12.二人の英雄

 翌日。

 今日も日の出と同時に作戦を始める。

 商店の目の前に『転移』してきて、メナの魔法で索敵。

 夜のうちにやってきた魔物を何匹か駆除して、次の区画の解放へと向かった。


 メナの魔法。

 わたしの突入。

 アルカナの『浄化』。

 何度も何度も繰り返す。同じことを、ずっと。

 それで一日が終わる。

 今日も眠れなかった。


 3日目。

 寝不足と戦いながら、同じことを繰り返す。

 メナの魔法が途切れて、危ない場面もあった。

 わたしの集中力が限界を迎えて、咄嗟にアルカナに助けられた。

 夜はアルカナに魔法を掛けてもらった。

 良く眠れた。


 4日目。

 神殿を除けば、この区画を解放することでようやく安全が取り戻せる。

 わたしたちが住んでいた時は、10万人は住んでいた。そんな大都市が、今では静寂だけが支配している。

 賑やかだった大通りには冷たい冬の風が吹いている。

 

 神殿を残して、最後の建物を制圧した。

 あまりにもたくさん見てきたせいで、死体を見ても何も思わなくなった。魔物を駆除するのも、自然と身体が動くようになった。

 アルカナの魔法無しに眠ることが出来た。

 


「ここで最後だね」


 白い光に包まれて神殿の前に転移すると、アルカナがそう言った。

 丘の上に大理石で建てられた巨大な神殿。

 ロゴスの守護神を祀る神殿なのに、今は大物の魔物が住み着く危険な場所になっていた。


「……平気かい、ふたりとも。短期間のうちに悲惨なものを見過ぎだよ。今日は休むか?」


 返事のないわたしたちを訝しんで、アルカナが言った。

 メナもわたしも、心は平穏そのものだ。

 全く揺れ動いていない。なんでもできる。


「ん、平気。大丈夫」

「そうね。早く駆除してしまいましょう」

「……はあ、駄目だな。『眠れ』」


 アルカナが突然魔法を唱えた。

 わたしたちは抵抗なく受けてしまって、意識が底へ沈んでいった……


 ――目が覚めると、太陽は沈んでいた。

 夜空にはまばらに星が煌めいて、大きな月がわたしたちを照らしていた。


「――おや、起きたかい? 冬の夜は静かに話をするのに最適だからね。それに、たっぷり眠って心も落ち着いたろう」


 アルカナの白い顔が橙色に染まっていた。

 ぱちぱちと弾ける焚き木の音。温かい炎の光。

 口から溢れる吐息は白い煙と変わっていく。


「メナちゃんは……起きたね。おはよう。もう真夜中だけどね、ふふふ」


 メナも目を覚ました。

 寝起きですこしだけ目つきが悪くなっているけど、たしかに、さっきみたいな危うい目をしているわけではなかった。


「おはよ……ございます。あの、なにをしているのですか?」

「大事な話をしようと思ってね。といっても、私の過去を話すとか、そういう訳じゃないさ。ロゴスの解放、その後の話だ」


 アルカナは夜空を見上げた。

 赤黒い瞳に夜空の輝きが吸い込まれていく。冷たい空気を大きく吸い込んで、アルカナは気持ちよさそうに伸びをした。


「……わたし、このままアカデメイアみたいな感じでやってくと思ってたんだけど」

「うん。それも悪くない。だけど、竜の災害があまりにも大規模だったんだ。私たちだけじゃどうしようもできないくらいにね」

「ですが、どこもそんな余裕はありませんよ。植民都市からの支援なんて難しいですし……」

「そうだね。だから、帝国だよ。きみたちが生まれる少し前まで戦争していたんだけどね」


 帝国との戦争――聞いたことがある。

 アンドロスさんが語ってくれた戦争の話も、たしかその時の戦争だった。

 あまり興味がなかったから詳しくは覚えていないけど、全てのポリスを合わせたよりも強大な帝国が攻めてきたらしい。


「そんな所に行ってどうするの?」

「私が直接話をして、助けを求めてくるよ。遠いし、行ったことのない場所だからね。『転移』が使えないから、そうだな。一年くらいは旅をすることになると思う」

「そんな。それじゃあ、アカデメイアはどうするのですか?」

「アカデメイアはなんとかなるさ。あの子たちは優秀だからね。問題はここ、ロゴスだよ」


 すく、と立ち上がったアルカナは神殿を指差した。

 それから眼下に広がるロゴスの街並みを指差した。

 月明かりに照らされたロゴスは少しだけ輝いて見える。


「きみたちに任せる。必要なら、アカデメイアはいつでも支援する。でも、あそこは狭いからね。生存者の保護とかはこっちの方が最適だ」


 ……なんだか、あの夜を思い出す。

 アンドロスさんから急に店を任せると言われた日だ。


「私たちがですか? そんな、ポリスをどうこうなんてできませんよ」

「そうだね――だけど」


 できないとか、やったことないとか。拒否する言葉はいくらでも出てくる。

 でも。


「わたしたちしか出来ないなら、やるしかないよね」


 どんなことも、最初の一歩を踏み出せばどうにかなる。

 わたしはそれを、アカデメイアでの生活を通じてたくさん経験していた。

 厳しい訓練をして、わたしにしか出来ないことが生まれていって。

 剣なんて握ったこともなかったのに、今では誰よりも上手に扱える自信がある。


 メナもそうだ。

 アルカナにはまだ敵わないかもしれないけれど、メナは世界一の魔法使いと言ってもいいくらいだと思ってる。

 元々はわたしと同じただの商店の売り子だったのに。


「……そうね。案外、うまくできちゃったりするかもしれないわね」

「ふふふ、いい顔に戻ってきたじゃないか。さあ、その勢いのまま片付けてしまおうか――大物狩りだ! 行っておいで!」

「ええ。任せてください。夜だからまずはこれね――『照らせ』!」



 神殿の扉を蹴破ると、大物が居た。

 周りには食い散らかされた魔物や人の死体が散乱している。

 足が六本、頭が二つの大きな牛だった。

 ……気持ち悪い。


「大物は全員巨大じゃないといけないのかしら。レイア、早速駆除しましょう」

「そうだね。それじゃ……『来て』、バシレイア」


 ずしん、と腕が重くなる。

 バシレイアを召喚した。今日も変わらずに重くて大きい。


「そうね。この大牛ならこんな形かしら……『形成』」


 メナが魔力の矢を創った。

 細長くて、鋭い。重い力で押し潰すより、速さと鋭さで相手を穿つことを重視したような形だ。

 そして、更にその矢に魔法を重ねて掛けていく――


「『魔物殺し』。さあ、レイア。お願いね」


 『魔物殺し』。

 実体のない観念イデアのようなものを魔法にするのは一番難しいけど、一番強いのだという。

 ……わたしにはよくわからない。自然科学は嫌いなんだ。

 簡単に言えば、すごく強い矢が出来上がったというわけだ。


 わたしたちに気が付いた大牛が、勢いを増しながら突進してきていた。

 早く避けないと巻き込まれる。でも、わたしたちは避けない。この程度、なんてことない。

 魔力の矢をつがって、大弓の弦を引いていく。いくら鍛えても、いくら強くなっても、この時だけはわたしの腕が少女の腕に戻ったようだ。

 みしみしと骨がきしみ、肉が裂けるような音を立てる。


「魔物っていうのも、案外単純だね。穿て、バシレイア」


 最大限まで引き絞ってから、バシレイアを解き放った。

 ごうん、と夜闇に咆哮が鳴り響く。

 魔力の矢は一直線に大牛へと突き進んでいき、その身体に大きな穴を開けた。


「メナ、お願い!」

「任せて。『崩れなさい』」


 メナの魔法を受けた大牛の身体が砂のように崩れていく。

 わたしの矢を受けた場所から徐々に崩れていき、最後には灰のようなものだけが残った。

 これ以上動くことはないだろうが、それでも、最後までしっかりと警戒を続ける。

 油断をしたら足元を掬われる、アルカナに教わったことは忠実に守ったほうが良い。


 でも、それ以上大牛が動くことはなかった。

 これでロゴスの解放は終わった。静かな決着だった。


「お見事。よくやったね、レイアちゃん、メナちゃん」


 相変わらず、音もなくわたしたちの近くに来ていたアルカナがそう言って祝ってくれた。

 壊れた神殿の大扉から、ロゴスの街並みが少しだけ見えた。

 あの日と同じで、何も変わっていない。


「大物程度、きみたちならもはやなんともないね。安心して私も旅立てるよ。……って、この言い方は死にに行くみたいだな」

「……アルカナ、死なないでよ」

「そうですよ。あなたは、私たちの……唯一の家族、なんですから」


 アルカナの冗談があんまりにも面白くなかった。

 アカデメイアに迎え入れてくれて、ここまでわたしたちを強くしてもらって、どれくらい大事に思っているのかアルカナは自覚していないんだと思う。

 だから、レイアの「唯一の家族」なんて言葉を受けて舞い上がっちゃうんだ。


「……へっ? 家族……家族? い、嫌だなあ。急に何を言い出すんだきみは」

「冗談じゃないですよ。アルカナ様が私たちを我が子同然だと思うように、私たちもあなたを……母のような、姉のようなものだと思っているんです」

「そうだよ。だから、死ぬとか、そんな事もう二度と言わないで。……わかった?」


 ――アルカナは、わたしたちを急に抱きしめてきた。

 鼻をすすりながら、吐息が漏れていた。


「……ありがとうっ。本当に、ありがとう……私も、きみたちをずっと守る。ずっと大事にするよっ!」


 きつく抱きしめられて、わたしとメナの顔がすごく近づいた。

 メナは呆れたような、諦めたような表情をしていたけど、優しく笑っていた。

 枯葉色の瞳に映ったわたしも同じだ。

 仕方ない人なんだから。


 大人のようで、老人のようで、でも、その姿はわたしたちより少し年上な若い人。

 過去の話は絶対にしなくて、ちょっぴり怖くて、すごく強い。

 不思議な魔法使いだけど、わたしたちの大事な――家族だ。



 アカデメイアに戻ってご飯を食べて、また神殿の前に戻ってきた。

 日中を寝て過ごしてしまったから、日が昇るまで起き続けてしまった。

 でも、今日で新しい年に変わる。そんな日くらいは夜ふかしも許されるよね。


「今年の朝日も綺麗だな。二人とも、これで17歳だね。おめでとう」

「ありがとうございます」

「ありがと」


 他の地域では違うところもあるらしいけれど、わたしたちの場所では新年を迎えると同時に歳を取る。

 だから、普段は新年というのはどの家もお祭り騒ぎだった。あそこの子が何歳で、あっちの婆さんはすごい長生きしてるとか、そんなことを言い合う日だった。


「アルカナはすぐに出発するの?」

「そうだね。もっともっときみたちと一緒に居たいし、ロゴスの復興にも手を貸したいが、竜の対策は一刻を争うからね。早く行わないといけないんだ。……はあ、名残惜しいな」

「ふふ、私たちも同じ気分ですよ。早く帰ってきてくださいね」


 メナの金髪が朝日を受けて煌めいていた。

 神殿という場所もあって神々しい美しさを醸し出している。

 やっぱりメナは女神様なのかもしれない。祈っておこう。


「……なにしてるのかしら、レイア」

「メナって女神様だと思うんだよね。かわいいし、綺麗だし、神々しいし」

「も、もうっ。ばかっ。こんな場所でそんなこと言うんじゃないわよ! 不敬よ!」


 わたしたちのやり取りを、アルカナは笑いながら見ていた。

 ひとしきりメナとふざけ合うと、アルカナが話し始めた。

 

「アカデメイアは好きなように使ってくれ。『二人の英雄』の言う事には従うことって言いつけてあるからね」

「……なんですか、それ?」

「ははは、とぼけなくてもいいじゃないか。もちろんきみたちのことだよ。幾千もの魔物を駆除してポリスを開放する――まさに英雄じゃないか!」


 ……英雄。

 英雄かあ。そんな気はしたけどさ。

 でも、いざそう言われると頬がゆるむ。にまにましてしまう。

 メナがわたしの頬をつまんで、「ひどい顔してるわよ」と言ってきた。でも、メナの目だってすごくゆるんでいる。にっこりだ。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。一年くらいで帰って来るとは思うが、それは相手次第だ。また会うときまで、仲良く……それは問題なさそうだね。元気で過ごしてくれよ!」


 そう言い終えたアルカナが『転移』と呟くと、白い光に包まれてどこかへ飛び去った。

 

 ……さあ、これからが忙しいぞ。

 ロゴスの復興に、生存者の捜索に、アカデメイアとの連絡に、その他諸々……。

 やるべきことが山積みだけど、挑戦するのが楽しみなわたしも居るのだった。

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