第23話『旧世界より愛をこめて』
どこか遠い花の香。
見た事も無い紅い花だった。
ぽつりとたつテーブルを囲むように、その花は咲いている。
「これはなんて花なの?
興味深かったのでテーブルに座るマーリンに聞いてみた。
マーリンはお茶を飲み下した後答えた。
「ああ、あの花は『アンナの花』だよ」
「これが……」
自身の名前の由来。
紅に十二枚の花が開いている。美しい。自然とため息を漏らす。
「ごめんお師様」
「……? 何を謝るんだい?」
「だってわたし壊せなかった」
「そんなことか」
あっけらかんと言うマーリンに、流石にアンナも眉をひそめる。
「そんなコトって、お師様の身体でビオラさんたちがいるんだよ⁉」
「だが全力を尽くしたのだろう? 手を抜いたわけでも、やる気が無かったワケでもない」
憤るアンナに諭すように違うかね? と訊いてくる。
「全力を出して、最善を尽くしてもだめなら最早仕方ないだろう」
「そんな簡単に諦められないよ、認められないよ」
「だったらまだ全力ではないというコトだ。全霊でもなく死力を尽くしたわけでもない。それだけのことだよ……まだ何も終わっていないというコトさ」
「え……?」
マーリンは微弱な風に髪を躍らせる。
様になっていた。
一つの絵画のようにアンナには見えた。
「死んだと思ったのだろう? 残念と言うべきか、幸いと述べるべきか悩むところだが君はまだ生きている。まだ君には役割があるらしい」
死にぞこなったね。マーリンは笑っていた。
アンナは背もたれに深く自身の体重を預けた。
「わたしてっきりここは天国だと……」
「残念だけどここはそんな優雅な場所じゃない」
「じゃあ! やっぱりお師様は生きて……⁉」
マーリンは静かに頭を振る。
落胆するアンナ。
「今は友人の力を借りて一時君に干渉しているに過ぎない」
「そっか……」
ならばその友人には感謝しないと。もう会えないと思っていた相手に、こうして語らえる幸福は最早望外だ。
胸の疼痛も愛おしい程に。
それから二人は語らった。優しい時間が流れる。
「あっそういえば! お師様ごめん!」
「ん……?」
「あのペンダントなくしちゃった!」
何かと思えばそんなことかとマーリンは苦笑する。
「問題ないよ、あれはそういう風に作ったものだから」
「え……?」
「君に命の危機が迫った時、強き運命を持つ者を召喚する魔法具だったんだ」
ただし一度限だけど。
マーリンはお茶を啜った。
そう言うことだったのか。ロアもどうして自分がアルプ大陸に来たのかがわからないと言っていた。まさかアンナを救うためだったとは。
「彼は強いね、大事にしなさい」
「うん」
もう時間が無いのが分かった。
「夜遅くまで起きてはいけないよ」
「うん」
「朝は早く起きるコト」
「うん」
「ご飯は好き嫌いしない」
「うん」
「大切な人を作りなさい」
視界がぼやけてきた。涙で前が見えない。
涙を必死に拭いて前を見る。マーリンは優しい微笑だった。
「……もう時間のようだね」
光がマーリンの身体から溢れ出ていた。
アンナの意識も遠くなっていた。
発せるのは一言だろう。
そう思って言葉に命を込めて放った。
「――大好きだよお師様」
遠くのあなたを灯せるように。迷わないように。
そうしてアンナは消えて行く。その姿をマーリンは見送った。
「ありがとうラプラス。もう悔いはない」
この場に居ないともに向けて感謝をする。
きっと彼ならばただの暇つぶしだと悪態をつくだろうが。
世界は秒針を刻み始めた。
停滞した時代は終わり、新たな世界へとなり替わろうとしている。
止められないうねりは新たな悲劇を生みだろう。
だが如何か負けないでくれ、最愛の娘よ。
君の歩みに最大の賛辞と祝福が有らんことを。
――――。
「がはっ」
目を覚ましたアンナが最初に見たのは地面だった。
腹部の激痛で目を覚ましたのだ。
恐る恐る負傷部を探ると、血液とは別のぬめりの感触があった。
「黒い泥……?」
それは正しくそうとしか形容できない代物だった。
黒く粘つき流動的に蠢く。その黒い泥が貫かれた傷を塞ぎ、血液の流失を防いでいる。運が良かったのは臓器を負傷していなかったコトだろう。
流石に臓器までは此の泥ではどうにもできなかったはずだ。
「……ずっと守られてた」
優しい誰かに。
それはマーリンでもあったし。
ビオラでもあって。
オルテンシアも。
ロアもだ。
「優しい誰かに、頼るのはもうやめよう」
優しい誰かを護れるように。強くならなくちゃ。
皆が優しく在れるように強くなる。
自然と魔力が熾った。プラチナから金色へと。
それはまるで浄化する光の如く。
いな、その光は確かに魔力を無効化していた。だが範囲が狭い。
アンナの周り数十センチの身に効果が及ぶ程度。
だがそれだけあれば――。
「〝愛子〟だ」「僕たちの〝愛子〟!」「尊き僕らの王」「戴冠だ」「だったら!」「剣が無いと!」
アンナの周りを妖精が飛び交う。
そして、妖精たちはアンナの手にしがみつく。
アンナがいいのね? と視線を送ると妖精たちが燥いでもちろんと答える。
「〝――――――〟」
短く詠唱。
そして発動する魔法〝天地創造〟。
作るモノはただの剣じゃない。
アンナの魔力をの性質を増幅させる剣だ。
「〝
妖精の身体で剣を構築していく。
其れはつかの無い金色の両刃剣。
刃の周りを金色の花弁が舞っていた。
その剣は数多の武士共が夢の跡。
奇跡を生み出す安寧の剣。
矛盾を孕む未来の剣。
其の銘を――……。
「――〝
その聖剣頭上に掲げる。
人形を見る。
優しかった人たちの残骸を見る。
酷い冒涜だ。
ふざけるな! と今でも怒りが湧いている。
だけどあれは抜け殻だ。
あの醜い身体のどこにもみんなの魂はないのだ。
みんなの魂はいつだってアンナの心の中に在る。
在りし日の思い出の中に。
金色の過去の中に――!
「――これで全部終わりだから‼」
「〝
アンナのことを恐れてか人形が魔法を放つ。
だがもう遅い。
アンナはその金色に輝く聖剣を振り下ろす。
「〝
聖剣から放たれる金色の魔力は夜空の虹を斬り裂き、人形の魔法を斬り裂いて――。
「ばいばいみんな」
其のまま人形を吞み込んでも止まらず、虹の城を斬り裂いた。
世界に朝陽が差し込まれる。
聖剣〝
聖剣によって斬り裂かれた結界が消え、本来の空の姿が戻ったのだ。
涙を流す。この方法しかなかった。
だけどやっと解放できた。
聖剣の余波で身体の大部分を失いマーリンの半面だけが残っていた。
アンナはマーリンの半面を抱きしめる。
「お師様……朝焼けがきれいだね」
空を見上げると鮮やかな朝焼けが。
昔二人で見たモノと同じに美しい。
ここに皆が居たらきっと笑えていた。
ビオラが居たら、オルテンシアが居たら、オリバーが居たら、お婆さんが居たら、村長が居たら、オジサンが居たら。
きっと全力で笑えていた。
――みんなと見る朝焼けが、一番美しいのだから。
嗚咽だけが、朝の到来を告げていた。
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