続編:その後の2人

ep.1:気まずい彼女

 休みが明け、付き合うことが決まって初めて吏と顔を合わせることになる朔羅。


(時は待ってくれない……あああ、どんな顔をしたらぁぁぁ……っ)


脳内で格闘する間もむなしく、職場に着いてしまった。


「お、おはよう、ございまっ……」


数歩先にいる吏に挨拶をしたいが、思うように声が出ず、彼の背中に届かなかった。仕方なく自分の席に着き、仕事の準備に取りかかった。何事もなかったかのように、午前中は仕事に没頭し続けた。


 昼休憩の時間になる。朔羅は顔を赤らめながら、職場の休憩室の入り口に立っていた。


いやおうでも、さすがに顔合わせるよなぁ。同じ課の先輩だから……)


心臓が激しく高鳴り、手に持ったスマートフォンも震えている。吏という歳上の彼、職場でも頼りになる存在だ。それは、これまでもこれからも変わらない。だが、『俺と付き合ってくれ』だなんて言ってくれた彼の前で自分が一体どう振る舞えばいいのか、まだ掴めていない。


(よし、深呼吸して……)


朔羅は自分に言い聞かせながら、休憩室のドアを開けた。中にいたのは、まさにその彼、吏だった。彼は笑顔で立ち上がり、優しく手を振った。


「やあ、永尾さん。待ってたよ」


心の準備ができていない朔羅。びくっとするも、


「お、お疲れ様です、吏先輩」


できるだけ平静を装い返事をした。


 彼の存在感が大きく感じられる。落ち着いた態度と優しい笑顔が、緊張をさらに高める。一体どう会話を続ければいいのか、言葉が出てこないまま立ちすくんでしまった。


「どうかした? こういうの初めてで、緊張するなら言ってね」


吏は優しく言いながら、彼女の緊張をほぐそうとした。


「いっいえっ、大丈夫ですっ」


朔羅は慌てて返事をするも、視線が自然に彼から逸れてしまう。心の中で自分に呆れながら、どこか逃げ出したくなる衝動が湧いてくる。


 その頃、朔羅の後輩の入社3年目・納家なや奏子かなこは2人のやり取りを遠巻きに見ていた。彼女の様子が普段と違うことに気づいていた。いつも素直で明るく、仕事熱心な朔羅がこの日、特にぎこちない。


(先輩、大丈夫かなぁ)


奏子は心配そうに見守りながら、何か手助けできないかと考えていた。


 休憩時間が終わると、朔羅と吏は各々の席に戻った。朔羅は深いため息をつき、無意識に隣にいる奏子の方を見る。奏子はそんな彼女の様子に気づき、すっと近づいてきた。


「先輩、大丈夫ですか? 何だか今日はいつもと違いますね」


「うん、ちょっとね……色々あって」


朔羅は曖昧な返事を返したが、心の中で先ほどの気まずさを振り返っていた。年上で頼れる存在である吏と、どうしても自然に話せない自分が悔しかった。


 退勤し帰宅後、朔羅はベッドに横たわった。先日のデートの日のこと、今日のことを頭の中で何度も振り替える。特に、あの日の帰りに吏から手渡された小さな包みが頭を離れない。気恥ずかしさからか今まで開けていなかったが、いざ気になって開けてみると、中には可愛らしい小物入れがあった。


(こんな素敵なものを……なんで私に……)


彼の優しさに触れるたびに、自分の不安や気まずさが増していく。朔羅は、どうしても彼の期待に応えられない自分がもどかしくなった。


 その一方で、吏は家でリラックスしながら、1日の出来事を思い返していた。朔羅の緊張が目に見えているのに、それでも微笑ましいと思える自分に気づく。


「彼女、変わらずすごく頑張ってたな……」


吏はつい口に出してしまう。……次の瞬間、彼は重要なことに気づいた。


(そういえばあの子の連絡先聞いてないんじゃね……?)


先日の時は退勤後に待ち合わせして決めたから済んだのだが、このままでは関係が進展するか分からない。口では恥ずかしくて言えないことも、SNSなら言えるかもしれない。


(これで少しずつ緊張がほぐれるようになっていけたら)


 しかし、朔羅は吏と正面からなかなか向き合えず苦戦していた。何回か一緒に帰ったが、視線を逸らしたままだった。このまま時が過ぎお盆明け、他の社員が既に帰り1人で何か打ち込み作業をしている彼女を見つけ、吏が声をかける。


「おーい、永尾さん」


「は、はい? ……うっわ、もうそんな時間……」


朔羅が我に返ると、隣に吏がいた。


「ひ、ひぃぃっ吏先輩!? 先輩こそ、どうしたんですか……?」


「君に用事があって、ずっと待ってた」


「は、はい?」


「……聞いてもいい? 君の連絡先」


朔羅も今頃になって、彼の連絡先を聞いていなかったことに気づく。


「は、はい。いいですよ」


互いにスマートフォンを取り出し、連絡先を無事交換した。初デートから約2週間、やっと2人の関係に進展が見られた1日になった。

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