第3話 事件
* * *
時は過ぎ......。
魔王が勇者に倒されて一年後。
「魔物の森で人が死んだ?」
「そ、そうなんだよ!きっと魔物に殺されたんだ!」
「ばーか。あそこにはもうそんな魔物はいねーだろ。魔物の森なんて名前だけの何の変哲もない森だろーが」
「そ、それがよ。そんなこともないらしいんだ」
男は酒のグラスを置き、やけに神妙な面持ちになる。
騒々しい夜の酒場にはおおよそ似つかわしくなかった。
「なんだよ。妙な顔しやがって」
「お前も知ってるだろ?半年ぐらい前から何度か魔物が目撃されてるってこと」
「知ってるよ。だからって別にたいしたことじゃねーだろ。森にいた強い魔物は全て勇者軍がブッ倒したんだ。仮に残ってるのがいても、せいぜい低レベルの雑魚モンスターだろ。人が死んだってのは、単純に事故がなんかじゃねーのか?」
「おれも最初はそう思って気にしちゃいなかったんだけどさ。これがそうでもないらしいんだ」
「どーいうことだ?」
「死んだ男ってのがよ。まだ若いのに〔漆黒の狼〕とか呼ばれている名の知れた騎士なんだよ。名前は確か......マイルス。なんでも王国騎士団の将来の騎士長として期待されていたらしい。つまり、とてもじゃないが雑魚モンスター程度にやられるような男じゃないんだ。事故ってのも考えにくいんじゃないか」
「じゃあなんだ?どうして死んだ?」
「それがよ......」
男は一度、間を置き、口をひらく。
「森の怪物にやられたんじゃないかって話だ」
相手の男の手に握られたグラスが、口元に行く前に止まった。
「森の怪物?それってまさか...村の言い伝えににある、森の魔女の使いの、熊の怪物のことか?」
「そうだよ」
「いやいや待て待て。そもそも、森の魔女の存在自体があやふやなモノなんだぞ?熊の怪物もだ。今となっては村民のおれたちも、森の自然を守るために祖先たちが残した、まことしやかな伝承としか思ってないだろ。実際、軍の連中もそんな魔物はいなかったって...」
「お、おれに聞かれたってわからねえよ」
「しかも一年前に魔王も倒されてんだ。そんなデタラメ信じられるわけがねえ!」
「その通り。僕も最初は信じられなかったよ」
「!!」
驚いた男二人の横に、いつの間にか知らない男が立っていた。
「しかしどうやら本当らしいんだな〜これが」
王都の名のある知的な魔導師といった出で立ちの、スラリと背の高い青年が意味ありげに微笑した。
縁なし眼鏡の奥にある糸目は、優しそうであり、強かそうにも見える。
「だ、誰だよ、あんた。その身なり、村のもんじゃないな」
「うん。この村にはちょっと立ち寄っただけだよ」
「いやそんなことより、さっき言ったのはどういうことだ?」
「森の怪物に人が殺されたって話かい?」
「あ、ああ。本当だって言ったよな?」
「本当だよ。王都から討伐軍が編成されて、直に森の怪物へしかるべき処置がなされる予定だからね」
「王都から討伐軍!?しかるべき処置!?」
男二人は思わず立ち上がっていた。
店内がどよめき出す。
そんな中、酒場に一人の者が入ってきた。
「ちょっとエヴァンス。こんな所で何をしているの?」
その者は美しい金色の長髪を
明らかにこのような田舎の村酒場には相応しくない、凛々しくも
「お、おい。あれって......」
次第に店内のどよめきが騒然としてくる。
皆、酒食の手を止めて、彼女の姿に目を奪われる。
魔導師風の男はわざとらしく彼女に会釈した。
「やあ、これはこれは勇者様」
「フザけて誤魔化さないで。戻るわよ」
「相変わらず勇者セレスティアリス様はお堅いなぁ」
「それなら賢者エヴァンス様は相変わらず勝手ね」
「せっかくだからここで一杯飲んで行こうよ」
「何を言ってるの。まわりを見なさい」
セレスに言われ、エヴァンスは店内をぐるっと見回した。
「あー、これは完全に君のせいだよ。セレス」
やがて彼女らを眺めるギャラリーから、火山が噴火したように
「勇者様だぁ!勇者セレスティアリス様だぁ!」
「もう一人は、英雄の右腕と言われた、賢者エヴァンス様か!?」
平凡な村酒場に突如現れた英雄とその右腕。
酒場は熱狂に包まれた。
勇者セレスは、ハァーッとため息をつく。
「貴方のせいよ。エヴァンス」
「まあいいじゃないか」
賢者エヴァンスは悪びれもなく愉快に笑った。
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