で「さっさと止めを刺せ」と訴えているようだけど、私は魔王の事を可笑しとか馬鹿だと思って笑っているつもりは一切無い。

 むしろ嬉しさのあまり笑いが止まらないだけなんだけど、これ以上笑い続けば、魔王に更に誤解されそうだから私は笑うのを止めた。

 そして魔王の言葉の返事と言わんばかりに、魔王の喉元に突きつけていた剣にありったけの力を込めて、一気に下に突き刺した。全力で下に突き刺した私の剣から”ドスッ”と地面を貫く鈍い音がこのフロアに響く。


「…何のつもりだ?情けをかけたつもりか?それとも俺を馬鹿にしているのか?答えろ!聖王!!」

 魔王の喉元を貫いて地面に突き刺さっているハズの私の剣が、魔王の喉元を貫かないで地面だけ貫いている現状を、私が魔王が受け入れた「死の覚悟を侮辱するのか?」言わんばかりに私を睨みつける魔王の様子は、大変ご立腹の様子だ。

 「勘違いしないでほしんだけど、私があなたに止めを刺さなかったのは、あなたに情けを掛けた訳でも侮辱した訳でもないの」

 そして私は魔王に止めを刺さなかった理由を魔王に真剣伝えるため、私は姿勢を落として魔王に近づいた。


「ねぇ、魔王…いえ、デュラン。一つ提案なんだけど。私と一緒にクラスを捨てて世界の流れに抗ってみない?」

 私はとびっきりの笑顔で、お互い宿敵と定められていながら、唯一私と同じ願いを持っている人に、世紀を揺るがす事になるかもしれないお誘いを掛ける。


*****

*******

*********


 聖王と魔王の最終決戦から二日が経ち、世間にはある重大ニュースが大体的に未だに告知されて続けている。そのニュースとは



         『聖王と魔王!共に滅びる!!!』

 このニュースは世間を大いに騒がせると共に、今代の聖王と魔王の争い。要は人間と魔人の戦争が、引き分け、もしくは痛み分けという結果で終わった事を世界に告げた。


 そしてこのニュースは、最果ての村と呼ばれている辺境の地にも届いていた。



「…まさか、ここまで上手く行くとはな」

 新聞の一面に大体的に飾られたキャッチコピーを見て、私達の計画が上手く行った事に関心する様子を見せるのデュラン。


「だから言ったでしょ?この世界は『クラスが無ければ、もほとんどの人が、その人個人を判別できなくなる世界だ!』って」


「この世界に生まれ、この世界の理がどんな物か理解していたつもりだったが、アデライトの言う通り、クラスでしか人を見ていないこの世界の現実をこうも直視すると、この世界はなんとも虚しい価値観に囚われているのかもしれないな…」

 私達は聖王と魔王ではなくなった途端、その辺にいる人達と同じ様に扱われている私達の現状に対する思いを、デュランは何とも言えない表情で語った。


「別いいじゃない!そのお陰で、私達を聖王と魔王としてしか見てこなかった人達とキレイサッパリ縁を切れるんだもの。これで私達は『只の人』として暮らせるんだから」

 現に今私達の横を通り過ぎる人間と魔人。誰一人私達が元聖王と魔王だと気が付いて声をかける様子はない。

 っと言っても私事元聖王アデライトと、元魔王のデュランの顔は大体的に割れているので、極稀に「あの二人、今代の聖王と魔王に似てないか?」という声が聞こえる時もある。

 だけど、結局私達の体に聖王と魔王のクラスを象徴する紋章が浮かんでない事に気が付けば「なんだ。人違いか」と言わんばかりにあっさりと私達に興味を無くして去って行く。

 そんな光景を見て、私達は本当にクラスという【背負わされた宿命】から解放された事をやっと実感できた。


「これもこのアーティファクトとデュランのお陰だね」

 私は左の薬指につけている指輪を青空に掲げ、二日前に聖王というクラスを消すに至ったまでの状況を思い浮かべた。


*********

*******

****

                時を遡る事二日


「…ククク。何を言い出すのかと思えばクラスを捨てるだと?今代の聖王はまともな思考を持ち合わせていないのか?」

 私のを聞いたデュランは「何馬鹿げた事を言っている?」とでも言いたそうな表情を浮かべながら私の誘いを否定した。もっともデュランがそんな顔して私の誘いを否定するのは、この世界の流れを考えたら当然の反応なんだよね。


「お前だって良く分かっているハズだ。聖王! 魔人であれ人間であれ、己の体に紋章が浮かび上がれば、その瞬間紋章に従った力。すなわちクラスという名の宿命を背負わされるのがこの世界の理だと」

 魔王デュランの言う通り、人間と魔人にはある日体のどこかに紋章が浮かび上がる時が来る。

 そしてその浮かび上がった紋章が表す力を授かるのが、この世界にとって当たり前の事。

 例えば剣に関する紋章が浮かんだ者は、剣に関する何かしらの力が発現する。

 ただの剣の紋章なら剣士。剣が二本の紋章なら双剣の剣士。剣の横に小さな金槌があれば刀鍛冶。っといった具合に剣の紋章一つでも様々なクラスに枝分かれする。


 一般的に紋章が浮かび上がり、己のクラスが判明すると大多数の人間は、その紋章が定めたクラスを活かした生活に従事するので、デュランは「浮かび上がった紋章の力を授かれば、クラスという名の宿命を背負うことになる」と評したのだろう。

 特に私達に浮かび上がっている紋章はが最も顕著に表れる紋章だし。


 数多くある紋章の中にたった二つだけ、今この世に生きている者誰一人と被らない紋章が実は存在するのだけど、その紋章の一つは、人間の左手の甲に必ず浮かび上がる。

 その紋章が浮かび上がった人間が、私ことアデライトであり、この紋章が示すクラスは”聖王”と呼ばれ。人間だけが就く事になるクラスだ。

 逆に魔人にだけ浮かび上がる紋章は、私の持つ聖王の紋章と対照的に右手の甲に浮かび上がるのだけど、その紋章が浮かび上がった魔人こそ、今私の目の前で横たわって私を睨んでいるデュランであり、私のクラス聖王と対をなすクラス、互いに宿敵と定めらたクラスが魔王なのだ。


【二つの特別な紋章が人間と魔人それぞれに浮かび上がった時、聖王と魔王は生まれ、互いに争うだろう。そしてこの宿命の戦いを制した者は、その種族を次代の聖王と魔王が表れるその時まで、繁栄させる事を約束するだろう】


 という古くからの言い伝えがあり、実際これまでの人間と魔族の争いの歴史の中において、歴史的な激戦となった戦いが起きた時には、必ず聖王と魔王がこの世に顕現している。

 そして聖王と魔王は宿命の戦いと称される激しい死闘を繰り広げ、この宿命の戦いを制した方の種族は、次の聖王と魔法が顕現するまで相手の種族に対して優勢的な地位と政策する権利を得る。

 コレを繰り返しているのが、聖王と魔王の戦いの歴史だった。

 だから魔王デュランが、さっき私を狂人と評したのは、この世界に生きる者の価値観で考えたら、特段可笑しな事ではないのだけれど、私は魔王デュランから聞いた想いが本物であり、デュランが私と同じ願いと志を持った。いや、同じ穴のムジナとも言えるのかもしれない。


 でも私と同じ穴のムジナの人が、世界の”一般常識的な人”として取り繕ろうとする姿なんて、私には滑稽に見えてしまったから、私は思わず笑ってしまったのだけれど、これ以上変に誤解されても困るから、彼が私と同じなのムジナである事を確認すべく、訪ねてみる事にする。


