第16話 わからないことだらけ
出立は翌日となった。
セレスはすぐにでもと言い張ったが、エルフォレスがそれを止めた。
「一晩休んで体力を回復させてからのほうが良いですよ。それに勇者様。今はむしろこの状況を利用すべきです」
「どういう意味?」
「敵にとって、今の貴女は生死不明の状態です。時間が経てば、もはや死亡したと思われるでしょう。つまり、慎重にいけばこそ裏をかくことが可能なのです」
確かにな、とセレスは思った。
もちろん勇者の死亡の事実による世界の混乱は予想される。
しかし、そうなればこそ隠密な行動は取りやすい。
エヴァンスの目的や計画の何もかもがさっぱりわからない以上、今はむしろ自分の存在は消してしまうぐらいが良いのかもしれない。
マイルス以外の共謀者もいるという前提で動いた方が良さそうだ。
「わかった。今夜はしっかり休むことにするわ」
セレスが装備を外すと、エルフォレスはにっこり微笑んだ。
それからセレスは食事を振る舞われた。
洞窟の一箇所が簡易的な調理場のようになっていて、不思議な器物に水や食材も保管されていた。
そこでレードが調理をした物だった。
「食え」
レードはぶっきらぼうに器と食器を差し出す。
しかし態度とは裏腹に、料理自体はちゃんとした物だった。
「いただきます」
肉や野菜をふんだんに使った栄養たっぷりのスープは、セレスの身体を優しく温めた。
「不思議な洞窟ね」
再び毛布にくるまって横になったセレスは、洞窟の天井を眺めながら呟いた。
離れた所でレードも横になっている。
エルフォレスは梟になって視界の外のどこかへ消えている。
「わからないことだらけね......」
エヴァンス以外にも気になることはたくさんあった。
だが、眠りに落ちるまでに大して時間はかからなかった。
やっぱり、疲れているのね、私......。
翌日。
目を覚ましたセレスが早々に支度をしているところに、茶色い梟がふわりとやって来た。
「おはようございます。アリスちゃん」
セレスはぎょっとする。
「あ、あの、幻惑の魔女エルフォレス?」
「ワタクシのことは『エルたん』とお呼びください」
「な、なんなのいきなり??」
唐突に距離を縮めてくるエルフォレスにセレスは戸惑った。
「それとも『エルっち』がよろしいですか?」
「いやそういう問題じゃなくて!」
「ではどういう問題ですか?」
「わ、わかったわ、わかったから」
セレスは諦めたようにハァーッと吐息を吐いた。
「じゃあ貴女のことはエルと呼ぶから。それでいい?」
「わかりました。アリスちゃん」
「ただし!そのアリスちゃんというのはやめて。ムズ痒くてしょうがない」
「ではなんとお呼びすれば?」
「セレスでいいわ」
「セレスちゃん」
「もうそれでいいわ。で、何か私に用があったのでは?」
「はい。出発する前に、見ていただきたいものがございまして」
そう言ってエルフォレスは、疑問を浮かべるセレスを洞窟の奥に案内した。
「こ、これは......」
セレスは目を見開いた。
視線の先の目下に、クレーターのように抉れた大きい空間が広がっている。
だが驚いたのはそこじゃない。
「魔物か!」
そこには、大勢の魔物たちがひしめき合っていた。
それは魔物の森で見た有象無象の者どもだった。
「ここは彼ら醜き魔物どもの避難所です」
エルフォレスがセレスに向かって言う。
「ワタクシが彼らを避難させて保護しました」
「......それを勇者の私に見せてしまっていいの?」
セレスはやや試すように訊いたが、エルフォレスは落ち着いていた。
「セレスちゃんには見せておいた方が良いと思いましたので」
「それはどういう意味?」
「直感です。フフフ」
「直感て......」
「さて、そろそろあの子の準備も終わる頃です。もう参りしょうか」
エルフォレスはくるっときびすを返して歩き出した。
セレスはしばらく魔物どもを眺めてから、どうも釈然としないままその場所を後にした。
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