世話焼きのシャトーメデルギウス
はた
第1話「青空」
私はワインが特産の村の酒蔵の使用人。
この村のシャトーメデルギウスと言えば、なかなかに名の知れた一品で、村おこしの起爆剤になっている。
私は今日、このワインを毎年心待ちにしている、とある夫婦の元に届けるために車を走らせていた。空は青く澄み渡り、カーラジオからはカントリー音楽が流れ、まさに平和そのものの光景だ。
しかし、一昔前までは隣国と戦争が絶えず、焼け焦げた荒地と立ち上る黒煙が、日常の風景だった。
その戦争でお互いの国の「最高戦力」と呼ばれる二人がいた。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
私はこの二人にまつわる武勇伝をよく知っている。
西国の『千本槍』のキャロライン。
東国の『冥斧』のダーコート。
この二人は演劇化されるほど逸話が多い。キャロラインは女性とは思えないほど、とにかくタフで、冗談抜きで三日三晩戦い続けて、武勲を上げていた。
逆にダーコートは思慮深く、冷静沈着に作戦を遂行する。
実は二人の二つ名は、演劇用に作家が勝手にあてたもの。それもそうだ。銃火器が主力の現代に、槍や斧は使われない。
だが、演劇の肝は戦闘ではなく、長い間戦って来た二人のラブロマンス。二人は実際、終戦を迎えると恋人となり、ついには結婚してしまった。今は小高い丘の、桜の樹の下の一軒家に住んでいる。
私が今日、ワインを届けるのはまさにこの夫婦。今では私も彼らのいい茶飲み相手だ。
丁度良くラジオの曲も終わり、彼らの家に辿り着いた。二人は家先で出迎えてくれていた。
どうやら、心待ちにしていたようで、車を止めるとこちらに駆け寄ってきた。
◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇
「やあ、今年もよく来てくれました。お元気そうで何よりだ」
そういって出迎えてくれたのは、旦那さんのダーコート氏。いつも物腰柔らかく、温厚な立ち振る舞いには紳士という言葉が相応しい。
それに対して、
「いらっしゃい!!中でラビオリ茹でてるから、一緒にいかが?今回も自信作よ」
こちらは妻のキャロライン夫人。豪快で竹を割った性格が、いつも清々しい。
「おいおい、ほとんど僕が作って、君は茹でただけじゃないか」
「だまらっしゃい!!あ、もうすぐエスメルが帰って来るわね」
指摘するダーコート氏を圧でねじ伏せたキャロライン夫人。結婚してからずっとカカア天下だそうだ。…不憫でならない。
「…いいよいいよ。どうせいつも僕が悪いんだ…」
ここまで行くと、すねるを通り越して卑屈。これには夫の方にも、威厳が足りないように思える。彼にも問題がありそうだ。だが、これでも夫婦仲はとてもいい。これが二人のスタンダードなのだ。
ともかく私はシャトーメデルギウスの白の瓶と、試飲用のグラスを取り出し、コルクを開けグラスに注ぐ。
そして夫人がグラスを手に取り、掲げて色を見定める。
「いつ見てもメデルギウスの色はいいわね、惚れ惚れするわ」
「…君がワインの色を見分けられるとは思えないが」
「…何?」
知ったかぶる夫人を揶揄する旦那。しかし、一言で一蹴されてしまった。旦那が明らかに小さくなったように見える。
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