「じゃあ、あなたに一つ訪ねてみようかしら?一体誰が?何時?この宿命を定めたのか。あなたは知っているの?」


「...さあな」

 私の疑問を聞いた魔王デュランは、苦虫を潰すような表情を見せるのだが、その表情も見た時私は、ある事を確信したので、私はデュランに再びある事を訪ねる。


「じゃあもう一つ訪ねようかな?あなたは私と対峙した時、どうあっても私を倒したいとか殺したいなんて衝動に駆られたりした?」


「フッ...フハハハハハ!ハーハッハッハッハッハー!」

 あれ?私の予想ではまた苦虫を潰すような顔をするか、素直に同意してくると予想していたのだけど、まさか爆笑されるなんて、思ってもいなかったわ。


「そんなに馬鹿笑いされるぐらい可笑しな事を、私言ったかしら?」

 未だに馬鹿笑いを続ける魔王デュランに、私がそんなに変なことを言っているのかと気になって尋ねると、デュランは更に笑い出した。


「ああ!こんな馬鹿げた事を宿敵と定められた相手に聞かれたと思うと、可笑しくて笑いが止まらなくてな」

デュランは私が尋ねた質問が可笑しい事だと笑っているが、その笑い方は私を馬鹿にした笑いではなく、私がデュランを笑った時と同じ印象を感じる。


「聖王!お前の質問に対する答えは『NO』だ。俺は聖王というクラスにも、お前個人アデライトと相対しても、お前に恨みも抱いて無ければ殺意も湧わかぬ…やはりお前も”そう”なのか?」

 私は静かに頷き、デュランと同じく魔王デュラン個人に私も恨みも無ければ殺意もない事を認めたデュランは、再び愉快そうに笑う。

 そんなデュランの姿を見れば、デュランの答えをわざわざ聞かなくても、私のあの読みが当たっていた事を実感するには十分だったんだけどね。


「ククク…まさか宿敵として定められた相手が、自分と同じ疑問を感じ、同じ答えに辿り着いているなど、滑稽過ぎてやはり笑いが止まらんぞ」


「あら、奇遇ね。私もさっきあなたの話を聞いて笑った時、今のあなたと全く同じ気持ちだったわ。だって私も【聖王】なんて背負わされてなければ、ただ『平凡』に生きたいと心から想っていたもの」

 その言葉を聞いたデュランは再び大笑いを始めるのだけど、私も笑いを堪える事が出来なくて一緒になって笑った。

 だって私達やっと出会えたこの世界にたった一人の同士なのに、【お互い殺しあう宿命を定めれてた】なんて考えたら、もう笑うしかないと思わない?


 どうして私が、私達の間にあるとされる争いの宿命に疑問を持つようになったのかと言うと、実は切っ掛けは初めてデュランと対峙した時だった。言い伝え通り聖王と魔王が対決を宿命付けられた存在だと言うなら、私とデュランが対峙した瞬間私は何かしらデュランと争うおうとする心境の変化が、私に現れても可笑しくないハズだった。

 だけど実際私がデュランと始めて対峙した際、デュランと争おうという思いや気持ちは一切現れなかった事が、この疑問が生まれた発端だったんだと思う。


 その日を境に、私は聖王と魔王に関する伝承を可能な限り調べた。そしてどれだけ調べても、聖王と魔王のクラスに就く事になった者が争うについて書かれている書物や伝承は一切なくて、書いてあるのは【聖王と魔王は争う宿命にある】ただそれだけ。

 つまり争う必要性の根拠は何一つ記されていなかった。


 じゃあ聖王と魔王が表れない時代に、人間と魔人の生活と文化はどうなっているかと言えば、特に衰退している訳でもなければ激しく争う事もない。むしろ聖王と魔王が表れていない時代の方が二つの種族の関係性は良好と言えた。

 この事実から聖王と魔王が顕現するという事は、すなわち伝承に従って人間と魔人が争いを激化させる大戦を勃発させる起爆剤とも言える存在であるとしか、私には思えてならなかった。


 そして私は気付いた疑問とそこから生まれた意見を幼馴染から友人、果ては国王と言った様々な人間に話してみたのだけど、誰に話した所で帰ってくる答えは『魔王と戦う自分の宿命から目を背けようとするとは何事だ』と言われて一蹴されるばかり。

 結局私の疑問と意見に対して真剣に向き合ってくれる人間は誰一人居なかったんだけどね。


 元々私は、王都から大きく外れた片田舎の村で、のんびり村の人達と暮らしていた只の人間で、ある日聖王の紋章が顕現し、聖王というクラスにまでは、私は争いと無縁の生活を送っていた。

 むしろ近隣に住む魔人達とそれなりに良好な関係さえ築けていた事も、私が自分のクラスの持つ宿命に疑問を大きく感じる要因一つだったんだと思う。

 だけど人間の中で誰一人として私の疑問と意見を本気で聞いてくれる人が居なかったので、いつの間にか私は、世の流れに流されるままに魔人と戦うようになっていた。そして世の流れに流されるままに戦う私は、いつの間にか疑問に感じていた事を感じないようになり、自分の想いは自分の中の深層に押し込めて、私は魔人と戦い続けた。


 こうして自分の気持ちを押し殺して世の流れに流されるまま戦いを続けていると、いつの間にか私の本当の気持ちは消え去ってしまったかのように一切表に出る事はなくなり、何も考える事無く魔王率いる魔人の軍団との最終決戦に向けての準備を、人間の仲間である四聖を含む多くの仲間達と共に進め、魔王との最終決戦に至る。


 そして、私は流されるままに始めた最終決戦で、私の想いと願いを。いえ、私の事を唯一理解してくれるかもしれない相手と出会う。

 それが宿敵と世に定めれた相手だなんて考えると、本当に私の人生は滑稽と呼べるのかもしれない。

 だけど私は、例え相手が宿敵と定められた相手であったとしても、私と同じ想いを持った同士が存在し出会えた事に心から歓喜してしまった。

 もう消え去ったと思っていた私の本当の想いが、再燃してしまった以上、もう自分を想いを止める事なんて出来ない。

 だから私は相手が誰であるなんてそんな事一切関係なしに、彼に再びあのお誘いを掛ける!


「デュラン。私と一緒に平凡に生きましょう」

 私はもう余計な言葉を一切含まないストレートな気持ちを、デュランに伝えていた。


「ククク。実に飛びつきたくなるような面白い提案だがな…コイツはどうする?」

 そう言ってデュランは右手を上げ、手の甲に浮かぶ紋章を私に見せつける。


「分かり切っている事だろ?俺もお前もこの紋章から溢れ出る独自のオーラのせいで、簡単にその存在を、敵、味方問わず感じ取られてしまという事を!

 例え二人で上手く逃げた所で、再び我々に戦う事を強要する者たちが次々と次々と押し寄せてくる事は、想像するのは難しい事ではない。それに我々が二人で逃げた事が切っ掛けで、今代の魔王と聖王の戦争がより深刻かつ泥沼の争いに発展する可能性だってあるんだぞ?

