第5話 王宮でのお茶会

「なあマッドリー」

「何でしょうか殿下」

「この茶会は俺がヘルミーネを招待した茶会で間違いないか?」

「むろん間違いありません」

「そうか……」


 確かにグロリエンはヘルミーネとの茶会を、王宮の庭園でとマッドリーに指定した。しかしグロリエンの眼前にあるそれは、ヘルミーネと二人でする為の茶会とは思えない。

 どう見ても盛大なガーデンパーティーとしての茶会のように思えるのだ。いや、思えるのではなく絶対そうである。


(いやいや、おかしいだろ! どうしてこんな茶会になっているんだよっ)


 グロリエンとしてはヘルミーネと二人で茶会がしたかったのだ。

 当然マッドリーにもその意図が伝わっていると思っていた。しかし結果はこれである。


「俺さ、ヘルミーネと二人での茶会を頼んだつもりだったんだけど、伝わらなかったのか?」

「むろん伝わっておりましたが? しかしヘルミーネの名誉を回復する為の茶会なら、盛大にせねばなりません」


 マッドリーの顔を横目で睨んだグロリエンは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 やはり確信犯であったのだ。ということは大勢の招待客の前で、グロリエンに謝罪させる腹積もりなのだろう。


(こいつマジかよ。俺とヘルミーネにとっては大問題でも、他人にしてみればただの子供の喧嘩だぜ? バカバカしいと顰蹙ひんしゅくを買うのがオチだわ!)


 だがマッドリーが本気であるのは言うまでもない。だからグロリエンはとりあえず彼の意向に従うフリをしてみせた。

 下手にいま拒否などしたら、このシスコンが何を言い出すか分かったものではない。


「そ、そうだなマッドリー。ヘルミーネの名誉を回復するにはうってつけの舞台だ」

「はい殿下。くれぐれも失敗のないようにお願いしますぞ」

「う、うん……」


 グロリエンにとっての救いはこの後マッドリーには別の仕事があり、茶会には参加しない事である。当然の事ながらグロリエンはマッドリーの期待に応えるつもりは無い。

 当初の予定通り、ヘルミーネだけに真摯な謝罪をしようと思っている。もちろん二人きりの時と場所を作ってだ。


 そうと決まればマッドリーが用意したガーデンパーティーという厄介事を、早々に終えてしまいたい。適当に招待客への挨拶を済ませ、この場から姿を消していまうのがいいだろう。その後でヘルミーネを見つければ問題ない。

 そうグロリエンが意気込んだ時だった。彼に挨拶をしてきた聞き覚えのある令嬢の声に、思わずギョッとしてしまったのは──


「グロリエン王太子殿下。本日はお招き頂きましてありがとうございます」


 そのたおやかな声の主はグロリエンもよく知った宰相の愛娘、アグネス・フィンチ侯爵令嬢だった。

 彼女は王国でも名高い美女で、透き通った白い肌とブルーグレイの瞳が白銀の女王を思わせる。さらには綺麗なブロンドの髪がその美しい顔立ちを引き立てていた。


「や、やあアグネス。今日は招待に応じてくれてありがとう」

「天候に恵まれまして本当に良かったですわ。私とっても楽しみにしていましたの」


 実際は招待するつもりは毛頭なく、むしろ邪魔だと感じる者へした上辺だけの挨拶に、グロリエンの良心はチクリと痛む。

 だがそんな事を気にしている場合ではない。彼にとってアグネスという侯爵令嬢は、非常に不都合な存在であったのだから。


「じゃあ、挨拶回りがあるのでまた……」


 そそくさと退場しようとしたグロリエンであったが、どうやらアグネスはそれを許さなかったようだ。

 素早い動きで彼の肘に深く手を回すと、身体を密着せながら上品に微笑んで言ったものだ。


「では私もご一緒いたしますわ」


 実を言うとアグネスは、グロリエン王太子の婚約者最有力候補と噂されている女性なのである。しかも本人もそのつもりでグイグイと押してくる。

 もちろんグロリエンとしてはヘルミーネ以外の女性と婚姻を結ぶつもりは無い。よって事実無根の話なのだが、一人歩きした噂というのは想像以上に厄介なのである。


 それが証拠に早速二人の周りには人だかりが出来上がり、将来の国王と妃を祝福しようとするムードで盛り上がってしまう。


「見て、王太子殿下と白銀の女王よ」

「素敵ねえ、ほんとお似合いだわあ」

「お二人はいつご婚約なさるのかしら?」


(ヤバい……これはヤバいぞっ!)


