ナンバーフォーに挨拶を
虚空
第1話 ナンバーフォーとコイン
ネオンがきらめき、暗い世界を仄かに照らす。
ここは宇宙の名もない星。
名もない星と言っても、それは星々の数があまりに多いからであって、開拓が進んでいないとか余りにも辺境の星と言う訳ではない。
他の星々と同じように人々が住み、観光地があり、それなりに賑わっている。
ネオンの灯りと人の熱。一日のほとんどが夜のこの星で、それはなくてはならないものであり、それこそ雛鳥が誰に教えてもらうでもなく空を飛ぼうとすることと同じくらい、当たり前にそこにある。
ネオンの光を下から見上げ、人にもまれるのもいいだろう。ただ、それは空を飛んだことのない者の考えだ。一度空からの眺めを知れば、戻れる者などそういない。まして、権威やムードなどという目に見えないものに縛られているなら尚更。
「いいか。一二の三だぞ」
ワインレッドのスーツを着た男が一人、レストランの入り口から怪しまれないように中を伺っていた。
ガラス張りの壁からは頭一つ低いビルたちがこちらを羨ましそうに見ている。その先にはただの光の集まりのように思えるキラキラとした場所。実は一つ一つが生きており、生活しているとはまるで思えないちっぽけな光だ。
高層ビルの最上階。そこは普通の人が入れる最後の場所であり、一歩でも入り口に足を踏み入れれば、黒服を着た者が身分の提示を求めてくる。
「分かった。分かった」
甲高い声を発するオウムが一匹。男の肩に乗っていた。オレンジのお腹と青い羽が綺麗なオウムである。
この場にはひどく不釣り合いな一人と一匹であり、さっきから黒服が睨んでいるのだが、当の本人たちは気づいているのかいないのか、男はオウムに話しかける。
「いいか。コイン、お前が変なこと言い出さなきゃこんなことにはなってねーんだぞ」
コインと呼ばれたオウムは、どこか笑いをこらえているような顔で頷く。
「何笑ってんだよ」
「フォーはバカ。フォーはバカ」
フォーとは男のことらしい。オールバックにセットしてあったであろう黒髪が、目にかかってきたのでグイッとかき上げてから、赤い顔で反論する。
「違うし。俺はあえて、引っかかってやったんだ」
「騙されてた。騙されてた」
「なんだと。どこにそんな証拠があるんだ。言ってみろよ」
「財布取られた。財布取られた」
「ぐぐ……」
コインはフォーを黙らせると、嬉しそうに一声上げる。
「チェリーボーイ。チェリーボーイ」
「こ、この! 言わせておけば!」
フォーは肩に乗るコインを掴もうとするが、その右手よりも早くコインは羽ばたいて、頭上をグルグルと旋回する。
「チェリーボーイ、チェリーボーイ。女に騙された。女に騙された」
「くそっ。黙りやがれ。チクショウ、非常食にすんぞ」
嬉しそうに飛び回るコインをジャンプして捕まえようとするが、さすがは高級レストランの入り口。天井が高く人の届く距離ではない。
そして、さすがは高級レストランと再び言わねばならない。
黒のタキシードを着たボーイらしき人間が現れ、フォーの目の前に立つ。
「申し訳ありませんが、他のお客様の迷惑になります。早々にお引き取り願います」
頭は下げるが、目線はフォーから外さずに言い切る。
「怒られた。怒られた」
「コイン。てめーのせいで怒られてんだよ」
「出口はあちらにございます」
何か言い返す前に、ボーイが語気を強く言えば、エレベーターの前に立つ女性がボタンを押す。すぐにエレベーターが開いた。
ボーイは有無を言わさぬ目で、フォーを睨む。
堅気とは思えない迫力だが、フォーは一度コインを見上げると、再び垂れ下がってきた前髪をかき上げる。
ボーイが何か言おうとした途端。
「一二の三!」
「突撃、突撃」
「あっ、俺のセリフだぞ」
そう言うが早いか。コインはすいーとレストランの中へと入っていく。同時に、フォーもボーイの横をすり抜けレストランへと入ろうとする。
