ついてない配信者、ダンジョン配信していたはずが何故か脱出ゲームに巻き込まれる

鈴木空論

第1話 謎の場所に飛ばされて

 ダンジョンの中。

 二、三人の大人がギリギリ並んで歩けるかどうかというくらいの、レンガ積みの狭い通路。

 そんな道を歩き続けていた配信者のショウは、ふと立ち止まって呟いた。


「……ねえ、これひょっとしなくても詰んでるよね?」


 するとショウの頭上で浮遊していた配信用カメラのスピーカーから、リスナーたちのコメントが人工音声で読み上げられた。


“詰んでるっぽいね”


“ここまで普通にただの一本道だったしなあ”


“マップ見た感じ脱出手段なさそう”


 ショウは手に持った端末に表示されているマップアプリに目を向ける。

 ダンジョン探索者用に開発された、マップの探索済み部分を黒塗りで表示してくれるアプリだ。


 そのアプリによると、現在ショウがいるフロアのマップは次のような形をしていた。

 壁が白(□)、通路や部屋は黒(■)だ。



□□□□□□□□

□■■■■■■□  階層:???階

□■□□□□■□

□■□□□□■□   ★:あなたの現在地

□■□□□□■□

□■■■★■■□

□□□□□□□□



 四角形である。

 通路だけで構成された、長方形のドーナツみたいなシンプルなフロア。

 イレギュラーな方法で侵入してしまったためか元々特殊な場所だったのかは知らないが、階層の表示はバグっておかしくなっている。


 このフロア内には幸いモンスターはいなかったが、一方で使えそうなアイテムも何一つ転がっていなかった。

 そして他に枝分かれするような道もなく、肝心の出口もない。


 これではここから出られない。どこにも行けない。

 壁の中にいるのと同じだ。


“俺、上級ダンジョン挑めるくらい何度も探索してるけどこんなフロア初めて見たぞ”


“私も。ここへ飛ばされた時点で脱出する術が無さそうだし、このフロアの存在そのものがトラップということなのかしら”


“他の探索者すら知らないとかすげえ珍しい詰み方したんだな。運が良いのか悪いのか”


“間違いなく悪いだろ”


“いや、撮れ高って意味じゃ豪運なんじゃないの?”


“そうだな。ショウの配信ずっと見てるけど全然飽きないわw”


 リスナーたちは面白がり雑談に花を咲かせる。

 対してショウは不満そうに溜め息をつく。


「あーあ。今回こそはこのダンジョン制覇できると思ったのになあ……」


“確かに惜しかったね”


“俺も今回で初級クリアすると思ってたわ”


“実力はあるものね。致命的に運が悪いだけで”


“お前本当前世で何やったの”



 そうなのだ。

 現在ショウが挑戦しているダンジョンは難易度で言えば一番下のEランク――つまり初心者向けのダンジョンなのだが、ショウの実力を考えればこんなところ当の昔にクリアしてもっと上位のダンジョンに挑戦していてもおかしくなかった。


 それがどうして未だにEランクのダンジョンで足止めされていたかというと、ここぞという場面でいつも有り得ないような不運に見舞われ、撤退を余儀なくされていたためだった。

 ショウは人と比べて異常なほどに運が悪いのである。


 今回この謎の場所へ飛ばされてしまったのだってそうだった。


 ここへ来る直前まで、ショウは順調に探索を進めていた。

 そしてもうすぐ最深部というところまで辿り着いていたのだが、そこでモンスターの一団に遭遇した。


 中級ゴブリンであるソードゴブリンとハンマーゴブリンで構成された十匹ほどの群れ。

 ショウはセオリー通りに狭い通路へ逃げ込み、挟撃されないよう気を付けながら一匹ずつ相手をしていった。


 だが、何体目かのソードゴブリンと戦っていた時だ。

 遠くにいたハンマーゴブリンがショウに向かってハンマーを投げてきた。


 ところがハンマーゴブリンの狙いは外れ、ハンマーはショウではなくショウと戦闘中だったソードゴブリンの後頭部を直撃。

 ソードゴブリンは悲鳴を上げたあと、ショウのことなどそっちのけで怒りの表情を浮かべながら背を向け、ハンマーゴブリンに向かって力任せにハンマーを投げ返した。


 しかしそのソードゴブリンは投擲スキルが低かったらしい。

 ハンマーは持ち主のハンマーゴブリンとはまるで見当違いの方向へ飛んで行った。


 そして、そのハンマーの向かった先には見覚えのある罠が設置されていた。

 ワープ水晶の罠という名前の罠で、台座の上に置かれた水晶に衝撃を与えることで発動し、罠の周囲にいた者全てを別の場所へ強制的に移動させてしまうという罠である。


 まずい、と思ったときはもう手遅れだった。


 ハンマーは見事水晶を直撃。

 罠の発動により辺り一面がまばゆい光に包まれ、ショウは次の瞬間には剣を構えたままたった一人でこの謎の四角い通路フロアで立ち尽くしていた、というわけだった。


 要するに、今回は敵が勝手に起こした仲間割れのとばっちりのせいで詰まされてしまったのである。



 ショウにとってはこういったトラブルは珍しくない。

 ほぼ毎回大なり小なりの不運に見舞われているので慣れっこではある。


 とはいっても、ゴール目前というところでこの終わり方はさすがにショックだった。


“まあ仕方ないさ。切り替えていけ”


「……だね。それじゃ今回の探索もここまでかな。次に挑戦するときもまた配信するつもりだから、良かったらまた見に来てね」


 ショウはカメラに向かって軽く手を振り、配信終了を告げた。

 それからアイテムボックスに手を突っ込んで先程ゴブリンたちと戦ったときの剣を取り出すと、それを横に構えて自分の首元へ持っていく。


“おつ”


“今回は惜しかったな”


“次も期待してる”


“おつおつ~”


 ショウの様子は自害しようとしているようにしか見えなかった。

 だがリスナーたちは誰一人それを止めようともせず呑気に挨拶をしているし、ショウ自身も平然とした顔である。


 少々異様な状況だが、これはダンジョン配信ではありふれた光景だった。


 このダンジョンでは探索途中で倒れると挑戦者はダンジョン突入時と同じ状態にリセットされてダンジョンの入り口前に戻される。

 そのため、探索を諦める場合はさっさと自害するというのがお手軽な帰還方法の一つなのだ。


 いわゆるデスルーラというやつである。



 だが、ナイフの刃がショウの喉に触れる寸前、リスナーの一人が言った。


“ちょっと待った。自害する前にもう一度そのフロアを調べてくれないかな”


 ショウはナイフを握る手を止めてカメラを見上げる。


「どうして?」


“どうも違和感があるんだ。ひょっとしたらそのフロア、ちゃんと出口が用意されているのかもしれない”

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