最高の誕生日プレゼント

はづき

最高の誕生日プレゼント

 今や立派な社会人となった永尾朔羅ながおさくらは、これまで3人の男と付き合った。だが、3人とも彼女の誕生日なんて大事にしてこなかった。


 1人目の男は、高校2年の時同じクラスになった男だった。朔羅の誕生日に合わせて、当日デートの約束をしてくれた。楽しみにしていたはずなのに、


〈ごめん、急用入って行けなくなった〉


と、LINEで連絡が来た。急用なら仕方ないと思っていたのだが、夏休み明け、その日は他の女とデートしていたことが発覚し、すぐ別れを告げた。


 2人目の男は、大学3年の時バイト先で出会った1個下の男だった。付き合い始めた頃、お互いに誕生日を教えたはずなのに忘れられ、朔羅の誕生日当日は何も連絡なく、バイト先で会っても『おめでとう』の言葉もなかった。やがて彼はバイトを辞め行方知らずとなってしまった。


 3人目の男は、朔羅と今の会社の同期入社の男だった。3年前、ゲームが趣味の2人は意気投合し付き合うことになったのだが、1人の時間が欲しそうで朔羅と一緒にいると嫌そうな顔をするようになった。


〈朔羅とは馬が合わないようだ。別れよう〉


わざわざ彼女の誕生日に合わせて別れの挨拶をLINEでしてきたのだ。実際別の課にいる彼は先輩と上手くいっておらず、去年自主退職してしまったのである。


 そんなこんなで、朔羅は自分の誕生日が『めでたい』と思わなくなってしまったのだ――


☆☆☆


 入社5年目の春、朔羅は新入社員の教育チームのリーダーに就任した。ただのチームメンバーからの大抜擢となった。


「永尾さんがこれまで頑張ってきた証だよ」


朔羅にそう言ってくれたのは、8年目の先輩・垣本かきもとつかさだった。今は同じ営業課に所属しているが、朔羅の新入社員時代の教育チームの副リーダーだった先輩だ。


「ありがとうございます」


笑顔でお礼を言う朔羅。


 朔羅にとって吏は『怖い先輩』という印象が、未だに抜けない。教育期間の頃、新入社員の中で1番出来が悪かったのは朔羅。そんな彼女に対して、鈍臭い女だなと思っていた。


 教育期間が終わり、独り立ちしてもミスばかりの朔羅。営業課の皆にかなり迷惑をかけてしまっていた。


(この子はこのままだと切られる……足でまといにしかならない)


と、彼女に対し吏は良い印象を持っていなかった。彼からの厳しい指導に毎日、震えながらも乗り越えてきた朔羅だったが、怖いという印象を持ってしまった。お互いに、最初から最悪のままだった。


 だが、朔羅はひたすら努力を重ね、こうしてリーダー格になるまで成長したのである。その姿を見続けてきた吏は驚きを隠せなかったが、彼女のことを見直すきっかけにもなった。そして、彼女の顔つきも変わって、見違えるようにもなった。


(永尾さんって子供っぽさが抜けてなくて鈍臭い女だったのに、こんなにも大人の女性だったっけ……可憐だなぁ)


 新入社員ヘの教育が落ち着いてきた頃の7月下旬、仕事が終わると吏は朔羅へ声をかけた。


「永尾さん、時間あるならちょっと付き合ってくれない?」


「いいですよ」


朔羅は何気なく了承したが、吏の目的は読めなかった。


 会社近くの飲食店にて。


「永尾さん、チームリーダーの役目ご苦労様。その労いも兼ねて、そのうち一緒にどこか連れていってあげる」


「……えっ……いいんですか!? 最近何となく、海見に行きたいなぁって、思ってもみたり……。前見に行った時は雨で台無しだったので……」


来週末に誕生日を控えている朔羅だったが、もう何も期待していない――はずだった。


「いいよー。お盆休み実家に帰るから、その前の週末がいいかな」


。朔羅の誕生日と重なる。


「来週末、私の誕生日なんですよ」


「そうなんだ! じゃあ、その時にしようか」


何で急に優しくなったのか。怖い先輩だったはずの吏が、朔羅の誕生日に合わせてデートと言ってもおかしくない誘いをしてきたのだ。


「……はい。お願いします」


 その後は何事もなかったかのように日にちは通り過ぎていく。毎日ではないが、朔羅は吏とお話しながら帰る日もあった。今までと違う違和感と、誕生日にまた何かあったら……という不安もあり、モヤモヤしながら仕事をこなしていた。でも。