三度目となるとさすがにうんざりされるだろうが言わせてほしい。さすがは高級レストラン。危険そうな人物がいると分かった時から控えていたガードマンが立ちふさがる。
頑丈な体を持つトカゲ星人に、タコをそのまま大きくしたタコ星人である。
戦い慣れているガードマンと格闘しながら、フォーは叫ぶ。
「邪魔すんなよ。俺はあそこの女に財布取られてんだ!」
それは、数時間前のことである。
◇
薄暗い店内に、鍵盤楽器の優しい旋律が流れる。それにあわせるように控えめなベース。他の楽器を消さないサックスにトランペット。脇役だがいなくてはならないドラム。カウンターから氷のすべる音が聞こえる。
お洒落なバーにはジャズが似合う。
それは人類が宇宙へ飛び立ち、星々に住み始めても変わらない。
だが、それだけではなかった。宇宙に住み始めて数千年も経てば、音楽は形を変える。
演奏しているステージにはジャズに似つかわしくない。いかにもロボットであると主張するロボットが立っている。音楽に合わせ、不思議な電子音を混ぜ合わせていた。初めは不快に思うかもしれない。しかし、すぐに脳の波長が合わさり、この電子音がなければ物足りなくなるだろう。
薄暗い店内に淡い照明。棚に立ち並ぶ不思議な曲線を描いた酒瓶は何かを暗示させ、店内に流れるこの穏やかなメロディーに対し、少しばかり不安になる機械の歌。人肌恋しくなり、声を掛けるが冷たくあしらわれる。
そこで仕方なく店内の端に最初からいる女性に声を掛けるのだ。店と女性とで三・七ぐらいだろう。女性は自分から客引きをしないこと、誘われたら一杯頼ませること、雰囲気を邪魔しないように端にいること。最低限この三つを守っていれば追い出されることはないし、店側もそうゆう客にはそれとなく目配せで知らせる。両者損のない商売が出来るという訳だ。
このご時世。星を跨がなくともいくらでも娼館はあるが、雰囲気を求める客が多いのも事実。暗黙の了解で成り立っているが、最近バーが増えているのはこうゆう理由があったりする。
しかし、流行り廃りはあるもので少し前までは宇宙船の中で重力制御を外し、無重力の中で行うのが通だったし、その前はあえて娼館らしい娼館に行くのが乙な考えとなっていた。
お洒落なバーで口説くというのが、いつまで続くのかは分からない。それでも、その流れに乗るしかない者もいる。
カウンターの端に座る女性もそうであろうか。それにしてはその姿は合っていない。
不健康なほど白い肌に折れてしまいそうな細い手足、凹凸のない身体。くすんだ白い色をした髪は肩の辺りまでぼさぼさと伸びており、目の下にはくまが出来ている。そうでなくても目つきは悪い。
金がないのか、気にしていないのか、それらを隠そうともせず化粧はしていない。服装に至っては、ファッションというよりただボロいだけのズボンに、くたびれたシャツ。その上から黒のジャケットを羽織る。バーというよりはクラブに居そうな雰囲気の女性であった。
一部のマニアには受けるのかもしれないが、ここはそうゆう場所ではない。主な客層は豊かな胸と尻。病的に白い肌ではなく、健康的な顔色。大きな瞳に優しい眼差し。そうゆう女性を求めてやってくる。
飲みに来たにしてもそんな余裕があるとは思えない。もっと安い酒場ならそこら中に転がっている。それなのになぜ彼女はここに居るのか。
店の入り口が開いた。夜の闇に光るネオンと、車の走る音が入ってくる。バーテンは軽くお辞儀をして、グラスを拭く。
入ってきたのは男である。見た目三十を過ぎた頃。いや、もっと若いかもしれない。顔立ちはなかなかの男前なのだが、その雰囲気のせいだろうか。黒の髪をオールバックに、どこで買ったのか全身真っ赤なスーツベスト。それだけならまだいいかもしれない。その肩にはなぜかオウムが乗っていた。
「コイン。約束忘れんなよ。俺が女を落とせたら、お前の秘密を教えるってやつだ」
