第18話 出発

「準備は終わった。いつでも出発できる」


 何事もなかったかのようにしれっとレードが言う。

 呆気に取られるセレスへ、エルフォレスが微笑みかけた。


「レードには予め周辺をチェックしてもらったのです。どうやら問題はなさそうですね」


「そ、その前に、彼は今なにをやったの?」


「これが暗黒魔導師の力です。セレスちゃんの強力な助けになると思いませんか?」


 首肯しゅこうせざるをえない。

 あそこまで強大な力を持った魔導師など、エヴァンス以外に見たことがない。

 しかもレードの扱うのは、極めて異質な闇の魔力。

 底の知れなさで言えば、賢者の称号を持つエヴァンスをも凌ぐかもしれない。


「暗黒魔導師の力、認めるわ」


 セレスは剣を納めると、魔人を睨みつけた。


「なんだ?嬢ちゃん」


「貴方、私を試したのね」


 魔人はやんちゃな顔つきで笑った。


「オレはエルとはちげえからな。拳で試してみなきゃわからねえ。だが今のでわかったぜ。嬢ちゃんは本物の勇者だ」


「私の方こそわかったわ。古の四天王とやらの実力の片鱗を」


「あんなもんは全力じゃねえってのはわかってんだな」


「ええ」


「一応言っとくが、エルも同じぐらいの強さを持ってるからな」


 魔人は梟へ視線を送る。


「あら、ワタクシは貴方みたいに野蛮ではなくてよ」


「野蛮ではねえが、お前の場合オレよりタチ悪いだろ」


「さて、何の話かしら。フフフ」


 セレスは改めて魔女と魔人と暗黒魔導師について考えた。

 彼らが先の戦争に参加していたら、果たしてその結果はどうなっていたのだろうか。

 また一方で、いかに自分が世界を知らないかを突きつけられた気もした。

 もちろん世の中には色んな者がいるのは知っている。

 今までにも、人間に馴染んだ魔族や、魔王側へついて敵対した人間などもいた。

 世界も善悪も単純ではない、というのは理解している。

 しかし、エルフォレスやレオルドやレードを見ていると、それ以上に既成概念や固定観念を破壊された心持ちになってくる。


 勇者セレスは強く思った。

 もっと世界を知りたいと。





 ともあれレードが戻り、準備は整った。

 エルフォレスはふわりとレードの傍へ舞い降りると、セレスへ言った。


「あの男の居場所に当てはあるのですか?」


「いったん王都に行ってみるわ。あんな事件を起こした張本人がまだいるとは思えないけれど、情報収集も兼ねて王都の様子を確認したい」


「すでに〔エテルニタス〕にはいないのかもしれないですね」


「確かに国外に逃げたと考えるのが妥当ね。エヴァンスなら容易だろうし」


 ここでセレスは改めてエルフォレスに向き直る。


「セレスちゃん?」


「エル。命を救ってもらったこと、本当に感謝するわ」


「もういいですよ。それに感謝はレードに言ってあげてください」


 セレスは頷いたが、隣のレードはそっぽを向いて欠伸をしていた。


「それともうひとつ」


 セレスは確認するようにエルフォレスとレードを交互に見た。


「いつここに戻れるかわからないのに、本当に彼を連れていっていいの?」


「大丈夫です。レードには予め伝えておいたことですし」


「あらかじめ?」


 エルフォレスはそれには答えず、優しい口調で続ける。


「それに......これはレードにとっても大きな意味を持つ旅となるでしょう。この子のことを想えばこそ、勇者であるセレスちゃんと行かせてあげたいのです。セレスちゃんになら、ワタクシも安心して預けられます」


 ここでセレスは「ん?」となる。


「あの、元々の話では、私への助力として彼を一緒に行かせるということだったわよね。でも今の話を聞くと、むしろ彼の成長のために行かせて私に面倒見ろというふうにも聞こえるのだけれど......」


「気のせいです」


「本当に?」


「はい。多分」


「たぶん??」


「行ってらっしゃいませ」


「ちょっと待って」


「行ってらっしゃいませ!」

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