第7話「突然」
この生命体が僕の元に現れてから5日目になる。怒涛の展開だった日曜日を終え、今日は月曜日。考えただけでイヤになる5連勤初日。僕はいつもの時間に起床し、軽い朝食を流し込んだ後、身支度を整えて仕事へ向かう。
「さてと今日も楽しいデキゴトがあるといいなあ、相棒。」
何が相棒だ。こいつはなんだかゴキゲンでこの調子だ。僕が非日常に慣れていくより早く僕の生活習慣に慣れて来ているような気がする。生命体ってのは適応能力が普通の人間より高いのだろうか。いやこいつは別格だった。最初に自身で言っていた「サイノウ」と言うものが他の生命体より突出しているのだ。日に日に馴れ馴れしくなってくる。
これが2回目になるが通勤電車内ではあまり質問はされなかった。最初に付いてきた時にあらかた聞いたのだろう。僕に聞かなくても以前に付いていた人間に聞いていた可能性がある。そんなに疑問だらけでもなく、こいつの中で問題解決ができているのだろうと思った。あまり余計な話はせず、順調に出勤時間を過ごす。
「なんかうるせえぞ。どうしたんだ?」
それを聞きたいのは僕のほうだった。会社に着くなりフロア全体が慌しい雰囲気に包まれていた。とりあえずタイムカードに出社を打刻し、自分のデスクへ向かう。すれ違う社員や派遣社員から次々に「がんばれよ。」とか「気合です!先輩ならできます!」とか言われる。何のことだかさっぱり分からなかった。
「いやはや大変な事になったけどもキミならね。とりあえず会議室1に来て。すぐね。」
部長はそれだけ言うと足早に会議スペースへ歩いていく。すぐ来いと言われたが僕の頭の中はハテナ状態だ。どちらにしても重たい話になりそうな予感がしたので、いつも使っているメモ帳とペンを片手に会議室へ急いだ。
会議室1の扉をノックし、失礼します、と一言添えてから入室する。そこには先ほどの部長、取締役も居た。あとは各部門の係長やチーフなど、大きな会議では目にする面々がそこに座っていた。
「来たね。まあ座って。」
そう言われ、僕のために空いていたひとつの椅子を首で指す。周りの同僚と上司に少し頭を下げてから僕は椅子に座った。
「あーみんなに集まってもらったのは他でもない。最後に入ってきた彼の上司の話をする。」
瞬間、会議室がざわめく。僕の上司の話?全く何も聞いてない。部長以上のクラスの人間は知っている風だったが、チーフクラスの人間はやっぱり僕と同じで何も聞かされていなかったらしい。隣同士でなんだなんだと声を抑えて話をしている。
「彼の上司だが、緊急入院した。昨日倒れたそうだ。意識は戻っているとの事だが容態は重いとの事だ。」
ざわめきが一層強くなる。何より僕自身が一番驚いている。昨日の時点で信じられないような事が目の前で展開されたばかりだ。やっと一区切りして仕事モードに頭を切り替えようと思った途端にこの騒ぎである。
「簡潔に話すと、復帰は出来ないかもしれないらしい。で、上とも話をした結果、そのポジションには彼に就いてもらおうと思う。」
部長の人差し指が僕を貫くように指す。頭が追いついていかない。
「彼なら上司の元で十分に経験を積んでいる。勤続年数も長い。キャリア的には申し分ない。」
ちょっと待ってくださいと言いそうになったがその前に確認したいことがある。右目に精神を集中し、僕の後ろにいるであろうヤツに問いかけた。これはお前の仕業か?と。
「いやなんだ。俺もなんだかさっぱりわからねえよ。俺が何かしたとか聞いてきたが、俺が干渉できるのはお前だけだぞ?」
そうだ。こいつは僕以外に干渉できない。と言うことは、これはなんのイタズラだ。上司のポジションに僕が?突然にも程があるだろう。あの人からまだまだ学ぶことは多いし、あの人のやる事に僕が手を出して大変な事になってしまう可能性も否定できない。
「…と、いうワケだ。頑張ってくれよ。以上、各自仕事に戻って。」
考えている間に部長が何かを喋っていたようだがこいつと会話をして考え事をしているうちに締めくくられてしまった。会社の意向に反対するものなどいるわけも無く、僕がいつも付いている上司のポジションに収まることになってしまった。ポカンとしながら席から立てずに居ると、取締役が声をかけてきた。
「大丈夫だ。同じようにやれと言うわけではない。キミのやり方でやるんだ。教わった事を活かせばできるだろう。」
ポンと肩を叩かれ、高速回転していた脳みそが正常に戻ってくる。えーとなんだ、ポジションがランクアップしたって事だよなこれは。つまり、なんだ…思いもかけずに昇進したって事になるのか?話が急すぎてまだ追いつけてない感がある。なんかここのところ毎日毎日追いつけない事が起こっているような気がする。