「分かってる。分かってる」
あざ笑うような声を上げるオウムのコイン。青い羽とオレンジのお腹が綺麗だが、この場所にはひどく似合っていない。というかマナー違反ではないだろうか。いや今の時代、人型以外の客はごまんといる。ただ、人間の男女が楽しむ場所に来るのはあまり見ない。
バーテンは横目にオウムを見つめ、大人しく男の肩に乗っている様子から無視することに決めたようだ。
「何にいたしましょう」
大柄な体に対し、意外にも慎重で丁寧な仕草でカウンター席に座り、甲高い声で言った。
「カモミール。カモミール」
「ばかやろう。カモミールはティーだろ」
甲高い声は、肩に乗るオウムが言ったようだ。男の焦った声が聞こえ、二度三度咳ばらいをしてから、焦った声とは違い随分と低く渋い声を発する。
「マティーニ」
すると今度は、オウムが言い返す。
「酒弱い。酒弱い。やめとけ。やめとけ」
「なっ、俺は別に弱くねーよ。いつも飲まないだけだ」
「カッコつけるな。カッコつけるな」
「う、うるせぇな」
だんだんと声が大きくなってきた一人と一匹に、バーテンは朗らかな笑みを浮かべて、アルコールの低いカクテルを進めてきた。
男の方も、勧められたので仕方なくという風に納得したようだ。
「おい、コイン。余計なこと言うなよ」
「言ってない。言ってない。事実。事実」
電子音の歌が緩やかに流れていく。バーテンは音を立てずにカクテルを作り上げる。
「おっ、これはいい」
一口飲むと、男は気に入ったようで一気に飲み干す。
「これをもう一杯くれないか」
軽く頭を下げるバーテンに、男はポケットから財布を取り出し、紙幣を三枚カウンターに置く。それから何を思ったのかカウンターの端に一人座る、あの白く細い女の方へと向かって行った。
「よお、暇かい」
隣に腰を下ろすと気安く話しかける。女性のくまの出来た鋭い瞳が見つめても動じていないようだ。
「私に用?」
「いや。ただ一杯奢らせてほしいだけだ」
「ふーん」
目つきの悪い女性は、品定めをするように男を上から下までなめるように見る。明らかに怪しい目つきで見られているのに、男は見つめられているということに顔を赤くしていった。
「童貞。童貞」
見かねたコインの煽りにさらに顔を赤くして反論する。
「バカやろう。これはアルコールのせいだ」
「チェリーボーイ。チェリーボーイ」
「コイン。このやろ。少し黙ってろ」
またもや咳ばらいをする。丁度出されたカクテルを一口に飲み干す。それを見ていた女性は薄気味悪く笑っていた。
「あなた達はどこから来たの」
女性の問いにコインの方が早く答える。
「地球。地球」
「地球って、十年ぐらい前に戦争してた。あの地球?」
「そう。そう」
「そうなのか?」
疑問の声を上げたのは、女性ではなく男の方であった。
「なんであなたが驚いてるのよ」
「フォーはバカ。フォーはバカ」
「俺はバカじゃねーよ」
「あなた、フォーって言うのね」
「そうだ。俺の名前は、ナンバーフォー。こいつはコイン。俺の手下だ」
「コインが主人。コインが主人」
「お前、誰が飯作ってると思ってんだ」
「船の操縦。船の操縦」
フォーとコインが言い争いを始めそうなところで、女性が会話に混ざる。
「それで、ここへは何しに?」
「あるものを探してるんだ」
そういってフォーはポケットから黒い指輪を取り出した。
リングに宝石がついているのではなく、リングも宝石も一体化した黒い指輪だ。
「これは黒彩石って言うんだが、知らないか?」
「どうかしら。露店に似たようなものはたくさんあるわ」
「まじか! コイン早速行こうぜ!」
「どうせ偽物。どうせ偽物」
「んなの、実際に見ないと分からないだろ」
「黒彩石は貴重。黒彩石は貴重」
「ふーん。それ、そんなに貴重なの?」
「ああ、俺はこれをもう一つ集めて帰らなきゃならない」
「じゃあここへはたまたま立ち寄っただけってことね」
「そうだな」
