第39話『残酷な天使』

帰路につく二人をある男が出迎えた。

 それはこの帝都レーヴェンで絶大な影響力を誇る男……名をビクトル・デュマ。

 黄金劇場を建造せしもの。

 その男は野望を笑みに貼り付けて、ロアに対して尊大に出迎えた。

「其方がロア・ムジークであろう?」

「あんたは?」

「くふっふ。浅学だなあこの俺を知らぬとは」

「生憎、俺はこの国に来て日が浅くてな」

「そのようなモノが皇帝陛下に取り入るとは、何とも手際がいいな」

「人徳だろう? 羨ましがるなよ、あんたも今から徳を積めば何とかなるかもな」

「言ってくれるではないか」

 聢見定める。

 この男を。

「我が名を刻みつけるがいい。俺こそビクトル・デュマである」

「……」

 少し苦笑してしまう。此奴の本質は獣性だ。

 人間の縮図とでも言おうか。人間の悪性の煮凝りだな。

「ここではなんだ。招待しよう我が黄金劇場に……‼」

「よかろう」

 尊大に返すロアは、アンナを先に返してビクトルの先導によって、黄金劇場内に入っていく。


「素晴らしいだろ? 此処が俺の野望そのもの」

「そのようだな……」

 欲望の可視化という意味ではこれ程合理的なモノもあるまい。

 人は欲望に忠実で、誘引されるからな。

 富の象徴である黄金を建材に使うのは、さぞや民衆の眼を惹いただろう。

「それで? こんな仰々しい場所に移って迄、何を話したい?」

「くは。お前は話下手だな。こういうのは酒の席でするモノだろう?」

「生憎醜悪な爺と吞む酒は不味いんでな。早々に終わらせようじゃないか」

 さて。

 見極めるために話に乗ったわけだが……。

 なかなかどうして。

「腹の底を見せん奴だな、お前は」

「お互い様だろう、異邦人」

 目を眇めてビクトルの心理を読もうとするが、ビクトルは表情を崩さず真意を悟らせない。

「お前はこの世界をどう思う?」

「それ系統の質問はそろそろ飽いてきたんだが?」

「ま、ただの座興だ語ると好い」

「座興を賓客にさせるかよ……」

 ビクトルはロアの指摘を無視して、ワインを開けてグラスに注いだ。

 赤い液体がグラス内に満ち満ちる。

「俺が思うに、この世界は獣共の演劇よ」

 ビクトルはワインを一気に呷ると、口火を切った。

「皆醜悪に欲望を抱え、それを為すがために誰を蹴散らす」

「それはお前だけだろうに。大抵の人間は早々に諦める」

「違うな。それは人であろうとする浅ましい獣性ゆえよ。それ故に、俺の様な外道を否定し、己が正義を叩きつけたがる。これの起源が何故欲望で無いと思う?」

「……外道であることは認めるんだな」

「外道ではあっても邪道ではあるまい?」

「さてな」

 視線を流して思案する。

 確かにビクトルの言う側面があることは否定し難いが。

「――それは穿ち過ぎた見方と言うモノだ」

「ほほう」

「お前が極道の中にいるために、全てを極端に見てしまっている。世界はそうも単純ではない」

「然り‼ それ故に、世界はこの俺の黄金劇場おもちゃばこなのだ喜劇を踊り、悲劇に泣いて、俺を愉しませる」

「下衆め」

 不愉快気に眉をしかめた。

 ロアの反応が面白かったのか、ビクトルは一頻り笑ってみせた。

「ああ……まったく楽しい時間は過ぎるのが速くて困る」

 ビクトルは黄金時計をみて残念そうにつぶやいた。

「先の問答がお前の聴きたかったことか? 為れば早く俺を帰せ」

「そう焦るな。だがまあ座興に時間を使い過ぎたのは認めよう」

「いいから早くしろ眠たくなってきた」

「くく。そうだな。では、本題だ……ロアお前俺の臣下とならんか?」

「臣下ね。一階の商人風情が随分強く出たな」

「孰れ覇を唱えるものだ」

 ロアは頭を振って拒否する。

「悪いが、醜悪な豚に膝を付く趣味はねぇ」

「それは残念」

「では――」

 ロアはそう言って席を立つ、踵を返すロアの背にビクトルの声を投げかけられた。

「フェー・フォイマスには気を付けるがいい。あ奴は凄まじき魔女であるぞ?」

「魔女の知り合いは多くてな、そう悪い奴らではないぞ」

「お前の交友関係には興味が尽きないが、あの女は化物だ。なんせ燃える帝都を見下ろして腹の底から笑っていた女だ」

「……?」

「――あの時のフェー・フォイマスは正しく天使だったぞ? 人はこれほどまでに美しく嗤えるのかと思ったぐらいだ」

 陶然と語るビクトル。

 ロアは初めてビクトルの中に感情を見た。

 どす黒い執着を……。

「俺はあの女を組み伏して、あの笑顔を汚してやりたいのさ……‼」

「くたばれクソ野郎」


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