短編集「夏の甘酸っぱい恋バナ」

沼津平成

第1話 何分かで終わる恋

「だりぃな……」

 サラリーマンになったばかりの俺はそんなことをつぶやいていた。そして、伸びをした。はわわわとあくびをつけて。

「あー、だりぃ」

 駅から降りて、家に向かっていた。夜風がぬるい。酔っ払いの吐息のようにぬるい。ほんのりと臭い。俺はこういう空気は苦手でも得意でもなかった。

 今日は珍しく定時に帰ったが、大雨で電車が遅れて、結局駅を降りたのはいつもと変わらない時間になった。

 雨は止んでいた。通り雨だったらしい。廃れた商店街のように寂しい大通りで、俺はタクシーを呼んだ。

 タクシーに揺られながら、俺は考えていた。町は若者だ。流行りがあれば、いらない流行りを捨てていく。

 こうして今のブームも数ヶ月後には廃れる。それが自然のことわりなのだ。

 俺は古アパートの少し手前でタクシーを降りた。雨のせいか、少し道が空いていて、何百円か浮いた。

 コンビニへ急いだ。自動ドアをくぐると、あの店員はまだいた。

「灘川さん……よかった」灘川さんは俺の片想い相手だ。本人はそれに気づいていないみたいだけれど。

 灘川さんは背の高く、クールな女性店員だ。俺は、申し訳程度に弁当とおにぎりを買ってコンビニを後にした。

 アパートに入ると、ノートに「今日も可愛かった!」と書いて、寝た。どうか今日も彼女の夢を見れますように。そして明日も、またコンビニのドアをくぐるだろう。

 じゃあ、おやすみ。

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短編集「夏の甘酸っぱい恋バナ」 沼津平成 @Numadu-StickmanNovel

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