「そう。そう」
女性は出されたカクテルを口に持っていく。それは喉が渇いたというより、吊り上がった口角を隠そうとしているようにも思えた。
グラスを置いた女性の唇には微笑が残っている。しかしそれは、嘲るような笑みではなく、アルコールや雰囲気により自然にもたらされた微笑みのように見える。
女性の白く細い指先がグラスの淵を撫で、鋭い瞳の中に思わし気に潤んだ瞳がある。
女の色気。それも、イイ女であると思わせる色気があった。
所詮、上辺だけの見せかけだが、フォーのように女に慣れていない手合いを騙すには十分すぎる技量だった。
女性がフォーへとしなだれかかる。
「おい。大丈夫か」
「ええ。少し酔っちゃったみたい」
「なら、帰った方がいい。送っていこうか」
「ありがとう。大丈夫よ」
そう言って席から立った女性だが、明らかに足取りが怪しい。
見かねたフォーはバーテンに金を払って、女性に肩を貸す。
「やっぱり送っていく」
「優しいのね」
そう言って微笑んだ女性。フォーは顔を赤くし、コインは笑いをこらえているようである。
十分ほど歩き、ビル街の近くまで来たところで女性はもう大丈夫とフォーにお礼を言う。
「ありがとう。おかげでいい夜を過ごせたわ」
「あ、ああ。俺も楽しかった。気を付けて帰れよ」
「ええ、あなたもね」
意味ありげな笑みを残した女性の背中がネオンに吸い込まれたところで、フォーは今まで黙っていたコインを見上げる。
「コイン。約束守れよ。あの女は俺に惚れてただろ」
フォーの言葉に、コインはぷっと噴き出した。それから我慢できなくなったのか、大笑いし始める。
「な、おい。コイン。何がおかしいんだよ」
「フォーじゃない。フォーじゃない」
笑い死にそうになりながらも言葉を発する。
「お金に惚れてた。お金に惚れてた」
「は? どうゆう―――って、財布がねえ!」
「フォーのバカ。フォーのバカ。財布取られた。財布取られた」
とても嬉しそうに飛び回るコイン。財布を盗られたことにショックを受けるフォー。
「おい、コイン。何で言わなかった」
「フォーのバカー。フォーのバカー」
「言っとくが、あの財布に全財産入ってるぞ」
「……。……」
「あの財布がなきゃ、お前の飯もなくなるぞ」
コインは黙ったかと思うと、急に高く飛び上がる。すぐに戻ってくると一声。
「あっちにいる。あっちにいる」
「よしきた。見失うなよ」
「勿論。勿論」
フォーとコインは、財布を取った女性を追いかけ始めた。
一方その頃。女はこのあたりで一番高いビルへと入っていった。
そこはビル群の中でもひときわ目立つ高級店である。室内でも最上階のレストランは薄暗いが、ガラス張りの壁から、外のネオンや移動する車、宇宙船。星の光、それらがちまちまと輝いて見える。そんな光を見ると、この世界は意外と大きく、あの光の一つ一つに命があり、それも必死に生きている。それを見下ろす自分は小さな世界から飛び出したような気分になる。
それが心地よい、だが同時に泡沫の夢であると感じるのだ。
すでに財布の中身で高級ドレスを纏っている。病的な白さも眼の下のくまも高級品に囲まれると一種のファッションにも思える。
「ご予約をされてますでしょうか」
「いいえ。でも」
ボーイに紙幣を何枚か掴ませ、席へと案内される。適当な料理を頼み、ぼうっと光を見つめる。女の頭からは先ほどの男やオウム。大金の入った財布のことなど、ふっと消えていく。
空を見上げれば無数の星が輝いている。そのほとんどに人が住んでおり、ああして光っているのは人工の明かりだと分かっている。
なのに、どうしてこんなに切なくなるのだろうか。
「私は、いつまでここに居るのかしら」
少しだけセンチになりながらも外を眺めていると、入り口の辺りが少しだけ騒がしい。
何人かがバタバタと動き、甲高い鳴き声のようなものまで聞こえる。
「見つけた! 見つけた!」
