第17話「昂奮」

 突然に訪れた同級生との再会。土産物屋に寄っただけなのに思わぬサプライズが僕を待っていたわけだが、そこでどうするわけにもいかず、とりあえずなんでここに居るのかを説明してから彼女とは別れた。まーとりあえず連絡ちょうだい、という軽い感じで僕に手を振った彼女をもう一度店の外から見返すと、既に別の客の対応に追われていた。


 もらった紙切れをもう一度見つめ、とりあえず夜にでも一回連絡を入れるか、と考えながら目的の路線の改札へ向かう。切符は既に買ってあるので自動改札を通りホームへ降りる。思考を送ったつもりは全く無かったのだが後ろから付いてくる生命体に色々突っ込まれた。


 「なんだアレは。ナカマってやつか?」


 仲間、ね。そうとも言うな、もうちょっと長い付き合いのトモダチだよ、と心の中で返す。トモダチ?と返ってくるあたり、多分こいつの頭の中もゴチャゴチャしていることだろう。こいつはこれまで付き合ってきた人間より遥かに長い期間を僕と過ごしている。その間に僕の周りにいるニンゲンの事を知り、たくさんの関係性を見てきた。今日の偶然の出会いは今までこいつが見てきたものからすると難解なものだったに違いない。


 電車を待つ間、ホームのベンチに腰掛ける。さも友達が座るかのように自然に隣にやってきた生命体が思考を送ってくる。


 「トモダチってのはアレか、こっちで言うところのナカヨシって事で合ってるか?」


 まあまず間違ってないだろう。100点満点の答えではないが、仲が悪いわけではないし、むしろ良い方の関係に属する。でなければ久しぶりに会ったとしても会話などしなかっただろう。しかし一目見てお互いに認識できたのは正直驚いた。僕はよく昔から変わらないと言われる。年齢相応に見られない事で多少面倒な場面も少なからずあったが、若く見られるのは別に悪い気はしない。23歳くらいの時、まだタバコの規制が緩かった時代に、歩きタバコをしていたら警官に呼び止められ身分証の提示を求められたことを思い出した。


 しかし僕も変わってないと良く言われる方だが、彼女も全然変わっていなかった。大人になったと言えばそれはそうなのだが、中学時代の面影はハッキリ残っていたので、すぐに気づく事ができた。お互い瞬時に同級生だと察知できたのが何よりの証拠だと思う。時間が経つのも早いものだが、これだけお互いに変わってないと感じるのもなんだか不思議な感覚だった。約20年という月日が流れていると言うのに、今はどうした事か中学時代の僕に感覚が戻りつつあった。


 そうこう考えている間に電車がホームへと入ってくる。ここからは鈍行で約1時間の移動だったはずだ。来た電車の行き先を確かめた上でスマートフォンを取り出しながら列車に乗り込む。さすがに鈍行な上、指定席も無いせいか、それなりに車内には人が乗っていた。僕の乗り込んだ車両はほぼ満席だったのでひとつ後ろの車両へ移動してみたら空席が3つほどあった。できるだけ外の景色が見渡せる窓側の席を選び腰を下ろす。


 この地域の景色を覚えているかと言われれば全くと言って良いほど覚えてないが、これから向かう行き慣れた民宿の近くは栄えた都市から幾分か離れた山の近くに位置する。スキー場の近くにあるのだから当たり前と言えば当たり前だが、その近くになればなるほど、逆に見慣れた景色や感覚がおとずれるはずだ。その確認がしたいという意味もあって窓際の席を選んだ。


 僕が腰を落ち着けてからすぐ列車は動き出した。この路線のホームはほぼ駅構内に内包させる形だったので列車が構内を飛び出せばまた雪景色、白銀の世界が目の前に現れる。加速する列車は構内を抜け、屋根の無い外の路線へと進んでいく。僕の予想通り、最初はおとなしく浮遊していた生命体がまたソワソワしだした。結局僕の目の前に来て窓の外の景色を食い入るように見つめている。


 僕はスマートフォンを操作し、目的地までの時間を計算してみた。さっきの駅で思わぬ偶然の出会いがあったせいか、思っていたより少し遅めの到着になりそうだ。ふと外の景色に目をやると、だんだんと日が落ち始めてきている。街を覆う白と太陽のオレンジがかった光が目に突き刺さるようなまぶしさを放っていた。これから約1時間、夜を迎えようとするこの地を眺めながらの列車の旅だ。


