第12話 洞窟

 不思議とぼんやり明るい洞窟の中。

 彼女は目覚めた。


「ん......」


 寝ている地面には厚い布が敷かれている。

 体には毛布がかけられていた。


「いったい私は......」


 次の瞬間、ハッとして上体を起こした。


「討伐軍は?魔女は?そもそもここはどこ?」


 即座に記憶を辿る。

 最後の記憶は......そうだ。

 不意の一撃で、胸を貫かれたんだ。

 地に横たわり動けなくなった私は、それでもわずかに頭を動かして、奴を見た。


 知っていた。

 彼の名はマイルス。

 そう。奴は森の怪物に殺されたはずの男だ。

 遠のく意識の中、奴とエヴァンスが意味ありげな会話を交わしていた気がする。

 私は必死に様々な事を考えようとしたが、すでに思考を働かせることはできなかった。

 私はここで死ぬ。

 この命はもう終わりだと思った時、私は意識を失った......。


「......だけど、私は生きている」


 確かめるように自分の胸を触りながら、どうやって助かったのかと考えた。

 私をここへ運んだ者が、私を救った......?


「やっと目が覚めたか」


「!」


 セレスは跳び上がるように毛布をいで構えた。

 声が聞こえてきた視線の先。

 そこには、暗色の魔導師風の装束をまとった、黒髪の人間の男があぐらをかいていた。

 長身瘦躯そうくの若い青年だ。


「誰だ!」


 セレスが鋭く問いただす。

 泰然たいぜんとしたまま青年は、目を隠しそうな前髪越しに答えた。


「俺は、レード。おまえは、ええと......」


「私はセレスティアリス・ホワイト。光の勇者よ」


「セレスティアリス......長いな。アリス」


「あ、アリス??」


「そこにいろ。エルを呼んでくる」


 レードは欠伸をしながらダルそうに立ち上がり、きびすを返した。


「ま、待って」


「ん」


 セレスに呼び止められて青年は振り返った。


「ここはどこなの?」


「洞窟」


「そ、そうではなくて、魔物の森にある洞窟なの?」


「まあそんなところ」


「私はどれくらい眠っていたの?」


「今があれから三日後の夕方だから、七十七時間ぐらいか」


「そんなに!?」


「良かったな。回復して。じゃあエルを呼んでくる」


「ま、待って。もうひとつだけ今すぐ教えて」


「なんだ」


「私は、貴方に助けられたの?」


 状況からしてそうとしか考えられなかったが、確認しておきたかった。


「俺はエルに言われてやっただけだ」


 青年はぶっきらぼうに答えた。

 セレスはすっと構えを緩め、警戒を解く。


「そう。私は本当に貴方に助けられたのね......」


「感謝ならエルに言え」


「あの、エルって......」


「覚えてないのか?幻惑の魔女エルフォレスのことだよ。あっ、森の魔女って言ったほうがわかりやすいのか」


「幻惑の魔女エルフォレスが、人間の貴方に、私を助けろって言ったの?」


「それはさっきも言ったろ。人の話を聞いてないのか?」


「き、聞いてるけども」


「じゃあバカなのか」


「は?」


「そうか。アリスはバカなんだな」


 レードはひとり納得してうんうんと頷く。


「まあいいや。エルを呼んでくる」


「待ちなさい」


 セレスの雰囲気が変わる。


「なんだよ。まだ何があるのか?」


「訂正しなさい」


「なにを?」


「私をバカと言ったこと。訂正しなさい」


「めんどくさい女だな」


 レードはまったく悪びれない。


「め、面倒臭い女ですって?」


 セレスはわなわなと震え出した。


「なんだ、アリス。どうした」


「どうしたじゃない!」


 セレスは一気にレードへ肉薄して胸ぐらを掴んだ。


「本来は助けてくれた事を感謝すべきだけれどもそれにしたって貴方の態度は失礼すぎる!」


「アリス」


「そのアリスって呼ぶのもやめて。私は勇者セレスよ!」


「寒くないのか?」


「いきなり何を言っている!」


「その恰好で」


「えっ」


 セレスは自分の身体に改めて視線を落とした。

 すると、キャミソール一枚に下着を纏っただけのあられもない姿が確認された。


「け、ケダモノめ!」


 サッと跳び退いてセレスは毛布を手に取った。


「エルを呼んでくる」


 レードは意にも介さずにプイッときびすを返した。


「おまえはそこにいろよ」


 そのまま彼は洞窟の奥へと消えていった。

 

「なんなんだアイツは!」


 ひとり残されたセレスは苛立ちを爆発させた。

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