第29話『入国』

 妖精の森を抜けてすぐに巨大な国門が現れる。本来国境におくべき国門を何故妖精の森との境に置いているかは、察しの通り妖精の森がある種の治外法権に他ならないからだ。

 嘗ての賢者との約定故に、妖精の森の村単位の開拓と、入植者の選定が許されているが、あくまでもそれまでである。

 過去歴代の皇帝は賢者を畏れたのだ。

 賢者に叛意は無かったが、強大な力は他者に安堵と畏怖を与えるものだ。

 そんな相手に対して造られた国門は当然巨大で、また警備も厳重だ。

 入国するまでに凄まじい行列が出来ていた。

 そこにアンナとロアも並んでいた。

「凄い見られている気がするんだけど……」

「そりゃあまあ、そんな格好してたら見んなって方が無理だろうよ」

「あなたの格好も似たようなモノだけど?」

 アンナとロアは死闘の果てにボロボロだった。服はもちろん、その怪我は周囲から浮いている。

「ふ。そんな差もわからないか? 小娘」

「む、じゃあ何よ」

「そんなもの決まっているだろう⁉ 胸さ! 即ちおっぱい! 男はもちろん生物は此の誘惑を断ち切れない!」

 生命の源だからな! そう言ってアンナの豊満な胸を凝視する。

「断ち切って! お願いだから! 下劣すぎるから!」

「何を恥ずかしがる。誇れよお前の胸は素晴らしい」

「そんな褒められ方しても嬉しくないよ⁉」

 陶然と賛美するロアに悲鳴を上げるアンナ。

 何だかロアのキャラがつかめない。突拍子も無いコトを急にしたかと思うと、賢人のような言葉を使う。かと思えば今のように子供のようなことを言い出す。

「あなたってすごく変だと思う」

「否定はしまい。だがそれも俺の個性だよ……気持ち悪いか?」

「ううん。素敵だと思う」

 頭を振って否定して、彼女は肯定してくれた。

 それが嬉しくてロアは、微笑んだ。

 きらびやかなほど美しい、自然な笑みだった。

「それにしても長いね」

「そうだな。疵の方は大丈夫か?」

「うん。何か変な泥が身体を覆ってから、痛みをあまり感じない」

「それは大丈夫なのか……?」

「たぶん大丈夫、きっと。そうで在れという願望……?」

「大丈夫なのか⁉」

 曖昧に応えるアンナに思わず仰天して聞いてしまう。

 黒い泥とやらは今は見えないが、貫かれた腹を修復したと聞いた。

 アンナの腹部触れてみる。

「ちょっと⁉ それはちょっと駄目じゃない⁉」

「黙ってろ、ただの検診だよこしまな気持ちはほんのちょっとしかない」

「あるんかい‼」

 触れてみるが、違和感はない。いたって健全な子女の腹部だろう。

 もちもちして触り心地が素晴らしい。

「いや……ちょっと、ロアぁ」

 さすり、さすり。

 アンナが恥ずかし気に身もだえる。

 次第に頬が紅潮していく。

 流石にこれ以上は恥ずかしい。

 ロアならば、ある程度のコトは我慢できるがこれは流石にアブノーマルすぎる。

「……、問題は無いか……」

「ぇ……?」

 恥ずかしさのあまりその場で尻餅をつくアンナ。

 ロアは、手を差し出した。

 アンナは言いたげな表情を作ったが、すぐに彼の手を握った。

「今のは何なの?」

「言ったろう? 触診だよ。見たところ人体であることは間違いない。呪いの気配もないしな」

「呪い? 魔法とは違うの?」

「違うな。根本からして違う。魔法が〝運命の前借〟だとするなら、呪いは〝過去の負債〟だ。自身の身を削り、他者に影響を及ぼすのが呪だ」

「炎と雷とかは使えないってこと?」

 ロアは、首肯する。

「呪いは基本的に人体にしか作用しない。それ故に、呪の発動条件も接触が大暫定だ。遠間の呪いなどもあるがな」

 わかりやすい例で言うと、日の国で伝わる丑の刻参りが分かりやすい。丑の刻に被呪者の体の一部――毛髪など――を藁人形に埋めて釘をさす。

 人形を人体と定義し、被呪者の体の一部を埋めることで対象者を限定することで呪う。

 古典的な呪法である。

「問題は〝呪いは返ってくる〟コトだろう。被呪者を呪った呪いは、術者に返る。人を呪わば穴二つとはよく言ったものだな。お陰で呪いはほぼ廃れている。何せ割に合わない」

 発動に自身の何かを代償にし、其れで呪った後その強力な呪いが返ってくるのでは意味が無い。

 使いづらいったらない。

 呪術は根本からして欠陥品だ。

「発動と同時に破滅が決まっているならば、多少寿命を削ろうが、魔法を使うだろうさ。まあ魔法については知っている人間の方が少ないがな」

「なるほど」

 結構な長話をしていた。その為か、いつの間にかロアたちが入国審査を受ける番になっていた。ロアたちの格好で少し疑われたが、恙なく入国に成功する。

「わあ……‼」

「なるほど。アイネリアとはまた違う繫栄だ」

 二人の日が暮れてもなお暗闇が蔓延ることのない街。

 眠らずの街、レーヴェンがロアたちを迎えるのであった。

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