第24話『朝を迎えて』
「――足りないものを数えてけ、最後に残ったものを刈り取ろう」
厳かに告げる。その言葉は真意を質す言葉。
曖昧模糊としたグリンガルドの思考であっても答えなければならないと、そう思った。
「私よ!
「結構――‼」
崩落する地面を足場に跳躍する。グリンガルドが触手を飛ばすが、速度が明らかに遅い。魔力を熾さずとも躱せる――!
魔力の供給を断たれたことで、本体の脆弱さが顕在化したか!
「諦めろ負けたんだお前は!」
「何によ! 私は負けないわ!」
「――一人の少女の愛にだ!」
アンナの一剣が状況を換えた。それがどれほどの苦痛伴うか、ロアには痛いほどわかった。だけど彼女は勝った。悲しみから勝利をもぎ取った。
弱い自分に打ち勝った。
「愛は私の物よ――!」
「そうだ。そしてみんなの物だ」
愛は誰にでも与えられるべきもので、本来特別なモノではない。
特別なモノであってはならない。
誰もが愛されるべきで、誰もが誰かを愛す権利を持っているはずだ。
世界が優しいなら、そう在れる筈なんだ。
「……全部が全部、お前のせいだとは言わない。同情するよグリンガルド」
「……っ同情なんていらない! 私は選ばれたんだ!」
「そうだ! お前が選んだ! この結果をお前が望み、そして起こした――!」
触手を断ち切る。瓦礫を足場に再度跳躍。グリンガルドとの彼我の距離、およそ剣二本分!
「愛されたかっただけだろう⁉ わかるよ。でもお前の望みは叶わない」
「如何して――っ⁉」
迫る触手を体捌きのみでかわし、懐の中に入り込む。
「哀れな世界の犠牲者よ。行いの代価は灌がれなければならない」
「…………っ⁉」
ゴーン。
晩鐘が聞こえた。
グリンガルドの胸をロアの剣が切り裂く。
鮮血が噴き出している。
自分の血の色がまだ赤色だったことに驚く。
どうしてこんな事に為ったのだろう。
最初は親の気を惹きたかっただけだ。
ほんの少し噓をついた。とるに足らないウソ。
だけど気づいてしまった。噓が浮き彫りにしてしまった。
グリンガルドのコトを誰も見ていないというコトを。
彼女の美しさばかりに目を惹かれて、誰も彼女を見やしなかった。
誰かが、グリンガルドに居場所をくれたなら……。
いいや、いいわけだ。
もとから彼女は欲張りで、全てを欲してしまう。
「求めすぎるな馬鹿者め」
「ふふ。そうね」
落ちていく。降下していく。
自身の身体も、自身の命も。
「だけれどね、最初は本当に愛してほしかっただけなの。本当よ、本当よ」
「……」
皆誰かに愛されようとしている。
この世界は悲しすぎるから。
寒くて、凍てついていて、とても独りでは生きていけないから。
「寒いわ。誰か私を抱きしめて。暗いところは嫌よ。怖いオオカミが来るから」
「大丈夫だよ。俺がいる」
ロアが優しく抱きしめる。
温もりが心を通してやってくる。
「暖かいわ……」
温くて暖かい。優しい人。
もっと早く出会いたかった。
膨大な愛を持つ強い人。
「勝てないな……」
二人は崩落に巻き込まれて影の中に消えて行く。
「ロア――!」
城が崩れていくのをアンナは見ていた。あの崩落に巻き込まれたら、さすがに拙い。
焦りが如実に迫ってくる。
「……⁉」
虹の城を突き破る乳白色の触手。
まさかロアは負けたのだろうか? 警戒を高めるアンナ。
彼女ももはや限界だ。あと一回剣を振るうこともままならない。
「……っ」
触手が地面に転がる。もごもご蠢き、中が解放される。中にいたのはロアだ。
「ロア」
すぐに駆けよる。
彼の身体は傷だらけだったが、致命傷はおっていない。
「ロア勝ったんだね!」
「そっちもな」
アンナが手を差し出す。彼が手を取り立ち上がる。
お互いボロボロだ。
「何があったの?」
「別に大したことじゃない。グリンガルドに救われただけだ」
「え?」
ロアが崩落に巻き込まれる寸前、グリンガルドは自身の全魔力を熾して触手を増殖させロアを包んで外に連れ出したのだ。
「どうして、そんなことを」
「何処かの誰かに寄り添ってほしかったんだよ彼女は」
何かで誤魔化して生きてきた女性なんだ。彼女は。
アンナが憎悪で自分を騙したように。
ロアが仮想の自分で自身を偽ったように。
グリンガルドは愛される自分を作って演じていた。少なくとも人間の時はそうだった筈だ。
「グリンガルドをあんなふうにした元凶が居る」
「え……? 黒幕がいるってこと?」
ロアが静かに首肯する。
「元々ただの村娘があれ程の魔法を使うなんて不可能だった」
それはアンナも同意する。
「これは恐らく『螺旋世界』からのダウンロードによるものだ」
「『螺旋世界』――?」
「『螺旋世界』は過去・現在・未来を統合した世界の名だ。その世界は俺たちの世界に隣り合わせでいて薄皮一枚向けば姿を現す」
グリンガルドは明らかに情緒が不安定だった。
急に自身のおもちゃを自慢したと思えば、破壊された時は無反応だ。
子供っぽいともまた違う所感だった。
そして何より突然陶酔したように語りだしたあの場面だ。
「〝死せる太陽〟〝妖の満月〟〝空を覆う天蓋〟弱者の極北ね……」
「ロア?」
「名を〝覚者〟と言うらしい」
「名前までわかっているんだ」
「教えてくれたよ」
そいつを追わなければ。また悲劇が繰り返される。
なにより奴の狙いがこの世界であることは間違いない。
放っておけば大災を招くだろう。
「俺は〝覚者〟を追う、お前はどうする?」
アンナは微笑った。
訊いてくれたことが嬉しかった。
応えは決まっていた。
「行くよ一緒に」
「そうか……先ずは服だな。お互いボロボロ過ぎだ」
「え――?」
アンナが自分の服を見下ろす。
豊満な胸が半ばまで露出していて、スカートも破れてボロボロだ。もはや服の役をしていない。
「ロアのエッチ!」
「男は皆エロい生き物だが?」
「変態だ――っ⁉」
笑いながら歩き出す。二人の声には新たな居場所の音色がした。
絵空ではない、現実の居場所。
二人の歩みは確かに刻まれていた。
次に目指すはハイリッヒ帝国。
富と欲と悲劇が渦巻く――人間の坩堝にてまた悲劇が廻る。
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