 「なあなあ、あれか?この空から降ってきてる白いのがユキって事であってるか?」


 こいつにしては珍しく、僕の前で微動だにせず外をじっと見つめながら聞いてくる。そうだ、それが積もりに積もって地面や建物を覆いつくしてるんだ、と思考を返す。一応僕が出発前に軽く話したことを覚えているようだ。天気の概念は最初は分かっていなかったようだが、もう僕と過ごした期間もそれなりだ。僕が自宅と会社の往復をしている間に、雪以外の天気は経験しているはずだった。空から何かが降ってくるという表現はイマイチだが間違ってはいない。もう少しでそれをちゃんと感じられるから楽しみにしておけよ、伝える。


 「んんん、そーか。それまでガマンってやつか。タノシミってのはこういう事を言うんだな。」


 多分、というかこいつの世界でも人間が感じるであろう感情なんかがあるのだろう。言葉や表現が違うだけなのだろうが、こいつはこいつなりに僕の世界に確実に順応してきている気がした。僕に思考を送ってくる時に、少し間を置いて覚えた言葉を選んでから発しているように思えた。そのうち会話が友人と話すようにテンポ良く進んでいくのか、と考えたら少し笑えてしまった。


 「なんだ?またなんかオカシイことでもあったのか?」


 いやそうじゃない。この先お前との付き合いが長く続いていった時に、この世界にお前が完全に慣れて僕や僕の友人と同じラインに着いた時を想像したらなんだか笑えて来たんだ。


 「……???」


 僕の思う事柄を噛み砕いて伝えたとしても、半分程度しか伝わらない現状を考えたら当然そういうリアクションになるだろう。まぁいいさ、そのうち分かるよ、と思考を送り返す。


 列車が走り出してから30分は経とうとしてた。相変わらずの雪景色だが、このあたりから少しずつ僕の記憶に刻まれた景色が現れてくる。踏み切りを通過する際に見える道路。僕らが進む方向と丁度直角に交わるこの道路を見るのが僕は好きだ。ただずっと見ている、と言うのではなく通過する瞬間で見えるその景色が良い。その道路は両脇を商店街で挟まれていて、人通りが結構あった。毎回この列車で通る際にその一瞬を見るのがこの地へ来る小さな楽しみの一つだった。今回も2秒とかからずその景色は流れ去って行った。さすがに昔のように繁盛しているようには見えなかったが、この通りがきちんと存在していることを確認できただけでも満足だ。


 次は目的地の2駅ほど前、近くに小学校のある通りだった。ここはいつも通り過ぎる際に目をそちらに向けてしまう。と言うのも、その小学校には小さなスキージャンプ台が校庭に常設されているからだ。列車が小学校の横を通過する際に、丁度校庭とジャンプ台が見えるのだ。さすがに夕方と言うこともあって小学生たちがジャンプしている、という光景は見られなかったが、日中ならおそらくバンバン飛んでいることだろう。そういえばこの小学校出身で冬季オリンピック日本代表の選手が何人かいたな、と思い出す。その他にもスキー競技において何名もの選手がこの小学校出身だったはずだ。ここは毎回通る度にそのことを思い出す。そして自分もこの小学校に行ってたらジャンプが習えたんじゃないか、スキーがもっと上手くなれたんじゃないか、と妄想するのだ。それくらい僕の雪に対する、スキーに対する思いは強い。


 小学校を通過すればもう目的地は目の前だ。そろそろ降りる準備しとけよ、と思考を送り、ポケットから切符を取り出して降車の準備をしておく。真っ白な世界をずっと走り続けてきた列車とも一旦お別れだ。今度は自分の足で久しぶりの雪の感触を確かめることになる。都心から列車に乗っている際も雪景色は見ていたが、乗り継ぎ駅は完全に建物内だったので雪と接触する機会は無かった。今度こそ列車を降りればそこは一面の銀世界になる。僕の心は躍りだしていたが、多分こいつも同じような気持ちを抱いているだろう。しきりにまだかまだかと思考を送ってくる。