 お前は自分の欲を満たしたその結果、多くの者が不幸になったとしても、素知らぬ顔をしながら生きて行けるのか?」


 「もちろん私だって私達がやろうとしている事が原因で、知っている人も、無関係な人も含めて不幸になってほしくないわ」

 デュランは私の提案が魅力的だと評しても、現実的に不可能な現実を私に突きつけてくる。

 デュランの言う通り私に聖王の紋章が浮かび上がった際、ほどなくして人間側の軍隊のお偉いさん方が、私を聖王として迎え入れる為に私の下にやって来たのだが、それも聖王というクラスから溢れ出す常人を遥かに超え、尚且つ特殊なオーラを感知したからに他ならない。


 そして対となる魔王も同じ性質のオーラを放っているから、魔王と聖王は顕現した瞬間互いの存在を多くの人に知られる。だから聖王と魔王は己の存在を秘匿する事が出来ない存在で、デュランの言う通り私二人が今のまま逃げた所でロクな結果にならない事は私も分かり切っている。

 それにデュランの言う通り、私の自分勝手な行動の所為で、私の知ってる人たちが不幸になるのは絶対に嫌だ。

 その事をしっかり忠告してくるデュランは、責任感が強く、短絡的に物事を考えないで、先を見据えて行動出来る信頼における人だと分かった。だから私は、デュランを私の計画を誘うべき人なんだと改めて確信してしまった。だから私は、今からこの計画の神髄となるある物をデュランに見せようと思う。


「デュラン。あなたの言う通り私達は何処に逃げても結局その存在を感知されちゃうんだよね。だからコレを使って私達のクラスを無くしてやるのよ」

 そう言って私は、胸元に下げている二つのリングをデュランに見せた。


「…見たところアーティファクトのようだが、こんな物で本当にクラスが消せるのか?」


「コレをパッと見ただけでアーティファクトと見抜くなんて流石ね。コレは封印のシール婚約指輪エンゲージリングって言って、指に装着すると紋章が消えると同時に、クラスの効果も消え去るアーティファクトなのよ」


「ハッ、まさか俺達にとってそんな都合の良い物がこの世にあるなんてな…神ってのはホントに何を考えていたのか良く分からん存在だ」

 デュランはこの指輪の効果を聞いて、神に対して皮肉を込めたようだが、その気持ちは同じ悩みを持っていた私にも良く分かった。

 実はこの指輪のように、この世界にはアーティファクトと呼ばれる今の時代では決して作る事が出来ないオーバーテクノロジーとも呼べる不思議な力を持ったアイテムがいくつか存在するのだけど、このアーティファクトを作った存在を私達は神と呼んでいる。

 今この世界で最も繁栄している種族は人間と魔人なんだけど、実は人間と魔人がこの世界で繁栄する前に、この世界で繁栄していた種族が存在しており、今の世界に生きる人達はその存在を神々と称していた。

 そんな神々と呼ばれている存在が残したアイテムこそアーティファクトなんだけど、このアーティファクトと作った神々と呼ばれる存在は、今となっては誰一人この世に存在していないから、神々がどのような意図や目的があって、アーティファクトを作ったのかもはや知る由はない。

 ちなみに神々がこの世から姿を消した理由も良く分かっていなくて、神々と呼んでいる存在につい分かっている事なんて過去に神々の間で激しく争った痕跡とその時代の書物から、神々がこの世界から消える前にラグナロクと呼ばれる大戦を神々が起こしたのを境に、神々はこの世から消えたという事ぐらい。


 私達が神々と呼んでいる者達が残した物は、私達の時代の人には再現する事が出来ない物ばかりであり、使い方も分からない物が殆だ。

 私達がこの指輪の効果を知れたのも、仲間の一人に神聖の時代と呼んでいる神々が存在した時代の文献に詳しい仲間が居て、その仲間がたまたまこのアーティファクトを見つけた台座からアーティファクトの名称を知り、名称から使い方を推測したら当たっていただけだったし。


「遺跡で野営してる時に偶然この指輪を見つけたんだけど、とりあえず装着してもその時は何の効果も表れなかったから、私だって最初はコレが本当にアーティファクトなのかな?って半信半疑だったわよ。

 でも仲間の一人がこのリングが置いてあった場所に残された文献からリングの名称を知って、それで試しに二人が互い指輪を付けあったら効果が出てビックリ!」


「名称と使い方に何の関係が?」


「”封印の婚約指輪”って名前なんだから、それにちなんで『婚約指輪と同じように誰かに付けてもらわないと効果がないのかな?』って話になってね。それで仲間二人がそれぞれ指輪を同時に相手の薬指に嵌めてみたのよ。

 すると指輪を付けた二人の紋章は消えると同時に、クラスの効果も消えて只の人になっちゃったの!」


「封印の名は伊達じゃなかったという事か」


「それにこのリング! 付けた人しか外すことが出来ないから、皮肉を込めて婚約指輪なんて名称付けたのかもね」


「...その部分だけ聞くとアーティファクトというより、むしろ呪物フェティッシュだな」


「うーん人によっては結婚は呪いだって評する人も居るぐらいだから、その前段階の婚約が既に呪われてる!っとでも神様は言いたかったのかしら?」

 そう思うとこの指輪を作った神は、結婚に憧れている多くの人の、特に女の敵ね! そう思うとなんだか神って凄く性格が悪い存在に思えて神に対して怒りが私の中で募る。


「…突然険しい表情してる理由は良く分からんが、お前に一つ聞きたい事がある」


「良いわよ。なんでも聞いて」


「何故俺にこの話を持ち掛けた?いくらお前と俺が同じ望みを持っていたとしても、俺はお前と敵対している魔人だぞ?もしかしたら、ふとした切っ掛けでいつ裏切るのか分からん相手なんだ!そんな相手をお前は本気で信用できるというのか?」


「もちろん信用できると思ったから、こうして誘ってるんじゃない?」


「なっ!…本気で言っているのか?」 

 私があっけからんとデュランは信用できると答えると、デュランは信じられないと言わんばかり表情を浮かべていた。


 「だって、あなたと私は、同じ願いを持っているんだから、最終的に目指しているゴールは同じでしょ?だから今後あなたと協力する上で問題が起きても、目指してるゴールが同じなら、結局ゴールに辿り着こうとするのは一緒なんだから、あなたとなら上手くやれると思ったの。それに一人で目指すより二人で目指した方が目標って早く達成出来そうじゃない?」


「…」


「もちろん他にもあるわよ。デュランって今もそうだけど、私の話を真剣に聞いてくれるし、私の意見の欠点も的確に指摘するじゃない。それって責任感ある人じゃないと出来ない事だし、何よりついさっき本気で正々堂々とぶつかり合った相手だからかな? だからこそ相手の物事に対する姿勢や人なりが、不思議と伝わるって言えばいいのかしら?

 とにかくデュランは私の中で初めて出会った『全面的に信頼出来る人』だって心から思えたから、こうして今でも私はあなたを誘ってるのよ」

 私はようやく出会えた自分の同じ願いを持つ人を絶対に逃したくないため、自分でも思った以上に言葉に熱が入ってしまったので、私はデュラン詰め寄り、必死にデュランという存在が自分の計画に必要であることをアピールした。

 するとデュランは私から目を逸らして考え込む表情を見せたので、私はそのまま大人しくデュランの返答を待つ。


「…いいだろう」


「えっ?じゃあ!」


「勝者に従うの戦いの道理という物だ。だからアデライト。お前の計画に俺も乗ろう」


「ありがとう。デュラン!」


「礼は上手くこの場所から抜け出せてからにしてくれ…それと俺もいい加減体を起こしたいから、一端どいてもらえるか?」

 そう言われて気が付いたのが、私はさっきデュランを自分の計画に引き込もうと必死になっていたため、地面に横たわっているデュランに詰め寄っており、その結果私はデュランに迫るような体制になっている事に気が付く。


「アハハハ…ごめんなさい」

 私は相手が魔人とはいえ、男性に迫っているように見えても可笑しない自分の姿に少し恥ずかしさを感じつつデュランと距離を取った。するとデュランは直ぐに体を起こす。


「それで?アデライトが、現時点で考えている計画の内容は?」


「えっと…まずはお互いこのリングを装着して紋章を消した後、辺境の村にでも一端身を隠そうと思っているの」


「なるほど。リングをお互い付けてクラスを消して身を隠すのは良いが、結局俺達はクラスを消しただけで、存在自体は消えていないんだろ?だったらマズはこの城から誰にも見つかる事なく脱出するのが先じゃないのか?」

