桃太郎がヒーローなんて、敵役、温羅一族の末裔としては、絶対に容認できない!

天津 虹

第1話 二〇二Ⅹ年。  この数か月の間に

 二〇二Ⅹ年。

 この数か月の間に、数十体の死体が葬儀場で、そして病院の霊安室で消えていた。


 消える前に、葬儀の打ち合わせのために坊主や神主がその場所を訪問していたと云うが……。


 死体が消える瞬間をたまたま目撃した者で、死体が人型の紙になってその坊主や神主の後ろをフラフラとついて行ったと証言した者がいたが、坊主や神主の共通点は京都にある神社仏閣に所属している以外に無く、そんな白昼夢を真剣に信じ捜査するような者もいない。


 マスメディアに大きく報道されながら、死体がどこに消えたのかも、なぜそんなことをするのかも不明で、警察も手をこまねいているのだけなのだ。


 陰謀論者からは、マッドサイエンティストが人体実験をするために持ち去ったのだとか、ネクロマンサーが死体を操っているとか、某国が開発したゾンビになる化学兵器の犠牲者だとか……、いずれにしろ数か月後に、消えた死体が蘇り、生きた人間に襲い掛かり、京都は阿鼻叫喚の地獄に叩き込まれるという都市伝説が、まことしやかに語られるようになっていた。


 京都は俺こと祟羅陣(たたらじん)の住んでいる町だけど、そんな都市伝説などいちいち気にすることなく大学生として日々是平凡に過ごしている、というかこの瞬間までは過ごしていたはずだった。


「あ、危ない!!」

目の前の少女が大きく目を見開き、絞り出した声が最後まで告げられる前に、俺は少女に向かって走り出していた。


 さっきから背筋にチリチリと針を刺すような不快さを感じて、どうにも落ち着かなかったところに、美少女の悲鳴だ。


 とっさに反応した。その行動は普段自覚している速さよりも途轍もなく速く、もし加速装置が俺に搭載されていたらかくやという、時間が引き延ばされた感覚に陥りながら、俺は叫んだ少女を抱えるように体当たりをした瞬間、背後から激しい爆発音と破片を伴った衝撃波に襲われた様だった。


 様だったというのは、そこから先は気を失っていてよく覚えていない。


 悪夢にうなされて気が付いたら、ベッドの上で寝かされていたのだった。しかも両足にはギブスが填められていて起き上がれない?


 ここは? 周りを見回した俺は、ベッドの造りと枕元にある呼び出しブザーのスイッチで病院だと理解した。


 どうしてこんな所にいるのか? 俺は目の前の呼び出しブザーを押してみた。



「祟羅(たたら)さん? 目を覚ましたんですか?」

 壁のスピーカーから女性の声が聞こえた。


「はい、何が何やら? 何がどうしてこうなったって言うか?」

「目を覚まされたんですね? 今から病室に行きます」

 スピーカーの先で、バタバタと事態が動き出したようだった。


 そして、パタパタと廊下を走る音が聞こえて来て扉が開くと、面倒見のよさそうなナース姿のおばちゃんが入ってきた。


「祟羅さん。気が付かれたんですね? 苦しいとか痛いとかはないですか?」


「別に苦しいことはないです? それより、さっき言ったとおり、何が何やらわけわからんってところなんですけど‥‥‥」


「ああっ、ここは京都府立病院で、祟羅さんは交通事故に巻き込まれて、そのまま気を失っているところを救急車で運ばれてきたんですよ。両足首が複雑骨折で緊急手術の後、麻酔が切れても、全然目を覚まさなくて‥‥‥。脳波とか検査したら覚醒時と同じ脳波で‥‥‥、それもかなりの緊張状態で、高熱は出るは、脈拍と呼吸とか血圧とか‥‥‥。それらが尋常じゃない異常値で‥‥‥」


 そういいながら、看護婦さんは血圧計を俺の腕にセットし始めた。


「へえー、そんな感じだったんですね~?」

「ええっ、そんな状態が三日三晩、続いてましたね。うん、今は脈も血圧も正常ですね」

「三日も‥‥‥」


 俺は、何があったかを必死に思い出そうとした。


 念願の京都の同士館大学に合格して、岡山から京都にやって来てから1か月。


 大志を持って大学の門をくぐったはずだが、そんな初心は何処へやら……。自堕落な生活を送っていた。


 定かではないが三日前も寝坊して、二時限目に間に合えばいいか~ぐらいの気持ちで、大学に向かって歩いていたはずだ‥‥‥。

 

 そして、向こう側から歩いてきた女性は、俺の好みのド・ストライクの可憐な美少女。ミニスカートから覗く白い太ももに心臓を鷲掴みにされ、視線を上げるとブレザーの上からでもわかるくびれと形のよいバストが刺激的過ぎて思わず気恥ずかしで目を逸らしたけど‥‥‥、それは一瞬で、すぐに彼女の容姿を追っかけずにはいられなかった。


 視線をさらに上に挙げると、流れるような黒髪に透き通るような白い肌。だけど、大きく見開かれたつぶらな瞳と形の良い唇が驚愕の表情に歪んでいた。


 俺はさっきまで感じていた背筋の不快感が一気に吐き気を伴って膨れ上がり、「あ、危ない!!」の声と同時に彼女に向かって走り出していた。


 その一歩目は信じられないほど鋭く、二歩目で一気にトップスピードに加速した。


 まるで時間が引き延ばされたように、周りの景色がゆっくり流れていく。信じられないことだが傍から見れば、俺の動きは人外の速さだった。


 声を上げた彼女にぶつかったその勢いのまま、彼女を抱えたまま大きく跳躍する。


 その瞬間、背後から爆発音とともに衝撃波と熱波が襲い、何とか難を逃れたことに安堵した。だけど、このままだと彼女が俺の下敷きになってしまうと気が付いて、地面すれすれで体を入れ替えようと大きく体を捻ったところで俺の記憶がなくなった。


 どうやら、無理な体制とタイミングで体を入れ替えたため、俺は頭をしこたま強打したらしい。


 しかし、気を失ってから見せられた長い夢が、妄想じゃなく俺の前世の記憶らしいことに、俺は夢の中で戸惑っていた。


 ◇ ◇ ◇

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