(吏先輩なら、そんなことしないよね――)


無意識に淡い期待をしている自分がいた。


☆☆☆


 8月上旬の週末、そして朔羅の誕生日当日。朔羅が1人暮らしをするアパートの前に、吏が運転する車が止まる。


「お待たせ。行こっか」


「はいっ!」


どうして他の女ではなく、自分を選んだのか。それを聞くのは当日まで取っておこうと決めていた朔羅。


 ドライブデートなんて、朔羅にとっては初めてだった。目的地に着くまでの間、仕事の話に限らず、色んな話をした。もちろん、朔羅の過去の恋愛の話もした。


「……だから、誕生日が……。でもそれは


(……えっ、なになに!?)


吏の反応に朔羅はびっくりした。彼のその言葉の意味を、探る勇気がなかった。


 目的地の海沿いの街に着き、先に昼食をとる。急に緊張してきた朔羅は、ただただ黙って食べるしかなかった。……食べ終わると。


「あっ、自分の分は自分で――」


「いいよ。俺の奢りだ」


朔羅は今まで付き合った男とは食事したことはあったが、奢ってくれたことは1度もなかった。こうあるべきだったのに――そう思ってしまった。


 昼食後、誰もいない砂浜に寄る朔羅と吏。


「あのさ、永尾さん」


吏の声が今までとは違い、緊張で震えている。


「はい?」


何も考えず、返事をする朔羅。


「永尾さんって最初の頃、子供っぽいし失敗も多いし……ついていけんのかなって思ってた。だけど君はめげながった。……立派になったよ。新入社員の皆、永尾さんにしっかりついてきてくれたよね。すごいなと思った」


「あ、ありがとう、ございます……?」


朔羅はお礼をするも、疑問形になる。


「教育チームリーダーとして指導する君の顔が輝いて見えた。そんな顔するんだってびっくりして……その……」


「その……? ひゃい!?」


吏が突然朔羅の右腕を引っ張る。バランスを崩す朔羅だったが、そっと抱きしめる吏。


「……せ、先輩……?」


「その……君がこんなにも大人びた女性だったんだなって……ドキドキするように……なったから……それでね……誕生日の話を聞いて、もう……悲しい思いはさせたくなかったから、って言ったの!」


「そうだったんですね……。まったく、先輩って大袈裟で――」


「大袈裟じゃない! 本気で言ってんの! 本気で惚れちゃったから……永尾さん……君のことが好きだよって言っても……気づかない……?」


「――っ!?」


まさかの告白に、言葉を失う朔羅。そして、勝手に涙が流れる。


「私も、吏先輩のことが好きです……いつの間に。これからもっと色んなお話したいし、先輩のこともっと知りたくなりました」


 ポツリ、正直な想いを告げた朔羅。今編み出した言葉じゃなく、彼への素直な気持ちを言葉にした。


「じゃあ、俺と付き合ってくれる? 会社の皆には、黙っててね。面倒なことになるから」


「はい、そうですね……。これから、よろしくお願いします!」


 日が暮れ始め、帰り道、車の中で。


「吏先輩のおかげで、最高の誕生日になりました! そして――最高の誕生日プレゼントを、ありがとうございましたっ!!」


「いえいえ。こちらこそ、俺の想いに応えてくれてありがとう! 改めて、誕生日おめでとう!」


「ありがとうございますっ!」


赤信号で止まる度に見つめ合い、恥ずかしそうに笑う2人の姿が、どこから見ても幸せに見えたのだった――



―完―

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