 

「そこは…正直全く何も考えていなかったのよね。私とデュランの二人で説得したら、四聖と4魔は、黙って私達を見逃がしてくれないかしら?」

 私とデュランは、聖王と魔王の最終決戦の場として古代遺跡である古の城の最上階のフロアに居るのだが、下の階には私の仲間である四聖とデュランの仲間である4魔が、今もなお戦いを繰り広げているので、話し合いで解決できないのかと私は一瞬考えるが、私の案を聞いたデュランはため息を付いた。



「…本気でその作戦が上手く行くと思っているのか?」


「…ぜっっっぇぇたい上手く行かないわね」

 私は実際に自分の案を実行した際のイメージを思い浮かべてみたけど、どう話しても上手く行かないという答えしか出ないので、デュランの懸念は当たっている事をアッサリ認めた。

 そんな私の答えを聞いたデュランは「当然だろうな」と言わんばかりの表情を浮かべているので、何となく私とデュランの仲間事情は近い状態なのかもしれない。っと何となく感じ取る。


「俺の仲間は俺がであり続けている強く事を望んでいる者ばかりだ。そんな奴らに魔王止めて平凡に暮らすなんて言った所で、絶対に誰も賛同しないだろうな。恐らくアデライトの仲間達も、俺の仲間と似たような考えじゃないのか?」

 デュランの話を聞いて私は素直に頷いた。そして私がなんとなく予想していたデュランの仲間事情は、やっぱり私の仲間の四聖と似たり寄ったりなんだと感じてしまった。

 私が聖王と魔王の在り方の対する疑問を相談したって、仲間の誰一人私の話をマトモに聞いてくれた試しが無かったように、デュランも自分の想いを相談しても同じような状況になってしまったのが安易に想像できるという事は、初めから私達の想いと願いに関する話し合いが、四聖と4魔に通じる訳がない。

 そもそも四聖の一人は聖王という存在を崇拝するあまり、私がデュランに勝った暁には『私が世界の王になるべきだ!』って私の考えや意見はそっちのけで勝手な主張してたぐらいだし…

 他の三人はそこまで酷い聖王崇拝主義者ではないけど、結局四聖全員が私の願いを跳ねのけているんだから、そもそも【話し合いが成立する訳がない】という現実が私に突き刺さる。


「じゃあ…リング付けるのは一端後回しにして、私とデュランで四聖と4魔を気絶させてネバーランドの住民になってもらってる内に、私達はこの城から脱出しよう!」


「…さっきよりは現実的が増したが、現状消耗が激しい俺達と、大して消耗してない4魔と四聖。果たして合計八人の世界屈指の手練れと、消耗が激しい俺達では、どちらに分があると思う?

 おまけに八人とも殺さないで気絶させるなんて、俺達が万全の状態であったとしても難しいと思うが?」


「あ~…やっぱりそうよね。自分で言っておいて何だけど、四聖と4魔を全員死なないように気絶させる事自体がそもそもハードル高い事なんだよね…つまり今の私達の状態じゃ、八人を全員を相手しつつこの城から脱出する事が最高難度なのか~」

 私の仲間である四聖とデュランの仲間である4魔は、聖王と魔王が顕現した際に聖王と魔王の元に必ず集うと言われている存在であり、8人全員が高い戦闘能力を持つクラスに就いている者達なのだ。

 そんな彼らと連戦しつつ全員気を失わせるなど、とにかく骨が折れる作業になる事は間違いない。


 おまけに激しく消耗している私とデュランに対して四聖と4魔は、私とデュランの戦いを決して邪魔しないようにと私とデュランが言い聞かせて下の階に置いてきたためか、私達の決着がつくまでお互い余力を残しながら戦っているのは、彼らのオーラを探ればすぐに分かった。つまり四聖も4魔もまだまだ余裕のある状態だ。

 そうなると私達は難易度が高い全員気絶を狙わわないで、全員シバキ倒す方向で動くにしたって、消耗が激しい私とデュランじゃ、いくら力を合わせても四聖と4魔に対して勝ち筋が全く見えてこないのは、簡単に想像出来てしまう。


「どうしよう…自分で誘っておいてなんだけど、最初に果たすべき課題が、いきなり最高難易度なんて思ってもいなかったわ」

 私は突きつけらた現状を理解すると愕然とした。オマケに言い出しっぺがロクな策も案も思いつかないなんて、恥ずかし過ぎるよ…

 何か他に良い作戦が無いものかと、私はう~ん、う~ん…っと頭を捻られせていると


「…あまり気は進まんが、こいつを上手く使えば4魔と四聖の注意を逸らし、誰も気付くことなく城から出れるかもしれん」

 そう言ってデュランは懐から小さな青い球体を取り出し、私に見せてくる。


「何それ?…もしかしてその青い球もアーティファクト?見たところ只の綺麗な青い球にしか見えないけど?」


「こいつはオーラを込めると、込めたオーラを増幅させてから爆発するアーティファクトだ」


「要は神々の時代に作られた物騒な物って事ね…もしかして、そのアーティファクトで四聖と4魔。纏めて吹き飛ばすつもり?」


「そんな事するか!そもそもそんな規模の爆発を起こせば、俺達も揃って消し炭になるに決まってるだろうが!

 いいか。まずこのアーティファクトに俺とアデライトのオーラを込めて、このフロアを吹き飛ばす規模の爆発を起こす。そうすればこの城の周辺に俺達の増幅されたオーラの残滓がしばらく蔓延し滞留するハズだ。

 そしてこの城周辺に増幅させた俺達のオーラを滞留させておけば、俺達を探そうとしても、この一帯に残った俺達のオーラの探知を邪魔してくれる。そうなればしばらくの間俺達の存在は誰にも探知する事が出来なくなるハズだ。

 そしてその間にリングをお互い装着すれば、俺達の存在は誰も感知する事は出来なくなる。そうなれば俺達はこのアーティファクトの爆発に巻き込まれて死んだと4魔も四聖も勘違いするだろうから、そのまま雲隠れしてしまえば、俺達は平穏に生きれるかもしれないだろ?」


「デュランって…凄い! 良くそんな作戦パッと思い付けるね」

 短時間でこんな完璧なプランを思いつくデュランの頭の回転の速さに、私は驚きつつ素直に称賛の言葉を送っていた。


「…何度か魔王から降りる方法を考えた事もあってな。一時的に魔王を消す方法は思い付けても、結局完全に魔王を消す方法だけは思いつかなかったから諦めていた。

 だが、その問題を解決してくれるアイテムと協力者が表れたと分かったら、咄嗟に計画の続きが思いついただけだ」


「アハハハハ。デュランもそんな事考えた事あったんだ」

 デュランは少し気恥ずかしそうに自分の考えた作戦を説明してくれたが、デュランの作戦を聞いた私は、デュランは初めて一緒に何かを考えた相手とは思えない親近感を感じた。そう、前からずっと一緒に悪巧みを企んでいた仲間だったんだと錯覚してしまうほどのシンパシーを感じてしまうぐらいに。


「あれ?でもどうやって私達はこの城から脱出するの?

 デュランのアーティファクトでこのフロアを吹き飛ばすにしても、私達が下のフロアに避難したってアーティファクトを爆発させたら、『何事だー』って言いながら下のフロアに居る四聖と4魔が慌てて上のフロアに上がってきちゃうんじゃない?

 そしたら私達って結局見つかっちゃうんじゃ…」

 私はある重大な事に気が付く。私達が決戦の場として選んだ古の城は広大かつ4階で構成されている城なのだが、各フロアに通じる道は、上と下のフロアに通じる階段がそれぞれ一つだけ設置されているだけ。つまり一本道なのである。

 おまけに各フロアは、ただ広いフロアが広がっているだけ。身を隠すような場所は無かった。


 (だったからどうやってアーティファクトを爆発させた後、私達誰にも見つからないでこの城から脱出するんだろう?)

