第2話 無情な日常と不穏な誘い
放課後、俺はいつものように学校からまっすぐダンジョンへと向かう。古びた金属バットを肩に担ぎ、左腕にはアクリル製の盾。これが俺の最強の装備だ。剣などの武器を買う余裕もない。代わりの刃物といえば安く買えるのは包丁やナタだが、リーチが短く扱いに不安がある。それに直ぐに刃こぼれして買い替えなければならいためコスパが悪すぎ、代わりに選んだのは殴る系の武器だ。
とはいえ木製のバットや盾はすぐに駄目になるし、アクリル製は安くて軽い。バットは趣味の道具のように思われるが、俺にとっては命を守るための必需品だ。
盾の形だけはキャプテン・アメリカのそれだ。
ダンジョンの入り口に立つと、冷たい空気が肌を刺す。ここは俺にとって慣れた場所。低レベルの魔物しか出ない1階だが、それでも油断はできない。奥へ進むと、石造りの通路が俺を迎える。まるで中世の城のような風景に、胸が少しだけ高鳴る。しかし、そんな感傷に浸っている余裕はない。1階層の奥にゴブリンが出るが、そこまで行くつもりはない。時折入口近くに来るので、来ないことを祈るしかない。
暗闇の中をヘッドライトと明かりを頼りに慎重に進んでいると、かすかな音が聞こえた。息を殺して耳を澄ませると、目の前の陰からビッグラットが現れた。灰色の毛並みを持つ巨大なネズミだ。目がギラギラと光り、俺に狙いを定めている。
「来い・・・!」
心の中で呟き、タイミングを見計らう。ビッグラットが一瞬動きを見せたその瞬間、俺はバットを振り下ろした。金属が肉に当たる鈍い音が響き、ビッグラットの体が霧散する。だが、油断は禁物だ。周囲を確認し、魔物が消えた後に残る小さな魔石を探し始める。
「どこだ・・・どこに落ちた?」
暗闇の中、床を這うようにして魔石を探し回る。少しでも稼がなければ、俺には明日がない。ようやく、床の隙間に転がった魔石を見つけた。手に取ってみると、小さくてもずっしりとした感触が伝わる。
「これで500円か・・・」
苦笑しながら、俺は次の獲物を探して再び歩き出す。
いくつかの魔物を倒した後、俺はダンジョンを出て冒険者ギルドへ向かった。ギルドの受付で、いつものように水木さんが待っている。彼女は20代半ばくらいで、メガネの奥から俺を見つめている。
「市河様、お疲れ様です。魔石をお願いします」
彼女に魔石を渡すと、それを丁寧に数え、俺に微笑みかけた。
「今日は2500円ですね。いつもより多いですね、市河様。でも、無理をしないようにしてくださいね」
「・・・ああ、ありがとう」
いつもより多い2500円。それでも、これだけじゃ家族を養うには全然足りない。でも、命を賭けた今日の稼ぎが少しでも家族の助けになれば、それでいい。俺は小さく頷き、受け取ったお金をポケットにしまいながら、静かにギルドを後にした。
ダンジョンでの戦闘を終え、俺は疲れ果ててスーパーに立ち寄った。食材を選ぶ手は、疲労と無力感で重い。今日の稼ぎは2500円。ダンジョンで命がけで得た報酬にしては、あまりにも少ない。これで家族を養うのは、正直厳しい。
俺はいつも通り、必要最低限のものだけを手に取る。茄子、割引された惣菜、広告の品の野菜。少しでも安く、少しでも量があるものを選んでいるつもりだが、それでも1500円はかかってしまう。レジに並んでいると、ふと視界の隅にクラスメイトの女子が母親と買い物をしているのが見えた。彼女は俺に気づくことなく、母親と楽しそうに会話しながら食材を選んでいる。
(彼女たちの生活は、俺とは別世界のものだ。関わらない方がいい。俺に余計な負担を背負わせるわけにはいかない。)
そう自分に言い聞かせ、視線を下げた。
