わたしたちの学校は生まれたて

塩野ぱん

1.新しい学校

 全部が新しくなるって、残酷だ。


 ココはぐっとあごを引いて、まだ二回目の通学路の先をにらむように見つめた。真新しいレンガが敷き詰められた道は、イタリアのようなスペインのような茶色の壁に赤い瓦を乗せた数々のマンションの中を、うねるように続いている。

 一昨日予行練習として学校まで歩いたから、今日で二度目の通学路だ。その時も妹のモモは涙目だった。今日も母のロングスカートをつかんでモモは、今にも泣き出さんばかりの顔をしている。少しでも軽くなるようにと、上履きと連絡帳くらいしか入っていないランドセルを母が持っているのに、それでもモモの足取りは重かった。

──しょうがない、モモはまだ小さいんだから。

 呪文のように心のなかで繰り返し、ココはぎゅっと自分のスカートをつかんだ。

 本当はココだって不安だ。だけど小二のモモと一緒に泣くわけにはいかない。むしろモモが泣きそうになるほど、ココの背筋は伸び、しっかりしなくてはと思うのだった。


「ココ、なんであなたは先に行くの。お姉さんでしょう。モモの手を繋いであげて」

 母の声にココは振り返った。母はわたしがしっかりするから、いつもだまされる。わたしが不安だなんて全く思っていない。

 

「ほらモモ、大丈夫だよ。新しい友だちたくさんできるから」

 三歩後ろへ戻り、ココは手を伸ばす。モモはいやいやと首を振った。でもここで諦めたら、怒られるのはココの方だ。ココは半ば強引に、モモの手をお母さんのスカートから引きはがすようにつかんだ。

「大丈夫だよ、みんな転校してきた子なんだから」

 そうだ、これから行く学校の子は自分達だけじゃない。みんなみーんな転校生なのだ。だから不安なのはみんな一緒。みんなドキドキしてる。

 モモにというより、自分に向かって言う。それでもモモは抵抗してレンガの地面の上で踏ん張る。でも所詮小二の力だ。五年生のココに敵いはしない。あっさりとココに引っ張られ、モモはつんのめるように前に一歩踏み出した。


 その時、後ろからくすりと小さな笑い声が聞こえてきた。

 振り返るとココと同じくらいの背丈の女の子が、ココとモモに視線を送りながら二人の横を通りすぎていく。

 女の子は、ココと同じ五年生かひとつ上の六年生だろうか。ふわふわな天然パーマの髪を肩の上で揺らし、そばかすの沢山ついた顔は、大人びてるようにも子どもっぽいようにも見えた。

 女の子は一人で歩いていた。ココたちになにも話しかけずに通り過ぎ、そのまま学校の方へと歩いていった。ココはぐずる妹とお母さんと一緒にいる自分が、急に恥ずかしくなった。

──あの子、五年生じゃないといいな。

 口元に浮かんだ女の子の笑いを思い出し、ココはふとそう思った。



 体育館での始業式では、在校生がどこかで聞いたことのある「友達のうた」を歌ってくれた。

「まだこの学校には校歌がないんです」

 頭のつるっとした優しそうな校長先生は言う。在校生は35人、対する転校生はココとモモを入れて68人。

 校歌がない学校っていうのも驚きで、元々いる生徒よりも転校生の方が多いのも驚きだ。

 

 ココは転校生の五年生の列に並んでいた。列の一番後ろなのは、モモが学校に来る途中でぐずって登校が遅くなったからだった。だけどおかげで全体が見渡せる。数えると五年生の転校生はココを入れて十人だった。

 壇上で再び校長先生が話し始める。ココは耳だけは傾けながらも、今度は元々この学校にいる五年生の列を見つめた。体育館の反対側にある在校生の列。その端から二番目が五年生の列だ。

「あっ」

 ココは思わず声を出してしまった。だって、男子二人女子三人のその列の一番前に、さっき見かけた女の子がいたからだ。通学途中にくすりと笑って、ココとモモを追い越していった天然パーマのあの子。

 ──やっぱり五年生だったんだ。

 緊張で張り詰めた心が、ずんと重くなっていくのをココは感じた。

 

 

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