 そんな事を考え、悩む私を見たデュランは、「そんな事とっくに考えてある」言わんばかりの笑みを浮かべる。


「そんなの決まってる。アーティファクトの爆風を利用して、あの池まで吹き飛ばされれば、下のフロアに居る八人に見つかる事なく。この城から確実に脱出出来る」

 そう言ってデュランは、私とさっき死闘を繰り広げる過程で出来た壁の穴から僅かに見える池を、親指で指し示した。


「なるほど…って、思った以上にスリリングな脱出内容ね」


「他に何か良い案あるか?」

 思わずツッコミを入れてしまったけれど、そんなブッ飛んだ内容を「ククク」と笑いながら楽しそうに話すデュランは、魔王と言うより思いついた悪戯を試したくてしょうがない悪ガキに見える。

 そんなデュランを見ていたら私も子供の頃に悪戯を楽しんでいた子供の頃に戻った気分になって、不思議ともの凄くぶっ飛んだ内容の作戦も、必ず成功するような前向きな気持ちになった。


「結局命を懸けないとこの城は脱出出来ないのは、どの道を選んでも一緒って事ね…だったら一番成功率が高そうなデュランの案で行くしないのね。

 そしてやっぱり私の目に狂いは無かったわね。これから同じ志を持ったパートナーとしてヨロシクね」

 デュランのブッ飛んだ作戦を共に実行する覚悟決めた私は、大切なパートナーに向けて手を上げてると、私が何を求めたのか察したデュランも手を上げた。


「…ああ。よろしく頼む!相棒!!」

 そう言った後、デュランは私の手目掛けて力強くタッチを決めた。そしてこのフロアに【パチーン】っと気持ちの良い手と手が重なった気持ち良い音が響く。

 このタッチが、私とデュランが共に目標を達成しようとしているパートナーという真の証を刻んだ瞬間だった。


 こうして私とデュランの願いと野望を掛けて、決死の脱出&逃亡作戦が始まった。

 今にも私とデュランが争っていない状況を不審に思って、今すぐ誰かかこの最上階のフロアに駆け上がってくるかもしれない状況の中、私とデュランは簡単に計画の打ち合わせを終わらせると、早速デュランが持っていたアーティファクトに二人でオーラを込める。

 するとアーティファクトの色が青から赤へと変化が始まり、その状態のアーティファクトに更に二人でオーラを込めたら、今度はアーティファクトが点滅を始める。


「アーティファクトが点滅を始めたという事は、爆発の臨界点付近までオーラが増幅された知らせだ。

 もうすぐアーティファクトは爆発するぞ!」

 私達はアーティファクトが爆発に近付いている兆候を確認すると、さっき決めた手筈通り、先程の戦闘で壁が大きく崩れて出来た穴の前に並んで立った。


「アレが爆発したら、私が防御フィールドを張って衝撃を防ぎながら爆発に乗って飛ばされたらいいのよね?」


「ああ! 決して爆発に耐え続けようとするなよ。爆発の衝撃に耐えるレベルのフィールドを一時展開した後は、爆風の衝撃から体を守る程度の力で防御フィールドを展開して、爆発の衝撃に乗って外に吹き飛ばされれば良い」

 そして俺達が外に吹き飛ばされた後は、俺が魔術を駆使して上手くあの池に飛び込むように軌道を修正する」


「オッケー!」


 そして私達のオーラを込めたアーティファクトが激しく点滅した後、強烈な光を放つと同時にアーティファクトは爆音と共に大爆発する。

 アーティファクトが増幅した私達のオーラから生み出された衝撃は、予想を遥かに超える衝撃で、私が今持てる力を使って展開した全力の防御フィールドは、私達を僅かな時間さえもその場に留せる事も出来ず、私とデュランは爆発の衝撃で簡単に城の外に吹き飛ばされてしまう。

 だけど私は外に無事放り出されれば、後はパートナーのデュランがなんとかしてくると信じて、残り少ないオーラをフルに使って防御フィールドを展開し続けた。

 その結果お互い致命傷となるダメージは負う事なく、アーティファクトの爆発に何とか耐えつつ私達は計画通り外に放り出されたのだが、私達は予想外の爆発の衝撃に耐える事に精一杯になり過ぎて、現在どこまで私達が吹き飛ばされているのか確認する暇が無かった。そして爆風の影響が無くなった事を確認した私達は、自分たちがどこまで飛ばされているのか周囲を確認してみる。


「…これって、予想以上に吹き飛ばされてない?」

 爆風で空中に吹き飛ばされながら確認した落下目標地点の池を、私達は既に大きく通り越し、尚且つ勢いが和らいでいない為どんどん池から私達が離れていく事に気が付く。


「…ああ。俺とアデライトのオーラが共鳴したのか反発したのかは分からないが、予想を遥かに超える爆発のせいで、想像以上に吹き飛ばされてしまったな…」

 元々吹き飛ばされた勢いを多少修正して、そのまま池に着水するプランが、これだけ大きく池を超えてしまうとなると、どこか別の場所に着陸せざる負えない。

 だけど周辺を探しても池のように大きく落下の衝撃を吸収してくれる場所は見渡らない。


「クッソ!こんな事になるとは…すまない」


「謝る前に、何かいい案考えなさいよ!」

 デュランが自分の作戦が失敗した事に対して激しく後悔した表情を見せたので、私は喝を入れる。

 そもそもこのまま素直に地面に激突するなんて私は御免だから、どんどん地面が迫ってくる状況下で、周囲に何か落下の衝撃を少しでも和らげてくれそうな場所がないか必死に探した。


「デュラン!あれ!!」

 私は咄嗟に見つけた場所を指差す。


「あれって…小川だぞ!大した水深もない小川じゃ衝撃なんてほとんど吸収されない」


「このままこの勢いで地面に叩きつけられるか、木に突っ込むよりはマシでしょ!こうなったら少しでも助かる可能性が高い方に掛けてみる以外に何かは方法ある?」


「…それしか方法は無いか」

 再度周囲を確認したデュランは、私の見付けた小川以外ロクな落下地点が無い事を悟ったようで、私を抱えながら腕を前に出した。


「うおおおおおおおおおお!」

デュランは腕からオーラを放つ魔術を使用し、軌道修正を開始する。デュランは何度もオーラを放って、何とか私達を小川に落下する軌道に乗せる事に成功したのは良いのだけれど、小川が目前に迫るにつれて小川は私達に非常な現実を付きけて来た。

 私達が落下しようとしている小川の水深は、50センチもない深さで、明らかに今の私達の落下の衝撃を吸収しきるには深さが足りない。するとデュランは自分が下になるように私を抱きかかえる姿勢を取る。


「ちょっと!まさか自分をクッション代わりにして、私だけでも助けようとか思ってないでしょうね?」


「...そうだな」


「なっ!? ふざけないで!!!」


「元々この命、お前に負けたその時尽きていたものだ。お前と僅かな時間とはいえ、新たな夢と目標を見据えて行動出来た時間は、人生で一番楽しく心が躍った瞬間だった。そんな掛替えのない瞬間を与えてくれたアデライトに、俺は死んでほしくない」

 恐らく生真面目な性格のデュランは、自分の作戦が失敗した責任を取ろうとしている。

 しかし私としては、やっと見つけた自分と同じ願いを持った仲間を失いたくない。何か方法は無いのかと考えていると私の目に、アーティファクトが大爆発を起こして未だに爆炎と閃光が広がる光景が目に入った。