その甲高い叫びの後に、男の声が響く。
「邪魔すんなよ。俺はあそこの女に財布取られてんだ!」
無視を決め込んだ女性のすぐそばに、何か黒い物体が一回転して落ちてきた。それは黒服をきたトカゲ星人である。
元々人間よりも筋力があり、鱗に守られた身体はなかなか傷つかない。しかも、ガードマンとしての訓練を受けているはずのトカゲ星人がいともたやすく投げられ、立ち上がれないでいる。
周りの客は我先にと席を立って逃げていくのに対し、一体どこにそんな人数隠れていたのかというほど、奥からガードマンたちが現れる。
フォーは赤いスーツのまま、邪魔するものを流れるように制圧していく。
「……まずいわね」
ガードマンとフォーが格闘しているうちに、女は去ろうとする。しかし、その上空を飛び声を上げる存在がいた。
「フォー。フォー。逃げる! 逃げる!」
「コイン。逃がすなよ」
「あとでご馳走。あとでご馳走」
「分かったから、見失うなよ」
「勿論。勿論」
女は未だガードマンと格闘するフォーを尻目にエレベーターに乗ろうとしている。コインは閉まりかけるエレベーターに体を縦にして滑り込む。
コインとしては上々だが、女としては最悪の状況である。
まず、頭の上を飛ぶオウムをどうにかしなくてはならない。
頭上をサイレンのように飛び回るオウムのコインに、ダメもとで話しかけてみる。
「ねえ、コイン? 私を見逃してくれない?」
「ダメ。ダメ」
「実は私、病気のおばあちゃんに薬を買わなきゃならないの。だから見逃して」
「ダメ。ダメ。ドレス買ってる。ドレス買ってる」
このオウム。やはりただのオウムではなく、自分で考えて喋るようだ。
ビルから出て、不審に思われない速度で早歩きをするのだが、どうしても頭上のオウムが辺りから目を引き寄せてしまっている。
「ねえー、どうしたら見逃してくれるの?」
「ダメ。ダメ。ご飯がかかってる。ご飯がかかってる」
「……なら、私が買ってあげるわ」
「コイン味にうるさい。コイン味にうるさい」
「はいはい。いいの買ってあげるから」
丁度通りがかったペットショップへ入ろうとするのだが、コインが言う。
「そこやだ。そこやだ」
「やだって、あんた鳥でしょ」
「泥棒ー。泥棒ー」
騒ぎ始めたコインに、舌打ち一つしてから諦めて言う。
「あーもう。分かった。どこがいいの」
「こっち。こっち」
嬉しそうな声色に苛立ちながらも女はその後を追っていく。
ふりをして何度か逆方向へ走ろうとしたのだが、なにぶんドレスにヒールのある靴だ。すぐに追いつかれサイレンのように飛び回られる。
「はあー。お手上げ。もう逃げないから着替えだけさせて」
「しょうがない。しょうがない」
「どうも」
適当な服屋でジーパンにトレーナー、さっき着ていたものを入れたリュックを背負いキャップを深くかぶって逃げ出そうとしたが、速攻で見破られた。
今度こそ本当にお手上げとなり、コインの案内する場所へ向かうしかなかった。
さて、コインと女が仲良くショッピングしている間、肝心のフォーは何をしているのか。
高級レストランで黒服たちに阻まれ、なかなか外に出られなかった。
やっとのことで抜け出してエレベーターに乗り込むが、半分ほど下がったところでエレベーター自体を止められ、丁度飛行機の展示会をしていたので緊急脱出用のパラグライダーを頂戴した。
それは往年のスパイ映画さながら、ガラス張りの壁をぶち破り華麗に脱出をしたと言う訳だ。ついでに滑空しているときに、コインを見つけることが出来たので大体の位置は分かっている。後は追いかけるだけだ。
人の少ないところへカッコよく着地して、追いかけようとしたその時である。
「助けて!」
絹を裂くような悲鳴だった。
刹那、フォーの足はコインを追うのを止め、悲鳴の方へと向かったのだった。
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