 そんな思考をなだめつつ、目的の駅へ列車が辿り着き、速度を落とす。僕は立ち上がって乗降口のドアの前へ移動する。生命体は僕の斜め後ろで準備万端のようだ。ちらっと後ろを振り返ると目をらんらんと輝かせているように見えた。まるで子供だ。どうでもいい事だが、こいつら生命体に年齢と言う概念が存在するのか、と疑問に思ったが少し考えてどうでも良くなった。僕と同じなのだ。僕は久しぶりに感じる大好きな土地での雪。こいつは初めて感じる、自分の世界に無いユキという存在に大きな期待を持っているだけのことだ。大は小を兼ねると言う言葉がある。子供は大人になれない。だが大人は子供になれる。そういう事だと改めて思った。


 列車が駅に到着し、高齢の運転手であろう男性の声で駅名がアナウンスされる。乗降口の扉が開くと、冷気と雪が僕らに襲い掛かるように舞い込んできた。一瞬降りるのを躊躇ってしまうほど空気は冷たく、そして新鮮だった。駅ホームへ降りた際の雪を踏みしめた感触がたまらない。ギュッっと一歩足を進めるたびにいつもと違った足音が身体に響き渡る。駅のホームへ降り立った僕は屋根のある改札口近くへと移動した。


 後ろから付いてくる生命体が何事かギャーギャーと騒いでいるが、とりあえず先に宿に電話しておこう。僕はスマートフォンを取り出し、連絡先から宿の番号を選択して耳に当てる。程なくして懐かしい声が僕の耳に飛び込んできた。名前を名乗り、お久しぶりです、と一言伝えた所で電話先の主のボリュームが急上昇した。


 「あれまぁ!!久しぶりだなぁ!!どした!?どした!?」


 民宿を切り盛りする通称「オバちゃん」の声がスマートフォン越しに耳を貫く。僕は小旅行でこっちに来ていること、そしてもう目と鼻の先とも言える最寄り駅に来ていることを伝える。


 「そうかそうか!遊びに来てくれたんだなぁ!ああちょっと待っとって!」


 僕の返事を聞く前に大声で僕が来たことを宿にいるみんなに伝えている。耳に当てたスマートフォンからそんな会話が薄く聞こえてきた。また受話器に戻ってきたオバちゃんは、誰が来てるよ!とか、みんな待っとるよ!とか、しきりに声を荒げている。そんな慌てなくてももうすぐ着きますから、となだめてから電話を切る。


 「オイオイほったらかしは良くねーぞ!なあこれがユキってやつだな!?」


 放っておいたことは素直に謝ろう。宿に連絡を入れておきたかったのが先に来ただけだ。そうだ、これがユキだ。冷たくてサクサクしてるだろう。


 「いやこんなもんハジメテだっての!イロもねぇし冷てぇしなんなんだこれ!?」


 まあこれが僕の世界の冬という季節の風物詩ってやつだ。よく降る地域とそうでない地域がある。僕の暮らす都心部では滅多にお目にかかれない天気の一つだ。この地域は冬と言えば雪、そしてウィンタースポーツで有名だ。スキーやスノーボードとかな。


 「もう良くわからねえ言葉はカンベンしてくれ…フウブツ…うぃんたー…なんだって?」


 とか言っているがこいつの事だ。吸収能力と学習能力は半端じゃない。たぶん一年もしないうちに僕と同じくらいの水準の日本語レベルには達するだろう。まあいい、それよりどうだ、初めて見た雪は。


 「なんつったらイイかよくわからねえんだが…」


 随分とテンションが落ちて聞こえるように思えたが違うことは分かっている。それはたぶん、初めて見たもの接したもの口にしたもの聞いたもの、人間の初体験と同じなのだろう。要するに感動しているって事だ。別に泣くだけが感動じゃない。強く心が動かされる事を感動と言うのだから、初体験なんて全部感動と言っても過言ではない。ただこいつはニンゲンの言葉の意味がわかっていないだけだ。またひとつカシコク?なったな、と思考を送ろうとした時だった。


 「…そうか、コレがオマエが言うところの、カンドウ、ってやつか。」


 これには僕もちょっと驚いた。まさかこいつ自身の口からカンドウと言葉が出るとは思ってもいなかった。もう時間的には夜になる。雪が降り続く中、ちょっと驚いていた僕と不思議な生命体は、無言のまましばらくその場で天を仰ぎ続けていた。

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