「ねぇ!あのアーティファクトが予想以上に爆発したのって、私とあなたのオーラを込めたからって言ってたけど、その根拠は?」


「こんな時に何を?」


「いいから答えて!」


「…前に実験で俺や他の魔人のオーラを込めて爆発させた時は、今回込めたオーラの総量より多くのオーラを込めても、あんな規模の爆発は起きなかった」

 デュランの答えは、私の中で最後の賭けを実行するに十分過ぎる根拠だった。そして私は最後の賭けを実行すべく剣をデュランに向ける。


「デュラン!この剣にあなたのオーラを送って」


「何をする気だ?」


「この剣に私とデュランのオーラを込めて地面に放てば、あのアーティファクトの爆発みたいに私達の残り少ないオーラでも大きな衝撃を生み出せるかもしれないでしょ?」

 私の持つ剣オーラブレードは、その名の通り剣にオーラを流し込めば切れ味を上げたり、オーラを飛ばして遠距離攻撃転用出来ると言った特性を持っているので、私はこの剣があの爆弾アーティファクトと同じように、違う者同士のオーラを溜めこんでから放つことが出来ないかと考えた。


「さっきの話は所詮仮説だぞ!それにその剣はさっきのアーティファクトとは違う代物だ。その剣に俺達のオーラを混ぜれば、最悪オーラは暴発してお互い死ぬことになるかもしれなんだぞ」


「あなたさっき『私に負けた時自分の命は尽きた』って言ってたわよね?だったら私に命を預けなさいよ。じゃないと私一人でやるから!

 私に生き残ってほしいって思ったんなら、私が先にオーラ使い果たして死なないよにサポートしなさいよ」


「…自分が無茶苦茶な事を言っている自覚あるか?全く、言ってる事は無茶苦茶なのに、アデライトの言う事は不思議と説得力があるように思える事ばかりだ。

 困った奴をパートナを持ってしまったものだ」

 デュランは私の言い分に困った顔をしつつも、剣を持つ私の手をデュランも握る。デュランも私の最後の賭けに乗る覚悟を決めたようで、私のオーラブレードにデュランもオーラを送り始めた。


「凄い!剣に込められたオーラがどんどん膨れ上がっていく」


「…魔王と聖王のオーラが交わった時、オーラは何倍にも膨れ上がるようだな」


「デュラン!これなら行けるかも!!」

 デュランは大きく頷いた後、私と共に剣を大きく上に振り上げ剣を川に叩きつける為の体制を作ったが、その時既に小川に落下するまで距離は既に1メートルを切っていた。

 私達はそのまま迫りくる水面目掛けて


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 思いっきり二人のオーラを込めた剣を水面に向かって振り下ろす。そして剣を水面に叩きつけると水面上でオーラは爆発し、大きな水しぶきが上がる。

 私とデュランは、剣から発生した衝撃と水しぶきをモロに受け、そのまま小川の横の河原まで吹き飛ばされる。

 私達は既に全力を使い切ってしまっていたので、二人して受け身を取る事さえ出来ずゴロゴロと激しく転がり、転がり終わった頃にはお互いボロボロの状態だった。


「…アデライト。生きているか?」


「…何とかね」

 デュランが弱弱しくも心配そうに声をかけてきたので、私も力ない声で精一杯の返事は返す。

 だけど、正直力を使い過ぎた私に今返せる言葉はコレが精一杯であり、とてもじゃないけど今すぐ起き上がってデュランの元に駆け寄る気力さえ無かったので、少し息が整うまで呼吸を続ける。


「アハハハ…今まで何回も命を危機を感じた事はあったけど、正直言って今回は本当にもうダメかも…って思ったわ」


「クックック、俺もだ。今まで何度も死線を乗り越えて来たつもりだったがな。今回ばかりは完全にもう駄目だ…という言葉が脳裏を過った。だがアデライトのお陰で死なずに済んだ」


「それを言うならデュランが脱出プランを練ってくれなかったら、そもそも脱出に成功してないわよ」

 私もデュランもこの脱出劇に関しては、人生最大の危機を感じたようでお互い同じ内容の感想を言い合い互いを称え笑いあって称賛した。

 これでようやく私とデュランは共に生きて古の城から誰にもバレないで脱出出来たという実感が湧いてきたので、このまま疲れ切った体をしばらくこのまま横たわらせて休ませたいのは山々なのだけど、まだ一番大事な事を終えなてない以上、このまま寝ている訳にはいかないので、もうほとんど残っていない力を振り絞って起き上がる。

 するとデュランも、私同じようにクタクタに疲れ果てた体に鞭を打って体を起こしていたので、私達は互いに歩み寄った。


「じゃあ、最後の仕上げね」


「ああ」

 私はデュランに首にぶら下げている二つの指輪の片方をデュランに渡そうと手を伸ばした後


「分かってると思うけど、今更『やっぱり止める』なんて言うのはナシよ?」


「ここまでやっといて今更止めるなんて言う訳ないだろ。アーティファクトの爆発の影響で俺達の存在が認識されない内に、さっさとその指輪を付け合うぞ」

 そう言ってデュランは、私からリングを受け取る。そしてリングを持っていない手を私に向かって突き出してきたので、私はデュランが指輪を付けやすいようにデュランと同じ手をデュランに向かって差し出す。

 そしてお互いそれぞれの薬指に指輪を装着させると、私とデュランの手の甲に浮かんだ紋章が消失すると同時に、私の体から聖王というクラスの加護によって与えられた力が抜けていくのを感じる。


 「これで私は只の『人間』」


 「そして俺は只の『魔人』になったという訳か」

 こうして私は【只の人間】に、デュランは【只の魔人】になった。いや、戻ったと言った方が正しいのかもしれない。


 「まずは身を潜めつつ休める場所を探すのが先決だな」


 「そうね。お互いクラスを封じた状態でどれだけ動けるのかも良く分かってないし、何よりお互いボロボロだものね」

 こうして私達は互いの肩を組んで互いを支え合い、私達の目指す未来を目指して二人で歩き始めた。

 まず私とデュランはボロボロの体を休めつつ、最果ての村と呼ばれる辺境の村を目指したのだが、爆弾アーティファクトで想像以上に吹き飛ばされた事で、目的地に辿り着くまで一日も掛からなかったのは思わぬ収穫だった。


 私達が目指した最果ての村は、本当に辺鄙な所にある村だったが、この村は例え人間と魔人の対戦が勃発しようと、共に協力して暮らしている変わった文化の村だ。という噂を聞いていたので、人間の私と魔人のデュランが一緒に行っても不思議に思われないだろうという算段で行ってみたら、私達は村の人達に歓迎された。


