29話 深夜のメロディと脳内の喧騒



「……さて、始めるか。」


みんなとの通話を切ったあと、俺は机の上に肘をつき、ため息をついた。

時計を見ると、もう午前2時を回っている。

静かな夜。

部屋にはPCの冷却ファンの音だけが響いていた。


モニターの中には、まだ空っぽのDAW(音楽制作ソフト)。

そこに書かれた仮タイトル――

『自己紹介ソング(仮)』。


「仮のままで終わりそうなんだよな……」


さっきの会議のメモを開く。

拳王:鼓膜

青藍:低俗

ミラ:チョコ

ルリ:ヒロイン

俺:現実逃避


「……どうしろってんだ。」


とりあえずピアノを打ち込む。

テンポは速め。明るい。

けど、どこかバカっぽい。


「いや、これじゃ“糖分過多”だな。」


テンポを落とす。

お洒落めなシティポップ調。

でも、歌詞が“鼓膜”と“ヒロイン”じゃあ台無しだ。


「……お前らのせいでジャンル迷子だよ。」


頭の中で、彼らの声が蘇る。


『鼓膜が破れる、それが愛や!!』

『低俗とはいえ、笑いましょう?』

『チョコと恋は似てるんだよぉ♡』

『だってヒロインだもん?』


「うるせぇ……」


と思いながらも、

その声にどこか安心してる自分がいる。


気づけば、指がキーボードの上を滑っていた。

軽いベース。跳ねるドラム。

ギターは少しジャキっと。

そしてピアノでコードをなぞる。


思っていたよりも自然に進む。

さっきまでの混沌が、音の中でちゃんと“形”になっていく。


「……あぁ、やっぱ、こういうの作るの好きなんだよな。」


モニターの端には、通話の履歴。

笑い声の波形がまだ残っている。


「このテンション、形にしてぇな……」


俺は新しいトラックを立ち上げ、タイトルを変えた。


“LyR1c BeAt - これからの日常”


ピアノが、夜の空気を切るように鳴る。

コードがループするたびに、みんなの声が頭の中で混ざり合っていく。


“糖分も、鼓膜も、低俗も、ヒロインも——”


「全部、音にしてやるよ。」


夜明け前。

モニターの前で背を伸ばすと、画面の波形が一瞬だけ光った。


そして、保存ボタンを押す。

「完成度はまだ30%」

けど、それでも少しだけ、胸の中が温かかった。

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