とりあえずデスクに戻ろう。いつの間にか会議室から皆出て行ってしまっていた。まだまとまらない頭を軽く振って覚醒させようとする。ダメだ、これはアタマを冷やす必要がある。僕は喫煙ルームを目指した。
喫煙ルームに入り、電子タバコを取り出してスイッチを入れるなりドアが開き、3人ぐらいの同僚が押し寄せてきた。あれやこれや言われたり聞かれたりしたが、僕には何と答えれば正解なのか分からなかった。とりあえず案件整理とか取引先との仕事の進み具合の把握、部下のスケジューリングなんかを考えないといけないなぁと上の空で答える。
…至極単純な事に気が付いた。上司の代わりに僕が、となると今までの僕のポジションが空になる。僕がやっていた業務を誰かに引き継がないとまずい。僕は一人しか居ない。タバコを吸い、まだ横でわーわー言っている同僚を半分無視しながら誰か適任者は居ないか考えてみた。
結局3本タバコを吸って考えたが答えは出て来なかった。大体みんな忙しく働いてる我が社に、言わば僕の部下に立候補する人間でもいなければポジションは埋まらないだろう。まだ横でわーわー言っている同僚に軽く挨拶して喫煙ルームを後にした。
「どーゆーことが起きてんのかゼンゼンわからねえんだが。」
いい例えが浮かばなかったが、こいつの世界で一番偉いヤツから順番に数えて10番目以内くらいのクラスにいきなりなれと言われたような感じだ、と思考を送った。
「む。それは…なんだ…アレだなメンドクセエな。でもエラくなったってことじゃねぇのか?」
確かにそうなるんだが。特に目立った成績を個人で上げた事もなければ頼られるような立場でもない。成績が褒められるのは有能な上司が仕事を上手く進めていたからだ。僕個人の評価には値しないと思う。
だが何故だ。部長からみんな口を揃えて僕で問題ないだろうという答えを出した。これは首を傾げざるを得ない結論だ。確かに勤続年数、キャリアは他の同僚と比べれば上だと思う。少しだが会社には確実に貢献してきた。でもそれだけだ。僕以外に自ら頑張って努力して出世しようとしているやつは山ほど居る。この前の自殺した男性ではないが、表彰されたやつだって居るのにだ。どうして僕が?仕事に関して言えば無難に進める事をモットーにやってきた。無難な仕事じゃ評価はされない。何故なんだ。
頭を捻って考えてみるもやっぱり分からない。ガシガシと頭を掻きながらデスクに戻ると部長が僕を待ち構えていた。次から次へと色々イレギュラーが起こる日だ。僕のデスクに部長が来るなんて事はそうそう無い。
「…さすがに堪えているようだね。無理も無い。昨日の今日で決まったことなんだ。今日は仕事にならないだろうから時間をかけて案件整理から始めてくれればいい。」
気を遣ってくれているらしい。当たり前と言えば当たり前か。やれと言われて突然できるような状態じゃない。ゆっくり進めていかなければ必ずミスをするだろう。もう一度頭を軽く振り、脳をリセットさせる。
「上司の方からキミに引き継ぐものは私のほうで準備しておいた。これがその資料だ。」
ドサッとそれなりの量のファイリングされた資料が僕のデスクへ置かれた。とりあえずこれに目を通すことから始めないとダメか。少し気が遠くなったが幸い今日はどこの取引先ともアポイントメントは無い。じっくり腰を据えて引き継ぎ業務に専念する時間はある。
「困ったことがあったら私なり他にも分かるものが居る。声をかけてくれればいい。」
わかりました、と共にお礼を言い部長に頭を下げる。じゃあがんばって、と部長はまた手をひらひらさせながら自分のデスクへ戻っていった。さてどうしたものか。…と、重大なことを聞き忘れていたので部長を呼び止める。上司のお見舞いには行ける状態なのだろうか。意識はあるが容態は重いと聞いたので面会謝絶になっているかもしれないと思い、聞いてみた。
「私らは昨日すぐ連絡を受けて行って来たよ。一応話はできる状態だったからキミも時間を作って行ってくるといい。」
ほっと胸を撫で下ろし、部長に病院の場所を聞いて再度頭を下げる。じゃあ、と部長は去っていく。
「とりあえずアレだな。今日のところはジャマしねえように静かにしとくよ。」
抜群に空気の読めるヤツだ、と僕は思った。なるほどこいつが生命体の中でも抜きん出てる事が再確認できたような気がする。といっても他の生命体と接触したことが無いから真偽は分からないのだが。ともあれ、こいつの気遣いには感謝する。僕は上司の資料に目を通し始めた。いつも一緒に仕事をしていたからざっくりとは分かるものの、僕には不明瞭な部分も多少あった。不安は拭えないが、今これを捌けるのは僕だけだという上の判断には応えなければならないだろう。重たくのしかかったプレッシャーに耐えながら僕の午前中は瞬く間に終了した。
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