 なんでも人間と魔人が一緒にこの村に来たのは初めての事であり、「違う種族と協力的に出来る人は大歓迎だ!」と言って迎え入れてくれた。

 おかげで私達はボロボロだった体を丸々一日使って休める事が出来たので、この村に辿りついて二日目には、デュランと共にこの村を見て回っていた。

 そしてこの村に齎された新聞を読み、世間が私達が死んだと勘違いしてくれた事を知って、私達は安堵の息をつく事が出来たという訳。


 こうして私とデュランが共に最果ての村暮らして三カ月が経った。

 そんなある日の満月の夜。デュラン事ディーから突然

「ちょっと夜風に当たりながら散歩でもしないか?」

 と夜の散歩のお誘いが来たので、私はディーと一緒に夜の散歩に出かける事になった。


「珍しいね。こんな時間にディーが散歩に誘うなんて」


「たまには良いだろ」

 そう言ってディーはスタスタと先に歩き始めたので、私はその後に付いていく。するとディーはそのまま村の外に出た後、近くの森の中に入ろうとする。


「ちょっと。満月の夜の森は危険だって分かってるよね?」

 満月の夜はモンスターが活発になる事なんて誰でも知ってるのに、そんなモンスターが潜む森に入ろうとするディーを私は止めようと私はディーの腕を掴んだ。


「たまにはスリリングな散歩だって、悪くないと思わないか?」

 そう言って私の得物をディーは手渡してくる。


「はぁ…こんな物騒な物持って森を歩くのが散歩な訳?」


「この辺に出て来るモンスターなら俺とアデルの二人で戦えば楽勝だろ?だからコレはちょっとスリリングな気分を味わえる散歩だ」

 そしてディーは自分の得物を持って森の中を進んで行くので、私はしょうがなくディーの後を追う事にした。




「ねぇ…ぜぇっっったいにコレって、散歩じゃないよね?」

 私とディーは次々と現れるモンスターを倒しながら森を進んでいるのだけど、コレはもう散歩じゃなくてハント。もしくは討伐だと私は思う。

 私は頬を膨らませながらデューに文句言うと、ディーは涼しい顔をしながら戦闘でモンスターを仕留め続けていた。


「そうだな…ちょっと今日は、予定より多くのモンスターと遭遇するスリリングな散歩ってトコだな」

 そう言いながら相変わらずディーは前に出てモンスターを次々と仕留めているが、そんな戦っているディーの姿を久しぶりに見ていると、

(やっぱり元魔王は伊達じゃないのよねー)って内心考え、ディーの戦う逞しい姿に一瞬見とれてしまった。

 だけど、そんな姿を見せて私のご機嫌を取ろうと思っているのなら、まだまだ甘い!


「ねぇ~!ディ~?そろそろ私をスリリングな散歩に誘った訳を教えてくれても良いんじゃないの~?」

 いい加減ディーが何の目的があって私をこんな危険な夜の散歩に連れて来たのか薄情しろ!

 っという意味を込めて、無駄に語尾を伸ばしつつ低めのあからさまな不機嫌な声で問い詰めてやる。


「それは…ゴールに辿り着いてからの…お楽しみ!ってヤツだ」

 そう言いながらディーは、この森の中では上位のモンスターとの戦いに少し手間取っていた。

 やっぱりあのクラスのモンスターになると、クラス無しの私達じゃ簡単に倒せないのよね。

 私はモンスターとの戦いに手間取っているディーに、身体強化の支援魔法を施した後、モンスターの弱点属性の魔法をモンスターに放つと、モンスターは怯んだ。

 私の支援を受けたディーは、さっきまで倒すのに手間取っていたモンスターに対して一気に仕掛け、モンスターを確実に仕留めている。

 最愛の人の逞しい活躍を間近で拝めて眼福だと感じると同時に、この程度のモンスターに手こずっている私達は、最上級のクラスを捨ててから明らかに周囲の人達と比べると弱い存在になってしまったんだという事を、改めて実感させられた。


「感謝する。アデル」


「はいはい。困った時はお互い様だからね」

 ディーから感謝の言葉を受けても、気分が上がらなくなったのはいつからだろう?

 私達はクラスを捨てた時から、何をするのにも協力して生きるようになった。特にディーは私の事を気遣ってくれて、率先してなんでも自分からやろうとしてくれる。


 そんなまるで私に尽くすかのように動くディーの姿を見ていると、私はディーに対して本格的な好意を抱くようになってしまった。

 そもそも一緒に古の城から脱出した時から既にデューの事は好意的に見えていたんだから、彼に好意を抱いてしまったのは、初めから分かり切っていた事のかもしれない。


 でもディーは私に対して良くはしてくれても、それ以上の事は何もしようとしない。お互い愛称で呼ぶようになったのも私からの提案だし、私の事をどう思っているのか思い切って聞いた時も、ディーはただ「大事な相棒」としか答えてくれなかった。

 つまりその言葉が意味するのは、ディーにとって私は友愛なる仲間であっても【親愛なる人】ではない。という残酷な現実。


 やっぱり人間と魔人は違う種族である以上、友愛の感情は直ぐに芽生えても、親愛の感情は滅多に芽生えない事は、最果ての村に住む人たちを見て分かっていた。

 人間と魔人が仲良く暮らすあの村で、二つの種族は友情は確かに育んでいる。けれど人間と魔人で愛情を育んでいる者は、ほんの僅かしかいなかったから。

 そもそも種族が違えば文化も違う者同士が、互いに真の愛情を抱くという事は難しい事なのだと思うし、私達の住む世界では、人間と魔人が互いに親愛の感情を抱く事自体異端者扱いされる世界なのだから、例え私とディーが結ばれる事があっても、そこからは本当の苦難の道が始まるのは目に見えているんだから、この気持ちは決して彼に向けて出していい物じゃないのに、私はある言葉を苦に出してしまう。


「…私がディーの口から言ってほしいのは、感謝の言葉じゃなくて、愛の言葉なんだけどな」

 私はディーに聞こえない大きさの声で、きっと叶わない思いを口にした後、再び目的地目指して先に進むディーの後に付いて行った。


*****

***


「…綺麗」

 ディーが目的的だと言って私を連れ来た場所は、一面に月明りで神秘的に輝くクリスタルが広がる不思議な丘で、私はその美しい光景に釘付けになっていた。


「前にアデルに魔人の領土には夜に輝く魔石が散らばる丘があるって話をしただろ?そしたらアデルが『見てみたいって』話しに食い付いてきたから何とか見せてやりたいと思ってな」


「良くこんな場所見つけれられたね!

 私の何気ない一言を覚えててくれてありがとう」


「たまたま森を探索してる時に魔人の領土と同じある魔石と同じ物を見つけて、もしやと思って周囲を探したら、たまたまこの場所を見つけただけだ。

 それにアデルは装飾品を見ても大して興味見せないし、割と今の現状に満足してるみたいだから、普段から世話になりっぱなしのアデルに感謝の印に何か送ろうにも、何を送ったら喜んでくれるのか分かんなくてな。

 だったら一番今まで話した中で食い付いた事を、実際に見せるのが一番喜ぶかなっ?て思って連れてきたが、ここまで喜んでくれるならもっと早く連れてきてやるべきだった」

 ディーはちょっと照れくさそうにこの場所を見つけた経緯を話してくれた。


「フフフ。最高のサプライズをありがとう。

 でも危険な満月の夜にわざわざ連れてくる事無かったんじゃないの?」


「どうせなら一番綺麗なタイミングでこの場所を見せたくてな。それに言っただろ?俺とアデルがいれば何も問題はないって」


「もう、こうゆう時は都合の良い事言うんだから」

 デューの思わぬサプライズに、ご機嫌斜めだった私の気持ちは180度変わって、今の私は最高に嬉しい気分。に本来ならなっているんだろうけど、どうしてもディーがさっき言ったあの一言が、私の中で蟠りを生む。

 だから私はディーに思い切ってもう一度。ディーは私の事をどう思っているのか聞いてみようと思う。


「ねぇディー。さっきあなたは私に『感謝の印に何かを送りたい』って言ってくれたけど、デューの中では、私に感謝の気持ちしかないのかな?」


「…どうゆう事だ?」


「私ね、あなたと一緒に紋章を消して、背負わされたクラスから解放されて、今平凡に暮らせている事って、あなたが一緒に私の計画に乗ってくれたら出来ている事だから、私は心からあなたに感謝の気持ちを抱いているよ。それはディーも一緒だと思う」