家に戻ると、案の定、弟が腹を空かせて待っていた。「兄ちゃん、腹減ったよ。何か食べたい…」と、不満そうに言う弟に対し、俺は優しく声をかける。
「今すぐ作るからな」
台所に向かうと、母さんは寝室から微かに声をかけてくる。
「ごめんね、こんな体で役に立てなくて・・・」
声には疲れが滲み、心配の色が濃い。
「母さん。それは言いっこなしだよ。俺の稼ぎが少ないせいで、こんな生活しかできないんだ・・・」
無言で食事を準備しながら、心の中で思う。母さんはぎっくり腰でほとんど動けない。トイレに行くとき以外は、ずっとベッドに横になったままだ。それでも俺を心配し、申し訳なさそうにしている。そんな母さんを前に、俺は自分の無力さを痛感するばかりだ。
夕食を終え、少しの間、休んだあと、ベッドに倒れ込むように横になる。明日もまたダンジョンに行って、少しでも家計を支えなければならない。そう思いながら、いつしか眠りに落ちていた。
翌日、学校での授業が終わり、放課後のことを考えながら教室を出ようとした瞬間、クラス内カーストのトップに君臨する陽キャでナルシストの春森新司が、俺に声をかけてきた。
「おい、銀治!ちょっと待てよ」
と、まるで王様が臣下に命令するような口調だが、いつもと違う。
(なんだよ、こいつ・・・また嫌がらせか?でもいつもは洋梨と呼んでくるが、珍しく名前で呼んできたな。嫌な予感しかしないぞ)
俺は内心で身構えたが、逃げるわけにもいかない。春森は俺に近づいてきて、ニヤリと笑みを浮かべる。
「今度の土曜さぁ、レイド戦があるんだよ。なぁ、暇だろ?お前も来いよ。ちょうどパーティーメンバーが1人欠けちまってな。まぁ、お前みたいな底辺ハンターに頼むのもどうかと思うが、俺たちのパーティーに加えてやるよ」
彼の取り巻きたちが後ろでクスクスと笑っているのが聞こえる。
「春森さん、またこいつをパーティーに入れるなんて、無駄じゃないっすか?」
田中がからかうように言った。
春森は俺を上から下まで見下すような目で見てため息を吐き、仰々しい態度を取る。
「まあな。どうせ数合わせだ。役に立たないだろうから荷物運びくらいさせてやる。それも無理なら、その時は見捨ててやるけどな。今回荷物持ちでも8万にはなるはずだ。悪い話じゃないはずだぞ」
軽蔑したように笑った。
俺は一瞬、何を言っているのか理解できなかった。レイド戦に参加するって・・・本気なのか?それに、どうして俺なんかを誘うんだ?いや、誘われたというより、使い捨ての駒にされているだけじゃないか。
「それで、どうする?断るなら断ってもいいぜ。でも、断ったらお前は一生俺たちに舐められることになるぞ」
春森は挑発するように言ったが、既にそうなっていると思うが・・・
俺の胸中は葛藤が渦巻く。普通に考えたら断るべきだろう。だが、これを逃したら、次にこういう機会が巡ってくる保証はない。8万なんて、今の俺が稼ぐ金額としては破格だ。もちろんリスクも高いが、少しでも稼げるチャンスがあるなら、それに賭けるしかない。俺は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。
「・・・わかった、参加するよ」
俺は静かに答えた。
その時、後ろから森雪友理奈さんが現れ、心配そうに俺を見つめていた。
「ごめんね、銀治君。無理しないでね・・あなたがこんなに頑張っているのに、許せない」
彼女は真剣な表情で言った。
俺は彼女の言葉に一瞬心が揺れたが、もう決めたことだ。
「大丈夫だよ、森雪さん。ありがとう」
それだけを言い残し、俺はその場を後にした。土曜日が来るまでに少しでも戦力を整えなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます