0.二年前
最後に覚えてるお母さんの姿。
「あんたなんか……産むんじゃなかった!」
髪を振り乱しながら、食べ物をたくさん投げつけられた。それだけ覚えてる。
お母さんがおかしくなった切っ掛けはなんだったかな。お父さんが死んだことだったっけ。
まあ、今のわたしには関係ないことだ。
だって、毎日が幸せだから。
◇
……最近、メナの様子がおかしい。いや、どこがおかしいって言われても困るんだけど、確かにおかしい。
おかしいのはわたしなのかもしれない。メナのことを考える時間が増えた。前までもあったけど、最近は異常。四六時中考えてるなんておかしいよ。
メナのことばっかり考えてるから、メナが……。
胸がちくちくする。……いや違うかも。こう、一緒に居るだけでも嬉しいのに、もっともっとって欲しくなっちゃうそんな感情。
その「もっと」がなにを求めてるのかわかんない。だから、この感情はわたしの中でずっとぐつぐつ煮詰められて、最後にはどろりとした濃い感情がわたしに残る。
もやもやした時は身体を動かすのが一番。お店を出て、外を走ることにした。
夕方頃になると人通りも落ち着いて走りやすい。同じように走っている兵士の人とすれ違ったので、頭を下げた。
そうして走ることしばらく。偶然学園長の馬車を見つけた。
あの人ならこの感情をどうにかするやり方を知ってるかもしれない。いい機会だし聞いちゃおう。
「おーい! そこの馬車!」
わたしが呼びかけると、馬車は止まった。学園長が迷惑そうな顔をしながら外に顔を出すと、わたしを見つけて優しい顔になった。
「レイアちゃん! 久しぶりだね、どうした?」
「実は相談したいことがあって……」
わたしが抱いている感情のことを話した。どきどき、ちくちく。上手く言葉に表せないけど、感情が渦巻いていること。
「また恋愛相談か。私って若者相手でも問題ないのか?」
「それはどうだろ。たまにおばあちゃんみたいだよ」
「……そうかいそうかい。ああ、レイアちゃん。それは恋だよ。愛とも言える」
「恋?」
「うん。たぶん両想いだからさっさとくっついてしまえ。私も忙しいんだ。それじゃ」
学園長はそれだけ言うと馬車に乗って去ってしまった。アカデメイアに帰るんだろう。
それにしても……これが恋?
お家に戻って、横になった。夕方になって、部屋を照らすのは一本の蝋燭だけ。メナもすぐ近くにいる。
けど、考え事が出来る場所なんてここくらい。
恋……そうなんだ。でも、そう言われるとわかった。わたしはメナと一緒になりたい――その事に気が付くと、行場のない感情が一気に外に出てきて、急にメナが愛おしくなる。
そっか、わたしって、メナが好きだったんだ。
ずっと一緒にいて、ちょっと喧嘩もしながら仲良く暮らしてて、気が付いたら惹かれてた。
メナがいない人生を考えてみた。
……だめだ、そんなの、月のない夜空みたいなもの。ただの真っ暗闇。
わたしはメナのことが好きだ。わたしにとって必要な人。恋焦がれる人。
そうだ。
わたしは、メナが好きなんだ。
気付いてしまったら、行動するしかない。
わたしが恋している人は、すぐ隣に居る。
「メナ、大好き!」
メナの寝床に潜り込んで、抱きしめた。
「ふえっ!? ど、どうしたのよ急に!」
最近もやもやしてた。よくわからない感情がわたしを支配してた。わかんなくて、困ってたけど、ようやく気が付けた。
「わたし、メナが好きみたい。気付いちゃった」
面と向かって言うのは恥ずかしかった。でも、言わないことには始まらない。
「メナ。メナはわたしにとって夜空に浮かぶ月だよ。メナがいなくなったら、わたしは暗闇で一人になっちゃう」
「……なに言ってるのよ」
「えっとね、つまり、その、いちばん大事な人で、いちばん近くにいて欲しい人で……ずっと一緒にいて欲しい人っていうことに気が付いたの」
ようやく気付いた「好き」っていう感情とは、まだまだ折り合いがついてない。だから、メナに話す言葉もどうにもぐちゃぐちゃになってしまう。だけど、感情が湧き上がるままに吐き出した。好き、好き。
メナはため息をした。そんな小さな仕草にすら、わたしの心はぐらりと揺れる。
――もしかして失望させちゃったのかな。嫌だったのかな。
でも、メナは少し自慢げに言った。
「私は先に気付いてたわよ。同じ気持ちね。……レイア、あなたのことが好き」
最後の方になるに連れて、メナの言葉は尻すぼみになっていった。好き、って言ってくれたんだけど、あんまり聞こえなかった。
だから、意地悪しちゃう。
「え、なに? 聞こえなかった」
「もう! レイア、あなたは私にとって、遍く照らす太陽なの。あなたが居ないと、私の世界は暗闇よ。……大好き」
毛布に隠れながら、わたしたちは語り合う。誰にも聞こえないように、二人だけの秘密だから。でも、アンドロスさんなんかはすぐに気付いちゃうかもしれない。
手を繋いだ。
指の一本一本を絡み合わせた。
温かい。心が繋がってるみたいに、わたしたちの「好き」が混ざり合う。
「……わたしの月」
「私の太陽」
そんな呼び方をすると、メナも同じように返してきた。
愛おしさが溢れてきて、わたしの感情はもっとぐちゃぐちゃになっていく。幸せで、幸せで溺れそうなのに、どうすればいいのかわからない。
ぎゅ、と手を強く握ってメナの瞳をじっと見つめた。……わかんない!
「……なんか恥ずかしいからこの呼び方は結婚してからにしよ」
「……そうね」
照れ隠しにそんな事を言ってみると、わたしの心もちょっとだけ落ち着く。
これから先はメナと一緒。ずっと。へへ……自然と笑っちゃう。
「メナ、これからよろしく」
「こちらこそ。喧嘩もすることもあるでしょうけど」
「うん。でも、それ以上にずっと仲良しでいようね! 何十年先も……何百年先も!」
メナは笑いながら言った。
「ふふ……なに言ってるのよ。流石に生きてられないわよ」
「じゃあ、身体が無くなってもずっと」
「そうね。当然よ」
それから、抱きしめたり、身体を撫でたり、また手を握ったりしていると、毛布の中だと暑くなってきた。顔を出してみると外は真っ暗。もう寝る時間だった。
そろそろ寝ようか――今日からはまた、二人で一緒に。
「あ、そうだ。レイア、ロゴスだと女同士、男同士で結婚ってできないのよ」
不意に、メナが思い出したように言った。
「え、なんで? 付き合ってる人はたくさんいるのに」
「そういう国制だからよ」
「はあ、仕方ないか。じゃあ偉くなってロゴスの運営に携われるようにならないとね」
「そうね。目標が出来たわ。……まずは独立、ね。お父さんを超えるわよ」
月明かりを受けて、メナの瞳がぎらぎら輝く。目標を見つけた時のメナの瞳だ。
綺麗だった。
さて、わたしはどんな風に偉くなろうかな。メナはアンドロスさん以上の商人になれるだろうけど。
喧嘩は強いから戦争の英雄なんてのもいいかな。……いや、メナを悲しませちゃうかもしれないからそれは駄目。
まあ、なるようになるでしょ。わたしの人生は成り行き任せが基本。
◇
それから2年後。
物語は始まる。
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