「ああ。もちろんだ!」


「でもね…私はディーとこの村で一緒に暮らしている内に、ディーに対して感謝以外の気持ちが私の中で芽生えちゃったんだ。

 それからいつかディーにも私と同じ持ちが芽生えたらいいな…って考えるようになったの」


「…」


「ディー。私、あなたの事が好きよ。いえ、この気持ちは好き何て言葉で終わらせられる気持ちじゃない

 愛してるわ。ディー」

 私はディーに自分の気持ちを正直伝えた。するとデューは困った表情を浮かべた後、頭を抱えた。

 ああ…きっと私にこんな事言われて困っているんだろうな。

 だってディーにとって私は、友愛の感情は持てても、親愛の感情は持てない人なのだから。


「…ごめんね。あなたを困らせるつもりは無かったの。でもどうしても私はディーと今以上の関係を望んでいるから、このサプライズを貰って『もしかしたら』って思ったら、私の想いが歯止め利かなくなっちゃったみたい…」

 そう言った後、私の目から涙が零れた。可笑しいな?今まで何度も痛い思いや、死ぬんじゃないか?って思える恐怖を何度も経験したって、涙なんて一度も流した事なかったのに…まさか初恋の相手にフラれたぐらいで涙を流すなんて思ってもいなかったなぁ…


「すまないアデル。俺が不甲斐ないばかりにお前にそんな思いをさせて」

 私の涙を見たディーは、慌てて私の下に駆け寄ると私を抱きしめた。だけどこのディーの抱擁は、今の私にとって、もの凄く残酷な行為でしかなかった。


「止めてよ。私は…あなたにそんな気持ちで抱きしめてほしい訳じゃないの!」


「違うぞアデル!お前は誤解している。全く…どうしてアデルは肝心な時に俺に格好付けさせてくれないんだ」


「…どうゆう意味よ」


「思えば古の城でぶつかった時からそうだ。あの時俺はアデルに負けた時本当に死んでもいいと思った。だけどアデルが希望を与えてくれたから、敗者であっても生きる希望を貰った。

 それに城から脱出する時もそうだ!俺は自分の作戦が失敗したからアデルだけでも助けようと自分の命を懸けるつもりだった。なのにアデルは俺にまた生きて見せろと言って、俺に生きる希望の灯をまた灯した。

 そんなアデルに情けない姿ばかり見せてる俺にも、たまには格好付けさせてくれ」

 デューは必死に過去の出来事で私に救われた?と訴えているみたいだけど、正直私はディーが何を言いたいのかよく分からない。


「…別に私はディーの事カッコ悪いと思った事も、幻滅した事もと思ってないんだけど?」


「…そう思ってくれてたのは素直に嬉しいんだがな...しかし、こればっかりは、女に格好良いトコ見せたいっていう男の矜持の問題なんだ」


「男の矜持?そんなの女の私が分かる訳ないじゃない!要は女の前でとにかくカッコ付けたいって事でしょ?

 だったら私の事いつまでも抱きしめとかないで、後腐れないように格好よく私の事フッて見なさいよ!」


「…どうして俺がアデルをフラなきゃいけないんだ?」

 私の言葉を聞いたディーは、呆気に取られた表情で私も見つめている。


「だって…ディーは私の事を一人の女として見てないんでしょ」


「…いや、ちょっと待て?どうしてそうなる!?」


「前に私の事をどう思ってるかって聞いた時、デューは私の事『大事な相棒』って答えたじゃない!

 それって私の事を一人の女としては見てないって事なんでしょ!」


「…あれはだな…その…なんというか」


「何よ、違うって言えないのなら、やっぱりそうなんじゃない!」


「あの言葉は…俺にとって『一生を共にする大事相棒』って意味で言ったんだ!

 大体今日だってこの場所にアデルを連れて来たのも、アデルにその、なんだ…プロポースでもしようかと思ってこの場所に誘った…」

 ディーはしどろもどろしつつ、照れくさそうに私をこの場所に連れて来た理由を答えたけど、その内容が私にとってあまりも予想外の内容にだったから、私の頭の中は真っ白になっていた。


「えっ…と?それはつまり……もしかしてディーは私の事が、結婚したいぐらい好きって事?」

 何とか真っ白になった頭の中で、整理した情報をディーに確認すると、ディーは更に照れくさくなったみたいで、片手で頭を覆う仕草を見せる。


「…ああ。そうだ!

 全く…せっかく村の人達に、人間の女にプロポースするなら、どんなプロポーズしたら喜んでくれるのか聞いて回って、色々計画してようやく俺が男を見せる時が来たと思ったんだがな…結局アデルに先を越されて、格好付かなかったがな…」


「そんな事ない!ディーは私にとって世界で一番格好良い人だよ」

 私にとって最愛の人が私と同じ気持ちでいてくれる。これほど嬉しい事はないのだから、その気持ちを伝えるために私もディーを抱きしめる。 


「…くっ!」


「!どうしたの?」


「いや…ちょっと理性が飛びそうになった…」


「…飛ばしてもいいのに」


「…その前にせめてここに来た目的ぐらい達成させてくれ。このままじゃ本当に男として示しがつかん」

 そう言って私と抱き合っていたディーは、ディーの背中に回していた私の手を優しく掴んで、私の手を私の横に戻した。

 せっかくお互いの気持ちが通じ合えて抱き合えていたのが名残惜しい私は、ディーに「また抱きしめて」という思いを込めたおねだりの視線を送ると、ディーは一瞬固まって何かを考えているようだったけど、思い留まったかのように下を向くと同時に姿勢を下ろし、私の前で片足を地面に付ける。そして私に向かって何かを差し出してきた。


「アデル。俺はお前の事を心の底から愛している!

 だから…俺と結婚してくれ!」

 その言葉と共にディーが私に差し出したのは、結婚指輪マリッジリング


「もう…そんなの聞かなくたって、もう私の答えとっくに分かってるでしょ」

 私は嬉し涙を流しながら答えた後、ディーが私に差し出す指輪を受け取った。


「これだけは絶対に押さえておかないと、惚れた女に対して示しが付かないからな」

 ディーはそう言った後立ち上がり、私の口にそっと唇を重ねて来た。


「ん…」

 ああ…私が最も愛おしいと想う人が、私と唇を重ねて愛していると言葉より感じる行為で伝えてくれる。この瞬間より幸せだと思う事があるのかしら。

 そんな永遠に浸かって溺れていたいと思えるような時間は、ディーが私から唇を話した瞬間終わり告げる。


「…もう終わりなの?」

 まだまだディーを求めたりない私は、再びディーと唇を重ねたいと強請った。


「…また後でな」


「...いじわる」


「…その前にアデルに指輪を付けたいんだが、いいか?」

 私はコクリと頷くと、ディーから受け取った結婚指輪を再びディーの手に返すと、ディーは私の薬指に優しく結婚指輪を嵌めてくれた。


「フフフ…これから末永くよろしくね」


「ああ。そもそも絶対話すつもりはないがな」

 そう言った後ディーは、私をお姫様抱っこで抱きかかえた後、再びディーは私に唇を重ねた。



 こうしてディーと私は結ばれたのだけど、ここからが私達にとって本当に平凡な生活を送るの為の試練が始まった。

 人間と魔人じゃ色々文化が違うから、小さな不満の積み重ねから沢山喧嘩しちゃったり。

 聖王と魔王に盲目的信仰心を持ってるヤツが、私達の居場所を嗅ぎ付けて色々邪魔してきたり。

 違う種族同士だと中々子供が出来なかったり。

 人間と魔人が嫌いと言ってた男女二人が、いつの間にか出来婚して先越されてディーがもの凄く凹んだり。

 とにかく沢山いろいろあり過ぎて、語りつくせないぐらい大変な事が沢山あった。

 でも全部乗り越えた今となっては、それも全部良い思い出。


 だって私はそのお陰で、今も最愛の人と共に平凡に生きているのだから。

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平凡に生きるために世界に抗う聖王と魔王 本黒 求 @th753

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