第21話 男とは
そうして二人が入ったのは、村一番の酒場。
旅の冒険者なども多数訪れる店だ。
セレスはここで夕食をとりつつ情報収集を行おうと考えていた。
冒険者がよく足を運ぶような酒場には、色んな場所の色んな情報が集まってきやすい。
所詮は酒の席の取るに足らない話がほとんどだったりするが、時に意外な情報を掴むことがあるのも事実だ。
「この前来た時もそうだけど、結構賑わっているわね」
二人はレードを端にしてバーカウンターに並んで座った。
さっそくセレスは店員を呼び、注文を取りつつ質問を投げてみる。
「ところで、先日この村に討伐軍がやって来たわよね?」
「討伐軍?なんの話?」
若い男性店員は聞き返すように答えてきた。
セレスは「え?』となる。
「先日、この村に王都で編成された討伐軍がやってきたでしょう?」
「そんなの来てないっすよ?」
「いや、来てるはずだが」
「別の村と間違えているんじゃないっすか?」
「そんなことは......」
セレスが困っていると、ひとつ空けて隣の席の髭面の男が顔を向けてきた。
「あんた、冒険者?」
「あ、はい。そうです」
「若そうだし、新人か?」
ローブの中からセレスの小さい顔が可憐に覗いていた。
「まあ、そんなところです」
「おれはこの村のもんだが、討伐軍ってなんだ?」
「魔物の森の怪物を討伐するために編成された部隊のことです」
「戦争中の話か?」
「つい最近の話です」
「はあ?どこで聞いた噂だよそりゃ。そんなのデタラメだよデタラメ」
「でも」
「よくある話だ。新人の冒険者を捕まえてデタラメ吹き込むんだ。まあ気にすんな。よくあることだ」
髭面の男は面白がって笑いながらグラスを口に運んだ。
セレスは引き下がったが、疑念でいっぱいになる。
「一体どういうことなの?」
「アリス、どうした」
不意にレードが口をひらいた。
セレスは腕を組みながらレードを見る。
「貴方も聞いていたでしょ?」
「聞いてない」
「ああ、そう」
やがて酒食が運ばれてくると、セレスは再び周りの人間へ話を振ってみた。
しかし、返ってくる答えは一緒だった。
「意味がわからない」
セレスは狐につままれた気分になる。
料理を口に運んでも味を感じられなかった。
ただただ不可解でならなかった。
「そろそろ出るわよ」
食事も終わり、セレスが席を立って会計しようとすると、意外なことが起こった。
いきなりレードがセレスの腕を引っ張ってきたのだ。
「え、なに?」
振り向いたセレスに、レードが懐から金貨をじゃらんと出して見せた。
「俺がおごる」
「え?」
「俺がおごる」
「な、なに、いきなり。それに貴方、なんでそんなにお金を持っているの?」
「エルがくれた」
「そ、そうなのね(おこづかい?)」
「レオルドが、メシは男が女におごるもんだって」
「あの魔人が貴方に教えたの?」
「だからおごる」
「そう。悪くない心がけだとは思うけど......私に対しては必要ないわ」
「なぜだ?」
「なぜって、あの、レード」
「なんだ?」
「私、女と言っても、ただの女じゃないのよ?」
セレスは剣の柄に触れた。
「アリスは男だったのか?」
「そうじゃなくて」
「俺がおごる」
レードはそう言って聞かなかった。
セレスはどうしていいかわからない気持ちになり、仕方なく譲歩した。
「わかったわ。ご馳走になります」
「食べ物になるのか?」
「違う。奢ってもらうってこと」
「観念したか」
「観念って......」
レードが支払いを済ませ、二人は酒場を後にした。
宿屋に着く。
二人分の部屋を頼むと、宿の主人がぎょっとした。
「俺がおごる」と言ってレードが大金をドサッとカウンターに置いたからだ。
「ちょっと、おにーさん、そんなにいらないよ」
「ちょちょちょっと待って」
セレスが慌てて金をしまわせた。
レードはきょとんとする。
「ここはタダなのか?」
「違うけど、そんなにはいらないわ」
「じゃあいくらだ。俺がおごる」
「そこに書いてあるでしょ。あと、別に奢らなくてもいいから」
「なぜだ?」
「だって私もお金持ってるし」
「でもエルが言ってた。宿は男が奢るもんだって」
「......ちなみに、その理由はなんて言ってた?」
「男は金を払い、女は体を払うって」
レードは真顔で言い放った。
一瞬呆気に取られてから、セレスの顔面にはひくひくと怒り印が浮かび上がる。
「あんのエロ魔女め......」
そこへ宿屋の主人がトドメを刺すように気を利かした。
「部屋はひとつにしましょうか」
「しない。部屋はふたつだ」
セレスは鬼の形相で主人を睨みつけた。
人を殺しそうな彼女の眼つきに、主人の額から冷や汗がたらりと流れ落ちた。
闇の子まどいし光の子~暗黒魔導師と勇者の物語 根上真気 @nemon13
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