 こんなところをヘルミーネに見られたら変に誤解されかねない。今すぐアグネスに回された腕を振りほどきたいが、紳士たる者としてそれは出来なかった。

 とにかく今はヘルミーネに見つからない事を神に祈り、何とか自然にアグネスとを遠ざけようとグロリエンは焦る。


 しかしまあ神は意地悪が大好きなのだろう。まるで演出されたかの様にして、その場にヘルミーネが現れてしまった。


「へ、へ、ヘルミーネっ!」

「何ですかグロリエン様。素っ頓狂な声で私の名前を呼ばないで下さい……って、あら」


 ヘルミーネの作ったその一瞬の沈黙は、グロリエンに大量の脂汗を流させるのには十分な時間であったようだ。

 公平に言ってべつにグロリエンはやましい事をしているワケではない。だが彼の肘に巻き付けられたアグネスの腕が、気まずい空気を作っているのも事実である。


「た、確かに素っ頓狂だったね……あはははは、は」


 だからグロリエンは気まずさを誤魔化そうとして、とりあえず笑ってみせたのだろう。

 しかしその乾いた笑い声は、いとも容易くヘルミーネの沈黙の中へと吸い込まれて消えた。それくらい今の彼女の沈黙には迫力がある。


 その迫力を持ったままヘルミーネはニッコリと微笑むと、貴族令嬢らしくカーテシーをしてグロリエンへ丁寧な挨拶をした。


「グロリエン王太子殿下、本日はお招き下さいまして光栄に存じます。お話なども致したいところではございますが、どうやらお邪魔なご様子。なので失礼致しますわ」

「えっ? あ、ちょっ?」

「アグネス様もごきげんよう」

「ごきげんよう、ヘルミーネ様」


 まるで何も無かったかの様なヘルミーネの態度に、グロリエンは思わず身震いする。

 笑顔で挨拶する彼女のその目が笑っていなかったからだ。


「うっ、ヘルミーネ……」


 立ち竦んだグロリエンをちらりと横目で見たヘルミーネは、彼を無視して足早にその場を後にする。


(なによ、馬鹿みたい──)


 本当を言えばヘルミーネは全力で走ってその場から消えたいほど、強くショックを受けていた。

 しかし走るのは貴族令嬢として無作法である。ゆえに小走りしてその場を離れるのが精一杯だ。


(この前の喧嘩の仲直りをしようと思って来たのにな。なのに何で私は逃げ出したりしているんだか……)


 ヘルミーネは小走りしながら唇を強く噛むと、段々とその感情が昂っていく。


(アグネス様とグロリエン様の噂くらい知っていた事じゃない。なのにヤキモチなんか妬いてる私って……ほんと惨めだわ!)


 小走りではあったがもはや小走りではあり得ない猛烈な速度で、ヘルミーネは王宮の庭園を抜け去っていく。その道の周りにある物も人をも、全てを吹き飛ばしながら。

 果たして彼女はいま自分が無意識に筋力強化を使っている事に、気づいていたであろうか。おそらく気づいてはいまい。


「うわっ危ないぞっ、みんな避けろ!」

「ひえっ、古今無双の公爵令嬢がなぜこんな破壊活動を!?」

「た、竜巻か!?」


 庭園のあちこちから聞こえてくる悲鳴は、感情が昂っている今のヘルミーネには届いていないようだ。ただただ一心に小走りし続けている。

 やがて辺りに誰も居ないガゼボを見つけたヘルミーネは、ようやくそこで立ち止まると小さく息を吐く。


「ふぅ……」

「わぁ、庭園の木がボロボロだぁー」


 確かにそこには誰も居ないはずだった。なのに人の声がした事でヘルミーネは驚き、「ひっ」と小さく声を上げる。

 だが彼女はその声の主を知っていた。そして案の定、その者の姿をそこに見た。


「エ、エリスンなの!?」

「うん、エリスンだよぉー」

「ど、どうしてここに? って、もしかして隠形の加護を使ってた?」

「使ったよぉー」

「はぁ、驚かさないでよね……」


 ヘルミーネがエリスンと呼んだこの女性は、本名をエリスティア・フェンバードという。その名が示す通り王家の王女でありグロリエンの妹でもある。

 エリスティアとヘルミーネは同じ歳という事もあって、お互いをエリスン、ヘルミンとあだ名で呼び合うほどの仲良しであった。いわゆる親友同士だ。


「驚いたのはこっちの方だよぉ。このガゼボでボーッとしていたらぁ、向こうからシャカシャカと変な走り方した猛獣がこっちに突っ込んでくるんだもん。だから怖くて隠形で隠れたんだよぉー」

「ねえ、その猛獣って私のこと?」

「うん、多分そうー」


 エリスティアの使った『隠形』とは彼女が神から授かった加護の事である。

 姿を隠せるその異能により他人を驚かすのが大好きなエリスティアも、今回ばかりは自分の方が驚いて身を隠したらしい。


「あのねぇヘルミン」

「なにかしらエリスン」

「この庭園を見てぇどう思うー?」

「庭園がどうしたの?」


 するとエリスティアはヘルミーネが小走りしてきた跡を指差した。

 そこには花壇の花や剪定された木が、無残に薙ぎ倒された一本道が出来上がっている。


王宮ウチの庭園って造園に結構お金がかかってるんだよねぇー」

「そ、そうだろうね」

「だからぁ、弁償してくれるよねぇ?」

「はいっ、すみませんでしたあ!」


 笑顔で弁償を求める親友のエリスティアに、ヘルミーネは深々と頭を下げた。

 一体その金額はいくらになるのだろうかと、戦々恐々としながら──

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